第1話 妖怪のお店こっこや

(……みつけた。この子にするぜ)


 まずい空気になっていた店内で不意にかけられた声に私は振り返る。

 声のした方を見るとこっこやの入口の横にワゴンが置かれていて、その中に抱えるほどのぬいぐるみが入っている。

 私がワゴンの中のぬいぐるみを見つめていると、店員の女の子が驚いたように声を掛ける。


「……あなた、そのぬいぐるみの声が聞こえたの?」


 店員の女の子の問いかけの意味が分からない。


「見つけた、と声が聞こえたの?」


 もう一度問われる。

 なぜそんなことを聞かれるのかはよく分からなかったが、その通りだった。


「うん、聞こえたよ」

「へえ」


 なぜか私の答えを聞いた女の子は落ち着いた表情に戻る。

 不思議に思ったのは、最初に聞こえた声はこの目の前の女の子の声とは違う。

 思い返せば、耳に声が聞こえたのではない。あくまでそんな気がしたのだ。

 ワゴンの中に入っているぬいぐるみはその見た目がすごく変わっていた。

 神社の神主さんのような着物を身につけた男の子のぬいぐるみだが、お尻にはもこもこで白色のしっぽが付いていて、髪の毛も同じ色の白色。

 そして顔には白いきつねのお面がつけられている。

 値札が付いているので売り物ということはわかるが、980円と書かれている。

 文字通りワゴンセールなのかと思ったが、それにしてはぬいぐるみの質はとてもいい。

 身につけているきつねのお面や着物も丈夫そうな素材で作りこまれている。

 なにより背中に生えている大きなしっぽはもふもふで本当にうっとりしそうな感触に思える。


「あなたに声をかけたのはこのぬいぐるみよ」

「えっ、この子がしゃべったの?」


 女の子の言葉に合わせてつい口に出てしまったが、しゃべるぬいぐるみなんて真に受けてしまったら、変な人に見られてしまう。

 それでもぬいぐるみのことが気になった私は思い切って聞いてみた。


「あの、しゃべるぬいぐるみってなんなの?」

「……これは天狐てんこに似せて作った布人形よ」

「テンコ? ああ、妖怪の本で見たことがあるよ」


 天の狐と書いて天狐てんこ。神社でまつられている神様のお稲荷様に仕えているきつねというのは何となくわかった。


「この人形は持ち主が危険な目に合うときに助けてくれると聞いているわ」

「……厄除やくよけや御守りみたいなもの?」

「そうかもね」


 そう言うと、店員の女の子は続ける。


「古い道具類などは時にその道具自身に霊的な力が宿り、自らを必要とする人を呼び寄せたり、選んだりすることがあるわ」


 女の子の神妙な説明を聞いて、私はこのお店のことについて尋ねてみた。


「あの、そもそもこのお店はうどんやさんだよね?」

「お店の奥は収納蔵になっていて、古い美術品や道具類が納められているの」


 そう言われてあらためて見ると、お店の奥は古い蔵のような構造になっているようだ。


「その道具類の中で縁の出来たものはお客様に売ることがあるわ」

「でも、なんでこのぬいぐるみはワゴンで売られてるの?」


 私の知識だとワゴンセールは主にお店が早めに処分したいものを売るのが一般的だと思う。


「ああ、それはうちの店長が知人から譲り受けてきた、というより押し付けられた品物みたいなんだけど……」


 そこまで話して店員の女の子はガラス玉のようにきれいな瞳を私の方に向けると、落ち着いた表情のまま付け加える。


「この子が自分の持ち主は自分で探すというものだから」


 私の聞き間違いでなければ、この子はおかしなことを言っているような気がする。

 けれども私の中に不信感は生まれてこない。

 むしろ霊感の強い私にとっては生まれて初めて同じ水準で話せている感覚すらある。


「あの、このぬいぐるみは生きているの?」

「そうね。魂が宿っているわ」


 このぬいぐるみはぱっと見は私も不思議な感じがした。


「あなた、この人形が欲しいの?」

「えっ?」


 私はさっきこのぬいぐるみをペットみたいだと感じていた。

 だけどペットは私の両親が仕事で忙しくて世話ができないということで許してくれなかった。

 ぬいぐるみであれば、問題ないかもしれない。

 それに生きているということであれば、まるで私に新しく弟ができたぐらいの感覚さえ沸き起こる。


「うん、欲しいかも」

「じゃあ唐突で悪いけどこのぬいぐるみが欲しいのなら、なぞなぞに答えてもらわないといけないの」

「えっ、えっ、な、なぞなぞ?」


 女の子が口にしたなぞなぞというフレーズは私の予想の外だったので、今度こそ意味が分からなくなった。


「このこっこやではなぞなぞに答えることが望みの道具を売るための儀式となっているの」

「なんで、なぞなぞ?」

「うちの店長はなぞなぞが大好きで、店の決めごともなぞなぞで決めようとするのよ」


 染みの浮き出たお店の壁を見上げながら店員の女の子は独り言のようにつぶやいた。


「それでこのお店には自分の願いを叶えるための道具を求めてくる人がいる。その人に売るかどうかをなぞなぞで決めているの」

「それって、まるで巫女戦士ピュアエクレールの黒明姫くろあけひめみたい!」


 なぞなぞで勝負するのはピュアエクレール恒例のバトルだ。もしかするとこのお店の店長さんも私と同じ黒明姫くろあけひめのファンなのかもしれない。


「……ああ、黒明姫。そう取ってもらってもいいわよ。じゃあ、なぞなぞを」


 女の子が何か両手で術を使う印のようなものを組んだ時だった。


「お嬢、いいですよ。お客さんの相手はあっしがしますから」


 そう言って調理白衣のおじさんが女の子と私の間に入ってきた。


「さっきの兄ちゃんと違って、おまえさんじゃ大した情熱はないだろうけど、まあサービスだな」

「いいわよ。じゃあまかせてあげる」


 おじさんの言うさっきの兄ちゃんとはアイドルの柊君ひいらぎくんのことだろうか。

 それにおじさんの言った情熱って何のことだろう。

 調理白衣のおじさんが手のひらをパンと合わせるとそこから薄い闇が拡がり店内を満たしてゆく。

 その光景は巫女戦士ピュアエクレールの中で何度も見たものだった。


「えっ、これって謎幻術!」

(気を付けろ。この店のなぞなぞ勝負に負けると情熱が奪われるぞ!)

「えっ、情熱って?」


 また天狐のぬいぐるみの声が頭の中に響く。まるでエクレールのパートナーの銀子にアドバイスされたみたい。


「あら、あなた自分で黒明姫のなぞなぞバトルだって言ったじゃない」


 店員の女の子は私の言葉を持ち出して驚く私に指摘する。


「言い忘れたけど、そのぬいぐるみが言うようにこの勝負に賭けられるのはあなたの情熱よ」


 確かに黒明姫とエクレールのなぞなぞバトルでは答えられないとテール妖怪は何らかの強化バフを受けたままだ。

 エクレールはなぞなぞバトルに負けてしまえば、それが自分の敗北につながってしまう。


「このこっこやに願い事を叶えに来た人は願いを叶える道具を手に入れるか、願いに対する情熱を奪われるか。ふたつにひとつよ」


 いやいや、まってまって、展開が早すぎて考えが追い付かないけど、このおじさんと女の子はなんなの。

 私は目の前のおじさんをあらためてよく観察してみる。

 調理白衣に手袋、マスク、調理帽、さらに左目に白い眼帯を付けている。

 店内が薄暗くて今まで気が付かなかったけど、着衣に覆われていない肌の部分がなにかおかしい。

 特に顔の左半分の肌は皮膚の下の赤い肉がそのまま見えているような気がする。


「……そういえば、おじさん、顔怪我してるの?」

「えっ、ああ、これは昔火傷でね」


 何かごまかすようにおじさんは答える。

 たぶん私はこのおじさんをテレビで見た覚えがある。

 ピュアエクレール第100話『走る人体模型は生きている』で登場したテール妖怪、テール人体模型によく似ている。

 そう思ってよく見るとおじさんのお尻の部分は白衣が不自然に膨らんでいる。

 テール妖怪の象徴であるしっぽが隠れているようにしか見えない。

 とするとこの店員の女の子は同じテール妖怪で姿がよく似ているテール花子さん?

 いや、でもテール花子さんはエクレールに負けて消えちゃったし、この子のお尻の着物はしっぽが隠れているように膨らんではいない。

 テール妖怪らしいおじさんからお嬢と呼ばれていたし、この女の子は黒明姫のようにテール妖怪の上にいる存在だ。


 気が付くと私は震えていた。

 ホンモノの、ホンモノの妖怪だ。

 本当にいるなんて。

 どれだけ会えることを夢見てきたか。

 もう何百回も妖怪は空想の存在だって自分に言い聞かせてきたのに。


「うっ、うれしい!」


 私は感情が高まりすぎて心臓の鼓動が早くなるだけじゃなく、自然と目からは涙があふれていた。


「な、なんだ。急にお客さんから強い情熱が生まれやがった」


 私の様子が急に変わった事におじさんの方が少し戸惑っている。

 けれども、すぐにその驚きは喜びへと変わったようだった。


「なるほど、これでこの勝負はお遊びじゃなくなったということだ」


 でもそれはおじさんだけじゃない私の方がもっと喜んでいる。


「ワクワクするね、おじさん。これこそ人生をかけた大勝負だよ」


 どんなワクワクする冒険も私たちが怪異に触れることから始まる。

 私は黒明姫くろあけひめの大好きな言葉を思い出していた。


 そう、私の冒険の第1話は今始まったのよ。

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