第0話 私は妖怪の話し相手が欲しい

 生まれた時から私には2本のしっぽが生えていた。


 しっぽと言ってもただの獣のしっぽじゃない。

 私のしっぽはガラスのように透き通っていた。

 透明だけど、私がさわると毛のような感触は感じられる。

 けれど、私がさわっても自分のしっぽの方にはさわられている感覚はない。

 小さい時に私以外の人にはしっぽが生えていないことを私自身何となく理解した。

 私は両親にしっぽのことを尋ねたけれど、両親には私のしっぽが全く見えないようだった。

 私のしっぽが見えないのは両親だけではなく、私以外の人には私のしっぽが見えないこともわかった。


 私の両親は私を病院に連れて行ってくれた。

 そこでお医者さんが教えてくれたのは幻の腕とファントムペインというお話だった。

 事故などで腕を失った人があるはずのない腕の感触や痛みを感じることがあると言う。

 私のしっぽもそのまぼろしの腕と似たような症状かもしれないとお医者さんは説明してくれた。

 つまり私に生えている2本のしっぽは幻のしっぽ、ファントムテールということだ。

 お医者さんの説明に私自身も納得するところがあったので、それからは自分のしっぽはまぼろしとしてあまり気にしないように過ごしてきた。


 その状況が変わったのは私が小学校に入学してからだった。

 小学校の入学初日、私が自分の席に血まみれの女の子がいるから座れないと言ったら、ふざけないでと先生に怒られた。

 ロッカーの中から伸びて来た黒い人影から同じクラスの女の子を私が助けようとしたら、その子を押し倒して怪我させてしまった。


 私が通う小学校には幽霊と呼ばれる存在がとてもたくさんいた。

 私には学校の幽霊の姿が見えていたけれど、他の人には見えていなかったのだ。

 私は入学してすぐに危ない女の子と周りに思われるようになった。

 決定的だったのは高遠椎奈たかとおしいなという違うクラスの女の子が私のことを見て


「しっぽが生えてる。あなた妖怪なの?」


 と叫んでしまったことだった。

 椎奈には私のしっぽが見えている。

 私のしっぽは本当に生えているんだとわかったことは驚きだったけれど、学校の中では椎奈が私のことを妖怪と言ったことだけが広まってしまった。

 けれども、それから椎奈は私のしっぽのことは誰にも言っていないようだ。

 たぶん私のしっぽが他の人には見えていないことが分かったからだろう。

 周りの人が見えないものを見えると他の人に言ってはいけない。

 なぜなら頭のおかしい子に思われてしまうから。

 それを私が理解したのは私がひとりぼっちになってからだったし、椎奈は既にそのことを知っていたんだと思う。


 私のことは誰も相手にしてくれないどころか幽霊が見える妖怪の子といじめられるようになった。

 反対に椎奈は親が応募したテレビ番組のオーデションでヒロインに選ばれた。

 もともと可愛くて勉強もできて、家はお金持ちのお嬢様。それに加えてテレビに出るようになったものだからクラスでの人気は上がり続けた。


 私は今日もひとりで下校する。

 小学校に入って5年間ずっと同じ。

 だから私は椎奈が出る番組の中で妖怪の黒明姫くろあけひめを応援している。

 いつか椎奈をやっつけてくれることを願って。


 でも、せっかくなら誰かと妖怪やなぞなぞのことでおしゃべりしたいなあとは思っている。


「人間はだめだから、私と同じ妖怪の話し相手が欲しいなあ」


 それなら椎奈に自分のしっぽの秘密を握られておびえている日々のことも相談できるかもしれない。

 そこまで考えて私はぴたりと立ち止まった。


「何考えてるんだろ私、妖怪なんてテレビや本の中だけの想像のものなのに」


 現実を思い出して私が色々と考えを巡らせていると自分と同じ下校途中の集団が目に入る。

 その先頭に眼鏡をかけた黒髪の女の子がいる。

 嫌なやつに見つかってしまったと私は思った。

 私の正体を知っているクラスメイトの椎奈だ。

 学級委員長をしていてクラスの中心的な存在だが、なぜかことあるごとに私に絡んできていた。


「あれえ、妖怪の鈴葉すずはじゃない」


 クラスメイトの集団からバカにしたような声がかかる。

 私のことを妖怪と言ったのは椎奈の取り巻きのひかりだ。

 スポーツ万能で小麦色に焼けた肌とショートカットの髪の元気いっぱいな印象だが、いつも椎奈のそばにいることでナンバー2を気取っている。

 ひかりたちの言動を受けて、先頭にいる椎奈が声をあげる。


「ちょっと、妖怪なんて言っちゃだめだよ」


 おいおい、そもそも私のことを妖怪と言い始めたのはこいつなのに。

 まあ……ウソじゃなくて、本当に妖怪なんだけど。


「ひとりで帰ってるなんて、さびしいわねえ」


 ひかりの言葉にそんなの妖怪の勝手でしょと思いながらも反論してしまうともっと攻撃されてしまうので、私はうつむいたまま早く行ってほしいと願う。

 いや目の前からだけでなく、このいじめっ子たちが世界から消えてなくなったらどんなにいいことだろうといつも考えてしまう。

 妖怪の世界になればいいのに。


「ちょっと君達、いじめはだめだよ」


 突然後ろから誰かに声を掛けられる。

 不意に口をはさんだのはサングラスをかけたおにいさんだった。


「誰ですか、おじさん」

「いや、僕が誰かは関係ないでしょ。いじめられてる人がいたら注意するよ」


 その声に込められた叱るようなひびきとサングラスをかけた怪しい雰囲気にクラスの女の子達はひるんだようだった。


「な、なによ。幽霊が視えるなんて言ってるやつを妖怪って言って何が悪いのよ」


 ややひきつった笑みを頬に張りつかせながら、ひかりと椎奈たちは逃げるように走っていった。

 女の子たちが遠くまで行ったのを確認するとお兄さんは私の方に向き直った。


「大丈夫だった?」

「あ、ありがとうございました」


 別にいつものことなので助けてもらわなくても良かったけど、一応お礼だけは言おうと思った。

 私のお礼に少し笑みを浮かべてお兄さんはじゃあねと商店街の方に向かって歩き始めた。

 笑いかけられたとき一瞬だけサングラスの奥の目が見えたが、どこかで見たことのある顔だった。

 どこで見たんだっけと考えていると、はっと思いだした。

 アイドルグループなにわきっずのメンバー、柊木祐樹ひいらぎゆうき君だ。

 アイドルグループに特に興味があるわけではない。

 でも柊木君が同じアイドルの女の子に熱烈アタックしていて、その子がなかなか振り向いてくれないと芸能ニュースで取り上げられているのを見たと思う。

 人気アイドルがこの街で何しているのか気になった私はいけないとは思ったけど、柊木君の後を付けてみることにした。

 しかし、柊木君の歩いて行った方向に行ってみても彼の姿は見つからない。

 どうやら見失ってしまったようだ。


 あきらめて帰ろうかとしていたその時あるお店の引き戸が開いて中から柊木君が出て来た。

 付けてきたのがばれないようにそっと後ろから近づいてみると何だか元気のない顔をしてうなだれている。


「おれ、なんであの子のこと好きだったんだろ?」


 ぶつぶつと力なく呟きながら歩いていく。

 その姿が違和感に満ちていたので、私の興味は柊木君が出て来た店の方に移った。

 商店街のはずれにある古い木造のお店。入り口にはこっこやと看板が出ている。

 私は入ったことはないが、確かうどん屋さんだったはずだ。

 今はお昼と夜の営業の間なのか準備中という札が下がっている。

 柊木君の変化に中で何があったのか気になった私はそっと入口の引き戸を開けて中を覗いてみた。

 薄暗い店内では店員さんと思われる白い調理服を着たおじさんと割烹着を着た女の子が話している。


「ふふ、なかなかの情熱ですよ。これでまたあっしの妖力が上がりますぜ」


 うん、妖力?

 何のことだろう。


 私は店内から聞こえてきた妖力という言葉に妖怪のことが頭に浮かんだけれど、そんなわけないと思いなおしたその時だった。


「そこにいるのは誰!」


 意味の分からない言葉を不思議に思って聞き耳を立てていると店員と思われる女の子が私を見つけて叫んだ。

 そのまま女の子は早足で近づいて来て、私はさっとこっこやの店内に引っ張り込まれた。

 紫の着物の上に白い割烹着かっぽうぎを着た女の子が私をにらみつけてくる。

 長い髪を白いカチューシャで止めているが、前髪で右目が隠れた顔はきれいで私と同じ小学校高学年ぐらいの年に見える。


 この女の子は小学校で見たことがある。

 違うクラスの女の子で名前は思い出せない。

 そもそも私は学校では独りぼっちなので、違うクラスの子はよくわからないのだ。


「ご、ごめんなさい。アイドルの柊木君がこのお店から出てくるのが見えて、それで気になって覗いちゃったんです」


「どこから聞いていたのかしら?」


 店員の女の子に問いかけられるが、何のことかわからない。


「どこから? 妖力が何とかとか言ってたこと?」


 慌てながら私が答えると女の子の顔が氷のような冷たい表情になる。


「……聞いちゃったのね。どうしようかしら」


 えっ、私何かまずいこと言っちゃったの。

 私は急に怖くなり、いくら好奇心が勝ったからってこんな怪しいお店を覗かなければよかったと後悔していた。

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