第6話 赤い服の警備員はテール妖怪?

 私の担任の先生は若い新任の先生だけど、とても良い人だ。

 幽霊が見えることで妖怪扱いされていた私に対しても気遣いをもって接してくれる。

 しかし、クラスのみんなから先生は糸子いとこちゃんと下の名前のちゃんづけで呼ばれていた。

 人が良すぎるからか、怒られることはないと授業中にふざける人がたくさんいる。

 このまえも授業中に隣の席のひかりが授業中に水泳のフォームを練習していた。

 さすがに糸子先生は注意したのだが、ひかりはしれっと言い返した。


「私、水泳で金メダル取るのが夢なんだ。先生は私の夢の邪魔をするの?」


 かなりむちゃな言い訳に聞こえたが、ひかりは日焼した小麦色の肌とショートヘアの外見通り活力にあふれていて変な説得力がある。

 糸子先生はおどおどとしてそのまま何も言えないようだった。

 学級委員の椎奈しいなは真面目なので、さすがに見かねてひかりに注意する。


「ちぇっ、わかったよ」


 クラスで影響力のある椎奈には逆らわずにひかりはしぶしぶ従う。


「先生ももっとしっかりしてください。ちゃんと指導してもらわないと困ります」


 椎奈は先生に指導力を発揮してほしいと言う。

 図書館の事件があってから、椎奈は私に近寄らなくなった。

 もちろん話しかけたりなんてしてこないし、基本的に怖がって避けている感じだ。


「あの、先生もがんばって授業してるから……」


 糸子先生は迷うように視線をゆらゆらとさせ、言葉に詰まっておずおずとしていた。

 椎奈の言うことが世間的には正しいのかもしれないけど、私はこのままじゃどうなるんだろうと心配になっていた。


   ◇


 最初に私が感じたのは小さな違和感だった。

 小学校の中に何かとても嫌な雰囲気が立ち込めている気がする。


「仁尾さん、読書もいいけれどもう遅いから帰りなさい」


 担任の糸子先生に声を掛けられてはっとした。

 図書室に新しく入った妖怪の本を借りて放課後の教室で読んでいるうちに外がすっかり暗くなっていた。

 私は先生の言う通り帰り支度をして教室を出ることにした。


「仁尾さんは幽霊が見える体質なんだから、夜の学校は危ないでしょう?」


 私は怪しい子という認識が学校中で広がっていたために今までの担任の先生からは危ないものを扱うような対応をされてきた。

 けど糸子先生は幽霊が見えることに対して変に思っているそぶりがない。

 だから私は糸子先生が大好きだ。

 私は思い切って先生に質問してみた。


「先生も幽霊が見えるの?」

「……ちょっとだけね。でも先生恐がりだから見えない方がいいかな」

「……じゃあ、私の背中に何か見える?」

「えっ、仁尾さんの背中には何も見えないよ。何かいるの?」

「……ううん、何もいないよ」


 どうやら先生には私のしっぽは見えていないらしい。

 椎奈やこっこやの紫月ちゃんみたいに霊感のすごく強い人でないと見えないみたい。

 私は先生にお別れのあいさつをすると教室を出て暗くなった廊下を進んだ。

 2階にあるうちの教室棟の廊下からは中庭の園庭を見ることが出来るけど、その中程で立っている警備員さんに妙な引っかかりを感じた。

 なぜ不信感を抱いたかと言うとその警備員さんが赤い服を着ていたからだ。

 薄暗い中庭なので見間違いかと思ったけれど、やはりどう見ても血の色のような赤い服を着ている。


 私の小学校で語られる七不思議のひとつに赤い服の警備員という怪談がある。

 私自身その怪談の赤い警備員は見たことなかった。

 私は気になって2階の廊下からその赤い警備員を眺めていると、そこにちょうど下校中と思われる女の子が1人通りかかる。

 赤い服の警備員は女の子を確認すると警笛をピィーッと鳴らしながら走り出した。

 私はすぐさま逃げるように叫んだけど、当の女の子は私の声が真上から聞こえたためかきょろきょろと頭を左右に振るのみだった。

 そうこうしているうちに赤い服の警備員は彼女の肩に背後から手をかけようとしていた。

 いてもたってもいられなくなった私は2階のベランダから手すりを飛び越えた。

 とっさのことでよく考えてはいなかったけど、花壇の上に落下した。

 本で読んだことのあるつま先から着地してひざを曲げて転がる方法をやってみたら、何とか衝撃は和らげることが出来た。

 私はすぐに上半身を起こして女の子の方を確認したけれど、突然上から落ちてきた私の方に彼女は悲鳴を上げて逃げてしまった。

 女の子の反応は心外だったけど、体をねじって確認すると、そこには驚いて身構えながらも警笛を手に持って立っている赤い服の警備員がいた。


「オマエ、こんな時間まで何をしている!」


 私に向かって怒りの声をあげる警備員だったが、私はさっと視線をそらしてその顔を見ないようにする。

 なぜなら赤い服の警備員の怪談では警備員と目が合ってしまうと7日以内に死ぬと言われているのだ。

 なるべく警備員の顔を見ないように確認すると、私の視界の中に警備員の体とは違う別の黒い影が入り込む。

 何かと思ってよく見ると、警備員の背中には黒いしっぽがうごめいている。


(えっ、あれってしっぽ? ということは赤い服の警備員の怪談にしっぽが取りついてテール妖怪になったってこと?)


 テレビの巫女戦士エクレールのまんまだと思ったけれど、トワ君やこっこやのように妖怪は実在したのだから、この学校にテール妖怪が現われても不思議ではない。

 またしてもテール妖怪に遭遇できたのはうれしかったが、むこうは明らかに敵意をむき出しにしているので、すぐにでもここから逃げ出さないといけなかった。

 赤い服の警備員は墨汁などで体を黒く染められるのが弱点だけど、あいにく今私は墨汁などの黒いものは持っていない。


「下校時間を守らない悪い子は、私の笛を聞いて死ね!」


 何とか隙を見て逃げようとしていると、警備員の絶叫とともに背中の黒いしっぽが膨れ上がった。


「食らいなさい、死の警笛!」


 電撃のように体を突き抜ける音の衝撃が私の体を走る。

 私はあまりの音に耳をふさぎながらその場でうずくまった。

 どうしようこのままじゃ逃げられないと思っていると、警備員のしっぽの黒い色がどんどんと体の方に広がっていくのが見えた。

 すると突然、笛の爆音が止まり、赤い警備員はその場で頭を抱えて苦しみだした。


「あああ、からだが、黒く、黒くなっちゃうよお!」


(も、もしかして、元々黒い色が弱点だから、黒いしっぽが取りついたことで拒否反応が出てるの?)


 詳しい理由はわからなかったけど、私は今がチャンスだと思い、中庭を走って小学校から抜け出すことができた。


  ◇


 家に辿り着いた私はさっそくトワ君に赤い服の警備員と黒いしっぽのことを話してみた。

 するとトワ君は慌てた様子で私に問いかけてくる。


(そ、その話、もっと詳しく教えてくれ!)


「ど、どうしたのトワ君、そんなに危ないことなの?」


(今すぐ学校に戻ってその警備員を捕まえよう)


「ええっ、今から学校なんて無理だよ」


(でも、早く捕まえないと、鈴葉が危ない……)


「もう、こんなところまで追ってこないよ。相手は学校の怪談だよ」


(いや、それはそうなんだけど)


「守るっていうのなら、私の部屋来る? 私もう宿題しに部屋に上がるけど?」


(鈴葉の部屋になんて行くわけないだろ!)


「じゃあ、明日学校が終わってから探そうよって……そういえばトワ君いまさらだけど」


(なんだよ、あらたまって)


「私が学校に行ってる間、どうしてるの?」


 この家は両親が共働きなので、皆が朝出かけてしまうと誰もいなくなってしまう。


(え、えっと、それはゴロゴロしたり、テレビ見たり)


「本当に? なんか隠してない?」


(か、隠してるわけないだろ!)


 本人がそう言い張るのであれば、私は何か怪しいと感じながらもそれ以上は追及しなかった。


 トワ君の赤い警備員に対する慌てように学校に残っていた糸子先生のことが少し心配になったけど、警備員だから先生には襲いかからないよねと考えることにした。


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