第7話 私はただのおとりだったの?

「夢の中で殺されると死んじゃうのかな。ねえ、鈴葉はどう思う?」


 透き通った声が頭に響いて、私は意識がはっきりとしてきた。

 ベッドから起き上がって確認すると私の部屋の中だ。

 けれど、いつもの部屋とは全く様子が違う。

 暗い闇に包まれている黒い部屋だった。

 机や本棚も形だけが残ってすべて真っ黒に染まっている。

 窓の外から射し込む月の光に照らされたおかげで、かろうじて自分の部屋だとわかる。


「えっ、なんで私の部屋こんなに真っ黒なの?」


 自分は部屋で寝ていたはずだし、今着ている服もパジャマのうえに裸足だ。

 気が付くと私の部屋には闇を溶かしたような黒い液体がたまっていて小さなプールほどの広さがある。

 ベッドに腰かけていた私のパジャマもひざまで黒い液体につかかっていた。


 目の前を見ると黒い液体の真ん中に人影が見える。

 暗くて黒く染まったシルエットしかわからないので、男の子か女の子かもわからない。


「ねえ、鈴葉の体、くれないかな?」


 闇の子供が発した声。それは地の底から響いてくるような寒気のする声だった。


「わ、わたしの体を? 私の体はあげられないよ?」

「あっ、ううん、わかりづらい言い方してごめんなさい。あなたの気持ちはどうでもいいんだ」

「えっ?」

「今から無理やりもらうから」


 闇の子供はすべるように動いて私に近づいてきた。

 着物を身につけたツインテールの女の子、それはまさに私と同じ顔だった。


「えっ、わたし?」


 私と同じ顔をした女の子は私の肩を押さえつけてきた。

 女の子とは思えないすごい力で上から押されて私は息ができなくなった。


「抵抗しちゃ苦しいよ。じっとしていればすぐに何もわからなくなるから」


 女の子が押さえるにつれて私の体はどんどんと黒い液体に沈んでいく。

 心臓が空気を求めてばくばく動いているのが分かる。

 どんどん明るさを失っていく視界の中で体からも力が抜けていく。


「うふふ、これで終わりよ」


 もう終わりだと思った次の瞬間、胸のところまで黒い液体に沈んでいた私の体が何か暖かいものに包まれて引きずりだされた。


「えっ?」


 とっさのことに私は自分の身に何が起こったのかわからなかった。


「だいじょうぶか、鈴葉!」


 気が付くと私は目が覚めてベッドに横たわったままだった。

 徐々に意識が覚醒して私は自分の体と部屋の中を確認する。

 夢だったのかと思ったあと、すぐに私の体の周りの新たな異変に気づく。


「ええっ、何これ?」


 私の体を取り巻いていたのはふさふさの白い毛。

 さらにベッドの上にはもう1本ふさふさの白いしっぽがうごめく黒いしっぽと絡み合っている。

 すぐさまベッドから起き上がって確認するとそこにいたのは神社の神職さんのような着物を身につけた男の子だった。

 私を包み込んでいた白いしっぽはその男の子の背中から生えている。

 よく見ると男の子の頭には尻尾と同じ色の獣の耳も出ている。


「燃えてなくなれ、狐火きつねびのしっぽ!」


 男の子の言葉とともに黒いしっぽと絡み合っていた方のしっぽが青い炎に包まれる。

 黒いしっぽに炎が燃え移ると黒いしっぽはさらに暴れ出し、いつの間にか開いていた部屋の窓から外に逃げて行った。


「逃がすかよ、俺の炎で位置はすぐに……ってあれ、どこにもいない」


 目の前で青い炎が上がって私は驚いたが、青い炎は私の目の前に来ても熱が伝わってこない。


「なになに、いったい何なの?」

「ああ、これは大丈夫だよ。俺の狐火きつねびは闇の者だけを燃やす浄化の炎だから。人や物には無害だぜ」

「いや、そうじゃなくて、あなたはいったい誰なの!」

「誰って、ああ、そうか。鈴葉の前でこの姿になるのは初めてか。俺はトワだよ」

「えっ、トワ君、ぬいぐるみの?」

「そうだぜ」


 トワと名乗った男の子は穏やかに私に向かって頷いた。

 そのとき、私の部屋のドアが勢いよく開けられた。


「鈴葉、こんな夜中にいったい何の騒ぎ?」


 パパとママが私の部屋に飛び込んできた。


   ◇


「それじゃあ、全部説明してもらおうかしら」


 空が明るくなり始めた早朝の家族会議、リビングのテーブルにパパとママ、それとトワ君を名乗った男の子が座った。


「鈴葉を襲ったあれは夜尾やびだ。俺はあの夜尾を捕まえるために人間の街に出て来たんだ」

「やび?」

「夜のしっぽと書いて夜尾やび……奴らは妖怪や怪談にくっついて妖怪になる」


 トワ君は興奮した様子で続ける。


「じゃあ、昨日学校に出たしっぽの生えた赤い警備員は……」

「そう、あいつらに取りつかれた怪談は夜尾の化身と呼ばれているんだ。ただの妖怪だけじゃなくて学校の怪談とも相性がいいんだ」

「えっと、しっぽのテールと怪談のホラーテール、同じテールで相性がいいなんてこじつけじゃない?」

「そんなことねえよ。言霊という言葉があるように同じ発音の言葉を結び付けて作る妖術もあるぐらいだからな」


 そうか、謎幻術なんかもなぞなぞと妖術を結び付けた言霊の妖術だ。


「その夜尾の化身っていうのはテレビ番組に出ているテール妖怪と同じなの?」

「大まかにはテール妖怪と似ているけど、夜尾はホラーテール以外にもうひとつ取りつきやすいものがあるんだ」

「もうひとつ?」

「妖怪の血が混じっている人間だ。その人間に取りついて妖怪の力を発現させるんだ」

「なんで、妖怪そのものを狙わないの?」

「まず、昔に比べて妖怪の数が減ったことと、普通の妖怪なら夜尾が近づいてきたらさすがにその妖気を感知して対処できる」

「ああ、私も10年生きてきて妖怪に会いたいと思っていたのに会えたのはこれが初めてだもんね」

「それに妖怪の血が混じっている人間は人間として生活しているから夜尾に対する警戒が薄い。そこを狙われるんだ」

「うん、ちょっと待って、それじゃ、トワ君が私のところに来たのもその夜尾ってのを捕まえるためだったの?」

「うーん、それもあるかな」

「呆れた。それじゃあ、まるで私は獲物を捕まえるためのおとりじゃない」

「そ、そんな言い方あるかよ」

「もう、そんなことならうちから出ていってよ。パパとママも何か言ってよ」


 ただでさえ男の子といっしょに暮らしてたことが分かって恥ずかしくてしょうがないのに。

 私のこと守ろうとしてたんじゃなくて、私のそばに寄ってくる夜尾ってのを待ってただけなんて。


「うーん、でも結果的に鈴葉を守ってくれるのは間違いないんだろう?」

「そうよね。鈴葉はママのお腹にいるときに強い悪霊に取りつかれそうになったこともあるし」

「えっ、何その話初めて聞いたんだけど」

「その時は鈴葉のクラスメイトの椎奈ちゃんのご両親が心霊案件に詳しくて助けてもらったのよね」


 椎奈の両親が助けてくれたなんて、それも初めて聞いた……。

 それからも色々と話をして気が付けば、もう外はすっかり明るくなって小学校に行く時間になっている。

 どうもパパとママは正体が分かった後もこのままトワ君をうちに置いておくような流れだ。


「もう、みんなで私をのけ者扱いして! 私、もう学校に行くね」

「ちょっと、鈴葉、朝ご飯は?」

「いらない」

「待てよ、まだ学校に夜尾がいるかもしれないからいっしょに行くぜ」

「ついてこないでよ。どうせ小学校に生徒じゃないトワ君は入れないんだから!」


 私はイライラして、自分の感情が整理できないまま小学校に行く準備を始めた。


   ◇


 登校して、教室に向かおうとすると職員室の方へ歩いていく糸子先生の姿を見かけた。

 昨日、赤い服の警備員と夜尾の事件があったので、ちょっと心配していたけど先生が学校に来ていて安心した。

 あいさつをしようと先生に近寄ると、ある光景を目にして私は立ち止まった。


「あれ、先生?」


 糸子先生の顔が伸びた髪の毛で覆われている。


「え、え?」


 私は目をこすって、もう一度あらためて先生の顔を見ると顔だけではなく背中の方まで伸びた髪の毛が波打つようにたくさん増えている。


「……なんで先生の髪があんなに伸びてるの?」


 その髪の毛は揺らめいているので、初めは黒い煙のようにも見えたが、確かにたくさんの黒い髪の毛が先生の背中で波打っている。

 ただの髪の毛ではない。なんだかとっても嫌な感じがするものだ。

 幽霊に慣れている私でもそれは体中から冷汗が出てくるほどの悪寒を感じたほどだった。

 何か良からぬものを見てしまったと思った私はそっと職員室の中を覗き込んだ。

 そこでは糸子先生が他の先生に謝っていた。


「昨日は急に倒れて申し訳ありませんでした。突然めまいと頭痛がひどくなりまして」


 弱々しいその声は紛れもなく糸子先生のものだ。


「全く驚きましたよ。昨日の放課後廊下で倒れている先生を見つけて」


 先生が昨日倒れていた。とすると私と教室で別れた後のことだ。

 他の先生たちは糸子先生に普通に接している。ということは私以外にはあの波打つ黒い髪の毛は見えていないんだ。

 私は感覚で危ないかもとは思いながらも、糸子先生の様子を詳しく観察しようと近づいてみる。

 先生たちが糸子先生の周りに集まってくるが、先生の背中に伸びている長い髪の毛が小さくタンポポの綿毛のように分かれて周りの先生たちの髪の毛の中に入っていく。

 人の髪の毛が勝手に動くなんてことはない。あれも私の目にはとても不吉な何かに映った。

 しかし、次の瞬間、その黒い髪の毛が見えなくなってしまった。糸子先生の顔も背中も黒いものは見えない。

 おかしなものが見えたことを不思議に感じながらも、その原因がわからないので、私は自分の教室へ行くことにした。

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