第4話 名探偵、誕生!

「ふん、あなたのお願いがそんな簡単に通るわけないでしょ」


 店員の女の子が両手を体の前で合わせて印を結ぶと店内に薄暗い空間が広がっていく。

 トワ君を見つけなければいけない私は緊張しながら女の子の謎幻術を待つ。


「じゃあ、なぞなぞよ。そこでは今日よりも明日の方が先に来る。さてそれはなあに?」


 ……はぁ?


 私が女の子の告げたなぞなぞを聞いて最初に思ったのは『意味が分からない』だった。

 本当に出されたなぞなぞの意味がわからない。

 心なしか女の子の怒りさえ込められている気がする。

 このなぞなぞに答えることができないと、トワへの手掛かりはなくなってしまう。

 謎幻術で私の隣にもうひとり私が悲しそうな顔をして現われる。


(トワ君はやっぱり見つからなかったよ)


 それは店員の女の子が私に見せる不吉な明日の私のまぼろし。


「勝手に明日の未来を決めないで!」


 怒った私は自分の中の知識を総動員する。

 けれども今日よりも明日の方が先に来るなんて想像もできない。

 そんな変な場所が本当にあるのだろうかと考えていた。

 そこでは今日よりも明日の方が先に来る。それはなあに?


 うん?


 それは私の中に起こったわずかな気づき。

 それはなあに?


 それ?


 どこ……じゃなくて?

 女の子のなぞなぞはどこかと場所は聞いていないことに気付く。


 それは何かと尋ねている。


 初めにそこではと言っているので思わず場所を聞いていると思ったけど、場所でないのかなと私は頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。


 そういえば……。

 私はさっき図書館で勉強をしているときに「明日」の方が「今日」より先に来るものを自分も使っていた。


 それは……。


「どう、答えは出た? 出るわけないわよね。せっかく私が……」

「答えは……辞書、ですか?」


 私は女の子に確認するように、そして自分に確認するようにその答えをささやいた。


「えっ、あっ、いや」


 女の子は私の答えを聞くとはっと目を見開いたまま言葉がうまく出てこないようだった。


「答えは辞書であってる?」


 辞書の中ではあ行の「明日」はか行の「今日」より先に出てくるのだ。

 女の子は震えながら何か言いたげに目を閉じて、ゆっくりとため息をついた。


「正解よ、正解」


 女の子が認めると私の隣にいたトワ君を見つけれなかった未来の私が謎幻術の闇とともに砕けるように消え去った。


「やるねえ、お客さん。お嬢に勝つなんて。いいぜ、中に案内してあげるよ」


 案内された店の奥は古めかしい外見にふさわしく湿った空気が漂っていた。

 奥の空間には人の影は見えない。

 それなのに骨董品や家具などが並べられたその収納蔵には何かが潜んでいるような気配が感じられた。


「ここだよ、お客さん」


 おじさんに呼ばれた棚の前に行くと、そこに置かれている古いケースをおじさんは取り出した。

 開けてみると、中に入っていたのは赤い色をした蝶ネクタイだった。


「これは?」

「これは名探偵の蝶ネクタイといって、事件を解決できるようになる道具さ」

「名探偵?」

「死んだ名探偵の念が宿っているネクタイらしい。これを身につけると誰でも名探偵になれるんだ」


 道具に念が宿るということは私も聞いたことがあった。長年使いこんだ道具などに持ち主の想いなどの気が宿ったとされるものだったはずだ。


「それでお客さん、何か困った事件が起きたんだよね?」

「そ、そうなんです、私の、えっと家族がいなくなって……誘拐かもしれないんです」

「いや、ぬいぐるみじゃないの」


 横で聞いていた女の子がすかさず誤解を与えないよう話を補足する。


「ああ、あのぬいぐるみか? まあ、本人からしたら家族も同然なほど大切なのであれば事件だ」


 陽気な声をあげると、おじさんはひとつの問題を口にした。


「でも、この手の道具はつけた人が暴走しがちなんだよ。だから探偵の助手がついてた方がいいんだが」

「助手?」

「それじゃあ、お嬢が探偵役でお客さんが助手ということでいいんじゃないですかね」

「えっ、私がそのネクタイを付けるの? 嫌よ」


 店員の女の子は得体のしれない蝶ネクタイに体を預けるなんて無理という風に断ってきた。


「でもお嬢はなぞなぞ勝負に負けたんだから、責任もって探してあげないといけないんじゃないですか?」

「えっ、うっ、ぐぐぐ」


 くやしそうな表情で息を吐くと女の子は名探偵の蝶ネクタイを受け取る。

 名探偵の蝶ネクタイを女の子が首に付けると、彼女の体はすぐにビクンと震えて目を見開いた。


「ふふふ、この私にかかればどんな事件でもすぐに解決してあげるわよ!」


 なるほど、道具に取りつかれて人格が変わるというのはこういうことなんだ。

 いつも落ち着いた雰囲気の彼女が表情豊かに躍動やくどうする様はすごく違和感があるけど、仕方がない。

 トワ君が見つかったら女の子に謝ろうと考えて、私と女の子はこっこやから図書館に向かった。


「そういえば、まだ名前も聞いてなかったわね。私の助手ということなら一応聞いておかないとね」

「は、はい、鈴葉すずは仁尾鈴葉におすずはです」

「うん、クズハというのあなた?」


 女の子にくずと言われてずっこけそうになってしまった。


「ち、ちがうよ、クズじゃなくて鈴、ひどいなあ」

「うん、ああ、くずというのは秋の七草のひとつで紫の花を咲かせる愛らしい草のことよ」

「えっ、そうなんだ……って、あなたの名前も教えてよ」

「私は紫の月と書いて紫月しづき黒島紫月くろしましづきよ、よろしくね」

紫月しづき、紫の月って……綺麗な名前。うん? それと黒島って」


 私は黒島という名字に覚えがあったが、紫月には関係ないと思ったのですぐに考えるのをやめた。


「ふふっ、頭がよさそうで良い名前でしょう」


 自分でほめ言葉を追加して満足そうに笑うと、紫月はさらにまくし立ててくる。


「じゃあ、そのトワというぬいぐるみがいなくなるまでの経緯を説明してちょうだい」


 図書館に向かう道中で紫月しづきは事件の詳細を尋ねてきた。


「経緯? えっと、私が図書館で勉強してるときに本を探しに行って、机に戻ってくるとリュックサックに入れていたトワ君が消えてたの」

「ふうん、それと図書館に行ってから会った人物などを詳しく教えてくれると助かるわ」

「えっと、知り合いには何人か会ったよ。同じクラスの女の子、それと私のクラスの担任の糸子いとこ先生」

「その人たちも図書館で勉強していたの?」

「うん、それとトワ君が消えたあとにその人たちに聞いてもわからないって言われて」

「なるほどね」

「あと同じクラスの椎奈しいなっていう子がいて、一応トワ君を知らないか聞くと、あなたのぬいぐるみなんか知るわけないでしょって言われて……」

「あら、その冷たい態度は、その椎奈と言う子とは仲が悪いの?」

「ええと、椎奈は私のしっぽが見えているの。だから私のことを妖怪だって言いふらした嫌なやつなんだよ」


 そうこうしているうちに私と紫月は図書館に辿り着き、トワ君が行方不明になった2階のフロアに向かった。

 そこでは先ほどと変わらず、担任の糸子先生がいたので、紫月は先生に詳細を尋ねた。

 すると、糸子いとこ先生は驚いた表情で私の方を向いた。


「えっ、あなたが探してたトワ君っていうのはぬいぐるみのことだったの? 私はてっきり弟さんのことだと思ってたわよ」

「鈴葉、あなたはそのぬいぐるみを家族だと言っていたけど、探すときにトワ君を知らないかと聞いていたの?」

「あっ、そういえば、そうだった」

「でも、ぬいぐるみだったとしても、私は見てないなあ」


 糸子先生は不思議そうに呟いたが、紫月は指を頭に当てて何か考え込んでいる。


「うん、犯人がわかったかもしれない」

「えっ、ほんとう?」

「けど、一応確認しておかないと」


 そう言うと紫月は図書館の受付ロビーに向かい、受付の女の人と何か話し始めた。

 紫月は事務室の中に通してもらい中で何かを確認すると、再び私のところに戻ってきて口を開いた。


「犯人がわかったわよ。糸子先生だったかな。今から関係者をここに集めてもらえますか?」

「えっ、私がですか?」

「教師のあなたに頼むのが適任でしょう?」

「紫月ちゃん、関係者を集めるってことは、もしかして」


 私は確信を強めた様子の紫月に尋ねる。


「ええ、トワをさらった犯人はその中にいるのよ!」


 そうして、トワ君がいなくなったテーブルに関係者が集められた。


「先生に言われて来たけど、さっき探してたトワっていう子の事?」


 椎奈と一緒にいたひかりが不機嫌そうに私に聞いてくる。


「ひかりちゃん、ごめんね」


 お礼は言いたくない相手だけど、トワ君を見つけるためだから仕方がない。


「うん、椎奈という鈴葉のクラスメイトの姿が見えないけど?」

「ご、ごめんなさい、来てって言ったんですけど、もう帰るからって断られちゃいました」


 糸子先生はおどおどしながら紫月に謝った。


「うそでしょ、その椎奈が犯人なのよ!」

「いや、じゃあ、なんで集めるなんて言ったの? 逃げようとしてるじゃない!」


 呆れて私は甲高い声をあげる。

 普通に考えれば事件のことで集まってくれなんて言えば、犯人は逃げてしまうはずだ。


「こういう場合は関係者を全員集めるのがセオリーなのよ!」


 私たちはすぐさま帰ろうとしている椎奈を追いかけた。

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