第3話 トワ君が誘拐されちゃった?

(つまり、妖狐の祖先が編み出した言霊を使った洒落しゃれた妖術が謎幻術なんだ)


「そっか。そういえば昔話とかでもよく似たような知恵勝負があったよね」


(そうそう、この屏風びょうぶのなかのトラを捕まえてみろとかな。昔から妖怪の中でも力押しの妖術じゃなくて風雅な妖術も好まれていたのさ)


「じゃあ、巫女戦士ピュアエクレールの番組スタッフの中に妖怪がいるのかな」


(それは妖怪のことを本なんかで調べれば人間だけでもできるだろう)


「ああ、そっか、そうだよね」


(けど、謎幻術は妖狐の中でも術の構造は秘密だから、本当にスタッフに妖怪の関係者がいるのかもな)


 私は図書館で調べ物の宿題をしながら、トワ君と妖怪の話に花を咲かせていた。


 これよ、私はこれがやりたかったの。


 その机には私しか座っていないが、机の上には抱えるほど大きな天狐てんこのぬいぐるみを置いている。

 私がうどん屋のこっこやで購入した生きているぬいぐるみのトワ君だ。


「ねえ、トワ君はなんで私を持ち主に選んでくれたの?」


 妖怪のお話に一段落が付いたところで、私はトワ君に一番聞いてみたかったことの一つを聞いてみた。

 けど私が話しかけてもトワ君からは何の反応も返ってこない。


「えっと、私がこっこやでまずい雰囲気になってたから助けてくれたのかな?」


(あっ、うん、そう、そうだよ)


 何だかこれが理由ではないように感じる。


(……しいて言えば、鈴葉の透明のしっぽを見たからかな?)


「……私のしっぽ」


 私には生まれつき普通の人には見えない透明のしっぽが2本生えている。


「ねえ、トワ君、私のしっぽってどういうものなのか、わかる?」


 これもトワ君に聞いてみたかったことだ。

 妖怪のトワ君なら何か分かることがあるかもしれない。


(たぶんだけど、鈴葉には人狐じんこの血が入っているのかもしれないな)


「ジンコ?」


(人の狐と書いて人狐じんこ。つまり狐が進化して人になった存在だぜ)


「進化? 変化の術を使って化けてるわけではなくて?」


(人狐はそもそもの姿が人なんだ。人間だって猿が進化して人になった人猿じんえんじゃないか)


「そ、そっか、トワ君って頭いい。じゃあ、わたしのしっぽには特に意味はないの?」


(いや、人狐のしっぽは人猿にはない妖力の象徴だからな。なにかしっぽ妖術が使えるかもしれないぜ)


「ああ、黒明姫くろあけひめのテール妖怪を作るしっぽみたいに?」


(うーん、妖怪を生み出すしっぽっていうのはかなり特殊な能力だな。そこまでいかなくても普通に炎や風の妖術のしっぽとか……)


「なにそれ、すごい。やりたい、私もしっぽ妖術やりたい!」


(まあ、それはまたゆっくりと考えようぜ)


「う、うん、そうだね。でもよく考えたら何で私だけしっぽが生えてるのかな」


 私の両親や祖父母に人狐がいるということだろうか。


「でも、私が知ってる親戚にしっぽが生えている人はいないと思うんだけど」


(それは先祖返りという形で、たまたま鈴葉に先祖の人狐の特徴が強めに出ちゃったのかもしれないな)


「先祖返り?」


 私は先祖返りという意味が分からず、辞書を引いてみるが載っていない。


(先祖返りというのは何かの拍子で先祖がもっていた特徴が何代も後の子孫に現れることで……鈴葉はスマホで調べることができるんじゃないのか?)


「私はスマホ持ってないもん」


(最近は妖怪でもスマホを使ってるらしいぜ)


「えっ、そうなの」


 スマホは便利なので妖怪が使うのも当然かもしれない。


「……でも、この話、あんまり続けてるとまずいかなあ」


 いまさらだけど他の人が見たら、延々独り言をしゃべっている危ない不思議ちゃんに見られてしまうかもしれない。

 ためいきをついて顔をあげると、私の視界に嫌なものが入り込んできた。

 図書館の同じフロアにクラスメイトの椎名しいなたちの姿を見かけてしまったからだ。


「トワ君ごめん、ちょっと隠れて」


 私はとっさにトワ君を椅子の上に置いていたリュックの中に押し込んだ。


(もがっ)


 みんながこの奇妙なぬいぐるみを見てしまったら何を言ってくるかわからないからだ。


「あれえ、妖怪の鈴葉すずはがこんなところで何してるの?」


 大げさにあおるように椎名の取り巻きのひかりが声をかけてきた。

 私は何も言い返さない。

 情けないけど、無視をしているのではないことを示すように少しだけうつむく動作をする。

 私はこのまま早くどこかに行ってほしいと願うことしかできない。


「ひとりぼっちで宿題なんてさびしいわねえ」

「で、でも、私も図書館来るときはだいたいひとりだよ」


 クラスの女の子たちの中から椎奈が声をかける。


「そう、かな。まあ椎奈ちゃんがそう言うなら」


 たまたま私を助けた形になったが、椎奈がなんでそんなことを言ったのか私はわからなかった。


「わ、わたし、ちょっと本を探してこないといけないから」


 消えるような声でつぶやくと私は逃げるようにその場をはなれた。

 何かひかりが文句を言っているようだったが、あえて聞かないようにして早足で本棚の間に隠れた。

 別に本を探すわけでもなく、一番端の方の本棚の影でじっと身をひそめる。

 なぜ椎奈たちは自分のことをいじめてくるのだろう。

 自分をいじめてもなにもいいことなんてないのに。

 しっぽの生えた妖怪という自分の正体を知る椎奈が世界からいなくなってくれたらどんなにいいことだろうと思う。


 しばらく時間をつぶしたあと、私は椎奈たちがいないことを確認するとおそるおそる机にもどってきた。

 席についてトワ君はまだ出さない方がいいかなと思いながらトワ君を押し込んだリュックを確認すると中身がぽっかりと空洞になっている。


「えっ、トワ君?」


 あわててリュックの中を探すが、中にトワ君の姿はない。

 どうしよう、私が乱暴に隠したから怒っちゃったのかな。

 それから私は机や椅子の下から始まり、図書館中を探し回ったがトワ君は見つからない。

 一通り探したあと、私は混乱した頭で考え始めた。


「トワ君、怒っちゃったのかな。まさか出て行っちゃったりとか」


 トワ君は自分で少しは動けるけど、それもとてもゆっくりとした動きだ。

 そんなに遠くに行けるとは思えないし、動く姿を他の人に見られると面倒だから普通に移動することは考えづらい。


「どうしたらいいの。誰か助けてくれる人は……」


 助けを求めたくても私にはトワ君しかいない。

 そのトワ君がいなくなったのだ。

 もし万が一誰かに連れ去られたんだったら……

 よく考えたら誘拐ゆうかいの可能性も否定はできない。


 縁はあったと思うよ。


 こっこやで出会った女の子はそう言った。

 せっかく自分に生まれたトワ君との縁。

 それは簡単に手放していいものとは思いたくなかった。

 途方に暮れた私はどうにかできるかもしれないひとりの女の子に思いが至り、荷物もそのままにして図書館を飛び出した。


  ◇


「トワ君がいなくなっちゃったの!」


 私は商店街のはずれにあるうどん屋、こっこやに駆け込んだ。


「……どうかしたの?」


 ちょうどお昼と夜の合間の準備中で営業はしていなかったけど、紫の着物と割烹着かっぽうぎを着た店員の女の子が息を切らしている私を出迎える。


「図書館で勉強してて、本を探しに行った間にリュックサックに入れてたトワ君がいなくなったの」

 トワ君はこのこっこやで購入したものだ。


「ああ、あのぬいぐるみがどこかに行ってしまったの?」


 トワは生きているぬいぐるみとして売られていたので、女の子は勝手にどこかに行っても不思議ではないという表情だ。


「……でも、うちに来てどうしようっていうの?」


 前に会ったときもそうだったが、この前髪で右目を隠した女の子はほとんどのことに感情がないのかと思うほど反応が薄い。

 時折見せる表情以外はいつも無表情で落ち着いている。

 彼女の言う通り、普通に考えれば購入したお店だからといって、どうにかなるということはない。

 しかし、このお店にはうどん屋以外のもうひとつの顔があった。


 私は覚悟を決めて口を開く。


「もう一度謎幻術バトルだよ。私が勝ったらトワ君を探すことのできる道具を使わせてちょうだい!」

「あの人形を探すための道具をかけてもう一度勝負ですって?」


 このこっこやのうどん屋ともう一つの顔、この店の奥の蔵には不思議な道具類があって、なぞなぞバトルに勝てば願い事が叶う道具を売ってくれるのだ。

 そのことを教えてもらっていた私は何か役に立つものがあるかもしれないと思い訪ねてみたのだ。

 けれど、このこっこやでなぞなぞバトルに負けてしまうとその願いの代償として情熱の心を奪われてしまう。


「そんな都合のいい道具……あるわけないじゃない」


 店員の女の子は私の訴えにややぎこちない笑いを作ってみせる。


「お嬢、探し物ならあの蝶ネクタイがいいんじゃないですか?」


 調理場から出て来た白衣のおじさんが声を掛けてきた。


「ほら、おじさんも良い道具があるって!」


 店員の女の子にも聞こえていたのか、不本意そうな表情をしながらもおじさんの申し出に納得したようだった。


「じゃあ、お客さんとは再戦だな。今度こそお前さんの情熱をもらいますぜ」


 おじさんは前回のなぞなぞバトルでもとっても難しい謎幻術を展開してきた。

 私は緊張しながらも半分は興奮した気持ちでおじさんの謎幻術を待つ。


「ふう、いいかげんにしてほしいわね。こんな茶番」


 突然、店員の女の子が私とおじさんの会話に割り込んでくる。


「お嬢、どうしたんですか?」


 店員の女の子はイライラした様子で口を開く。

 おじさんも女の子の急変に戸惑っているけど、なんでこの子はこんなに怒ってるんだろう。


「あなたはこのこっこやの儀式をまるで便利屋みたいにかんがえているのかしら?」

「そ、そんなわけじゃ」


 私は女の子の圧力に押されて、本当は少し思っていた便利屋という考えを慌てて否定する。


「たかだかぬいぐるみを探すためにだなんて、ずいぶんと馬鹿にされたものね」

「そ、そんなことないよ。トワ君は私の大事なパートナーだよ」

「ふん、それならあなたの相手は私がしてあげる」

「えっ?」

「情熱をよこせなんて言わないであげるから、負けたら二度とこの店と私たちに近寄らないと約束してもらうわよ」


 女の子の私に向けられたとがめるような怖い視線に私は声を詰まらせた。

 既に女の子が両手で作った術印じゅついんからは黒い闇がほとばしり始めている。

 確かに私の行動が甘い考えだったのかもしれない

 どのみち店員の女の子は私がどう言い訳したところで私を許すつもりはないだろう。


 それなら……。


 私の気持ちは固まった。


「わかった。あなたとの勝負に勝って、私は私の願いを通すんだから!」


 私は渾身こんしんの感情がこめられた声を吐き出して、目から火をくように前をにらみつけた。


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