エピローグ この手は何のために
ああ、怒られた、怒られた……。
結局、私ひとりだけ怒られた……
この世から消えてしまいたいって思うぐらい怒られた……
「ああ、もう明日から学校行きたくないなあ」
あの騒動のあと、クラスのみんなの証言で私と糸子先生が取っ組み合いをしたということになってしまった。
クラスのみんなは
唯一椎奈だけは意識がはっきりしていたけれど、もちろん私が妖怪に取りつかれていた糸子先生と戦いましたなんて言ったらおかしな子に見られてしまうので、その説明もできなかったんだと思う。
やはり私が糸子先生を土下座させた格好で頭を足でぐりぐり踏みつけていたのが決定的だった。
学校をお昼休みから抜け出していたこともばれてみっちりと叱られてしまった。
(鈴葉、やっと解放されたな)
ついでに言うと私の両腕の中にいるこいつも私物のぬいぐるみを学校に持ってきたとして叱られるネタのひとつになった。
まあ、あのあと意識が戻った糸子先生は昨日の夜のことから何も覚えていなくて、夜尾に取りつかれた影響がないのは良かったことだ。
放課後、ゆううつな気持ちで小学校の玄関を出るとひとりの女の子の姿があった。
椎奈だった。なぜか私を待っていたように見える。
「な、なに?」
私が椎奈の姿を確認して身構えていると、椎奈は何か言いたげにおずおずしていた。
「や、やっぱりなんでもない」
急に振り返ると椎奈はその場から逃げだしてしまった。
(鈴葉、追いかけろよ!)
「えっ、なんで?」
(たぶん何か言いたいことがあるんだよ!)
トワ君にうながされたので、私はトワ君を地面に置いて椎奈を追いかけた。
背後から抱きついて椎奈の体を強引に前へと振り向かせる。
「もう、何なの。何か言いたいことがあるんでしょう」
私ができるだけ穏やかに問い詰めると椎奈はようやく口を開いた。
「……鈴葉ちゃん、今日はありがとう」
意を決したように椎奈は私にお礼を言ってきた。
「えっ、な、なに?」
いきなりの予想外の言葉に私は驚いてしまう。
「鈴葉ちゃん、私たちのことを助けてくれたでしょ」
「ええと、そう、かな?」
本当はよく考えずに行動してしまったので、椎奈のことは助けようとしたのかは分からない。
椎奈は私のことをまともに見れずにいたけど、やがて眼を閉じて頭を下げてきた。
「ごめんなさい。鈴葉ちゃんと初めて会った時に私が妖怪なんて言っちゃったから、鈴葉ちゃんをひどいめにあわせちゃった」
「えっ」
「私、そのことをずっと謝りたかったの」
椎奈が謝る姿を見て、私の方が混乱してしまう。
「私の見た鈴葉ちゃんのしっぽが何か分からなくて、鈴葉ちゃんとちゃんとお話しする勇気ももてなかった」
椎奈も私のしっぽの正体が分からなくて、どう接したらいいのか迷っていたのだろうか。
「でも、そんな事なんて関係なかった。鈴葉ちゃんは私たちのことを助けてくれた。信じていなかったのは私の方だった」
顔をあげた椎奈の表情は震えていた。目には涙をためているように見える。
「私のしてきたことを許してほしいなんて言えないけれど、それでも私の思いだけはちゃんと伝えたかったの」
椎奈の声は消え入りそうな声だった。
「な、なに言って」
私は思いきり言ってやりたかった。
そう感情がざわついたときに、何をと同時に感じてしまった。
色々なことを言ってやりたいのに、それと同じぐらい様々な思いも入り乱れて立ち尽くしたまま何もできない。
けれども、これはひとつの分かれ道なのかもしれない。
トワ君と初めて出会った時、こっこやの紫月ちゃんは巡り合った縁は大事にしなさいと言ってくれた。
それでも、私の中では椎奈への消すことのできない嫌な感情も残っていた。
お互いに動かなくなった私の頭の中に聞こえてくる記憶の声があった。
じゃあ、獣じゃなくなった人の手は何のためにあるの?
それは千年の昔、
葛葉さんは笑って私の両手を握ってくれた。
人の手は……つなぐためにあるんじゃないかな。
気が付くと私は椎奈の手をそっと両手で握っていた。
記憶の中の葛葉さんのように。
「えっ、鈴葉ちゃん?」
私のとった行動に椎奈ちゃんから戸惑ったような声が上がる。
「……許してあげてもいいけど、ひとつだけ条件があるわよ」
「な、なにかな、何でも言って?」
私からどんなことを言われるか不安なのか、椎奈ちゃんの表情がこわばる。
「私と友達になってよ」
私の友達になるという条件を聞いて椎奈はぽかんと口を開けている。
「あれ、妖怪の友達はいや?」
「ううん、全然! 許してくれるの、私のこと!」
椎奈の嬉しそうな笑顔にそれまでのわだかまりもあるけれど、私も自然と笑うことができた。
こうして私がずっと望んでいた友達、それも初めての人間の友達が意外な形でできたのだった。
人の手は争うためではなく、つなぐため。
それは椎奈だけでなく、人の姿をした天狐のトワ君も同じなんだろうか。
そう思った時、不意に今夜から同じ家で正体が男の子のトワ君と一緒に暮らすことを思い出す。
「いやいや、仲良くするって、そういう意味じゃないわよ!」
顔から湯気が出そうなほど熱くなってしまった私は思い起こされてしまった変な想像を振り払う。
「あくまでトワ君は私を守るために一緒にいるの」
私は地面に置いていたトワ君を拾い上げる。
(おお、鈴葉のことは俺が守るぜ)
私は腕の中で抱きしめた弟のようなぬいぐるみにそっとささやいた。
「うん、頼むわよ。期待してるんだから」
私のしっぽはファントムテール ラグト @mierukanozyo
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