最終話 キノコ注意報

「う、うーん……」


 片瀬かたせヒロキが目を覚ましたとき、そこは病院のベッドの上だった。


 落ちかける太陽が窓に映っている。


 どうやらけっこうな時間、彼は眠っていたようだ。


「片瀬さん、気がつかれましたか?」


 医師がにゅっと顔をのぞいてきた。


「あの、俺は……」


「ああ、軽い打撲だぼく程度ですから、落ち着いたらすぐに帰れますよ」


「よ、よかった……」


「お食事を出しますから、のんびりしていってください」


「しょ、食事って、まさか……」


 スタッフが配膳車はいぜんしゃをガラガラと鳴らしながらやってきた。


 ベッドサイドに食事の入ったトレイが置かれる。


「片瀬さん、おなかすいてるでしょう? いっぱい食べて、元気になってくださいね?」


「あわわ……」


 果たしてそこには、山盛りのキノコが……


「おいしいキノコを召し上がれ」


「ひっ、ひえ~っ!」


 一も二もなく飛び起きると、逃げるように片瀬は病室を飛び出した。


 そして全速力で病院をあとにした。


「はあ~、ったく、なんなんだよ~」


 彼が外で呼吸を整えようとしていると――


「あっ?」


 雨だ。


 最初はポツリポツリとだったが、どんどんひどくなってくる。


「ああ、最悪。傘なんてもってねえし」


 そのとき、通行人たちが一斉いっせいに傘を開いた。


「あ……」


 片瀬にはその形が……


「きっ、キノコ……」


 また胃液が逆流しそうになって、彼はその場から猛ダッシュした。


   *


 片瀬がわれを取り戻したとき、あたりはすっかりうすぼんやりしてきていた。


「ここ、どこ……?」


 町のはずれのようだが、人っ子ひとりいやしない。


「ああ、もう、どうなってんだよ。キノコ注意報のせいで、最悪な一日じゃねえか」


 その辺のベンチに座り込み、彼はしばらく頭をかかえていた。


 ふいに気配を感じ、ひょいと顔を上げると――


「片瀬」


「せ、せんぱい……?」


 中村ケンジがそこに立っている。


「ど、どうしたんですか? こんなところで……」


 彼は何か違和感を感じた。


 それは中村のかっこうだ。


 もう夜でも温かい時期だというのに、真冬のようなトレンチコートをすっぽりと羽織っている。


「言ったろ、キノコ注意報だって」


「……」


 中村はそう言うと、コートをゆっくりと開いた。


 そこには、それはそれは見事なキノコが――


「おいしいキノコを召し上がれ」


(終)

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キノコ注意報 朽木桜斎 @kuchiki-ohsai

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