第4話 人間を辞めた日
「お前は何を望む」
「もちろん我らがヴァイスラウプ様の復活でございます! 主の復活こそ我らが悲願!」
ファシルース教のおっさんが血塗れの手を胸の前で組み、こちらを見やると、その額に刻印が浮かび上がる。
「よかろう」
俺の声が壁に反響して重苦しく響く。俺はまるでそれをすることが当たり前だったかのように、おっさんに手のひらをかざす。
「おおっ!」
その声がおっさんの最期の言葉となった。手を組み土下座のまま倒れたおっさんはぴくりとも動かなくなった。
その体からは光る赤い球体が浮かび上がり、俺のかざした手のひらに吸い込まれた。
「なるほど……。こうやるのか」
再三に渡る頭痛にうんざりしていると、大量の情報が俺の中に流れ込んできた。
奴の名前はハートムット。ファシルース教の司祭。
幼い頃に捨てられ、ファシルース教の司教に拾われる。その後は司教の従者見習いとして育てられるものの、邪教徒狩りで親代わりだった司教を殺される。そして紆余曲折を経て、最終的に人類の滅亡を願う……。
そしてヴァイスラウプを復活させるため、ここで生け贄の儀式を繰り返していた。
ファシルース教にヴァイスラウプ……。やはりここはDOTVの世界だったか。疑惑が確信に至る。
それにさっき勝手に体が動いた時に少し思い……出した。自らの力の使い方を。
それにしてもファシルース教。ファシルース教か……。
それはDOTVの中で5つある宗教のうち邪悪で、ほどほどに滅びを望んでいた者たちの宗教。邪悪度が下から2番目の邪教である。もっと邪悪なのもあるから安心してくれ。
ファシルース教。別名迷宮教は、迷宮の支配者たるヴァイスラウプを信仰しており、世界中の迷宮をヴァイスラウプの物であると主張し、探索者たち──迷宮を探索してヴァイスラウプの持ち物を盗むことで生活しているならず者たちのことだ──を敵視し、探索者ギルドを襲撃したり、探索者を殺し回ったりもしていた。
まぁ半分テロ組織である。裏の顔として物流を担ったりしているので半分で済むだろう。多分。
DOTVでは邪悪な宗教を信仰する司祭は異教徒、または信教を持たないものを生贄に捧げるコマンドが実行でき、世界の破滅度を上げることが可能だった。
あのおっさんが行っていたのはそれだったんだろう。ゲーム内では詳しい描写をされることなく、奴隷ユニットや人口を消費するコマンドだったが。
そして先ほどのおっさんの願いを叶え、魂を喰らったことでおっさんの持っていたスキルを取得したらしい。
≪戦闘力上昇1≫、そしてファシルース教独自の魔法≪迷宮移動≫を得たと言う実感だけが俺の中に残された。
◇────────────────◇
祭壇の脇に置かれた粗末な木の椅子に座り、俺はぼんやりと考えていた。
DOTVの世界では共通語と呼ばれる一般的な言語と、その他──ゴブリンやオークたちの使う言葉──蛮族語があった。特にゲーム内で言及されることもなく、世界観を盛り上げるためのフレーバーのような扱いだったはずだ。ちなみに共通語圏と蛮族語圏は基本的には対立している。
先ほどの魂の吸収、そしてスキルの習得。起きてからの一連の出来事で理解してしまった。俺はヴァイスラウプでもあるんだと。
確かにDOTVではヴァイスラウプは敵のユニット(基本的にヴァイスラウプは敵なのでゲームでは実際は味方、自陣営だが)の願いを叶えることがあった。
その際ヴァイスラウプは何かを対価にその対象の願いを叶えると言うイベントを発生させるんだが、大体願いを曲解してろくでもないことが起こる。永遠の命を願った人間を死ぬことの出来ない化け物にしたりするよくあるアレなんだけどさ……。
ヴァイスラウプに選ばれた者には刻印が現れる。先ほどおっさんの額に現れていたあれが刻印だったんだろう。
ヴァイスラウプは印を刻んだ者に執着すると言うか、拘泥するっていうヒグマみたいな一面もあったもんな……。
今回の場合はファシルース教のおっさんが願っていたのはヴァイスラウプ……つまり俺の復活で、その復活はすでに成されていた。だからおっさんは魂を奪われたのであろう。ゲーム内でもそんなイベントの結果、レベルとスキルを奪うやつがあった覚えがある。
まさかそんなファンタジーな現象を目の当たりにするとは思わなかったな。
ぼんやりと視線を祭壇に移す。
祭壇の正面には血塗れの麻袋が乱雑に積み上げられていた。どれも人間の子どもくらいのサイズだ。
おそらく先ほどの通路のミイラたちは元々は麻袋の中身だったのだろう……。
血で赤黒くなった麻袋の山を横目に俺は思案に耽る。
出来れば服は用意しておいて欲しかったな……。
いまだに俺は全裸である。造りの悪い椅子の荒れた座面がケツに刺さってるよ。ファシルース教のおっさんを追い剥いでもいいが、なんか臭いし返り血ついてるから着るのは嫌だ……。羅生門じゃあるまいし。
ここに居てもしょうがない。引き続き外に向かうことにしよう。途中で何か着るものがあったりするかもしれないし。
ふと振り返り麻袋の山と来た道の死体の山を思い出す。
何の感情も浮かばなかった俺はもう本当に人間ではないのかもしれない。
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