第3話 狂信者


 ミイラの谷間を抜けるとそこはまた扉だった。どうせなら胸の谷間がよかったな。


 突き当りには埃に塗れているのに、一切の錆が見られない鈍色にびいろの大きな扉が鎮座していた。両開きのそれは全高5メートルはありそうな巨大さで、俺の行く手を阻んでいる。


 先ほどの天岩戸よろしくの岩でできたスライドドアよりは、こちらの方が幾分開けやすいのかもしれない。ただし重量は考えないものとする。


 俺は軽くストレッチしながら、上着を脱ぎ捨て……あ、裸だったわ。とにかく右側の扉に手をそっと押し当てる。


 もしここが地獄ならこの先に閻魔様でも居るのかな? めちゃくちゃ気が重いんだが……。そして扉も重い。ぐっと押してみても扉はびくともしない。……なかなかやるじゃねぇか……!


 一人で茶番をこなしながら次は渾身の力を振り絞って押してみると、俺の願いが通じたのかバキバキと何かが割れる耳障りな音を立てながら、扉はゆっくりと開き始めた。


 最後には手を掛けていた部分がぐにゃりとへこみ、ついには俺が通れるくらいの隙間ができた。なんか妙に力強くなってる気がする……。これもヴァイスラウプの力なのか?


 歪んだ扉は相当な厚みがあり、金庫か何かに使われていそうな分厚さだった。


 扉の隙間を通り抜けると、さらに奥から男の声で歌のようなものが響いてきた。いや、それは歌と言うよりお経に近いかもしれない。なんだやっぱ墓じゃん。でもまだ地獄の可能性も0ではないか……。


 いや、これファシルース教の祝詞じゃないか? まったく聞いたことのない言語なのに、その意味がわかってしまう。奇妙な感覚だった。


 もしかして俺はDOTVで使われていた大陸共通語を覚えてしまったのかもしれない。これもヴァイスラウプの力だろうか?


 恐る恐る音を殺して歩いて進むと、通路の先に明かりが見えてきた。


 その先は舞台の裏側のようだった。壁際には蝋燭の灯された燭台が並んでいる。しかし舞台だと思ったものは木で作られた祭壇のようで、木の枠組みに布が張られている。それが邪魔してその先はよく見えない。


 俺は足音を忍ばせながら祭壇の裏へと移動すると、その脇から祭壇の正面を盗み見た。見えてきたのは黒いローブを着た怪しげなおっさんが一人。祝詞をあげながら祭壇の前で何かを準備しているようだ。そしておっさんの前には大きな麻布の袋が置いてあった。


 俺がコーヒー豆を入れる袋みたいだな、などと呑気なことを考えていると、おっさんはサバイバルナイフのような大きなナイフを取り出し、その麻袋に突き立てた。

 予想していた音とは違う肉を叩くような音とともに、うめき声があがる。


 あー……生贄の儀式ね? 確かにDOTVでもあったけどさ!


 ファシルース教のおっさんは袋に何度も何度もザクザクとナイフを突き立てる。狂ったように哄笑をあげながら。


 俺が見ている間にも麻袋には赤黒いシミが広がっていく。


 突然の惨劇にも関わらず、俺の心には波風一つ立たなかった。一連の出来事を通じて俺は自らの変質を再確認することになってしまった。


 冷めた目でその行為を眺めていると、ファシルース教のおっさんの血走った目と目が合った。すると俺の頭の中に強烈な思念のようなものが浮かび上がってきた。邪神の復活と世界の滅亡を心から望む、そんなドロドロとした負の思念の塊のようなものが。


「ぐっ! な、なんだ? これ……」

『おおっ! ついに主が復活なされた!』


 大陸共通語で叫びながら、おっさんは見た目以上の身軽さでこちらに走り寄ってきた。ナイフを片手に。


「近寄るな!」


 俺がそう叫ぶと、男はぴたりと足を止めた。体をゆらゆらと揺らしながら何かに抵抗しようとしているようだった。


 ……もしかしてあれか? ヴァイスラウプにはファシルース教徒を操る力があったはず……。それか?


 固まるおっさんの前で全裸で思案していると、俺の中で衝動が突然膨れ上がり、なんとしても≪≪それをしなければならない≫≫と言う渇求が渦巻いた。


 俺の意思に反して、自然と声が出た。


「お前は何を望む」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る