第5話 うめき声

 ファシリース教のおっさんから嫌々剥ぎ取りを済ませると、出口へ続く道を進む。


 おっさんのドロップアイテムはファシリース教のローブ(返り血付き)と血塗れの儀式用らしき飾りのついたナイフだけだった。どこかに荷物を置いているのかもしれない。それと未使用の麻袋があったのでそれにドロップアイテムを入れて背負っていた。ちょっと汚れているし、チクチクするけどな……。


 背中に血のついた麻袋、右手に松明を持った全裸の男……とさらに進化した不審者になってしまったのが悲しい。


 俺は歩きながらこの世界について考えを巡らせていた。


 この世界の現在の文明レベルがどれほどかはわからないが、ゲームではヴァイスラウプが現れる破滅度70になるのはゲームの中盤から終盤だった。


 この世界は今現在、かなり混沌とした世界になっていることが考えられ、モヒカンを生やした蛮族がヒャッハー! していたり、地獄産の化け物が闊歩していてもおかしくない。……今から外に出るのが不安だ。


 あっ……今、自国の後背地に突然地獄が出現して、すぐそばの防備の手薄な都市を蹂躙されたクソみたいな思い出の1ページが走馬灯のように脳内を流れた。ホントあれやめろよな。


 ヴァイスラウプは特に背景説明などもなく、破滅度が70になるとランダムに選ばれた迷宮から突然現れる天災のようなボスだった。


 ゲーム内で読める設定資料でも、ヴァイスラウプは何かを探してさまよっていると書かれていたが詳細は不明であった。ただそれを信仰する迷宮狂いどもがたくさん居るだけの謎のボスだ。


 俺がヴァイスラウプになったことに何か目的があるのかもしれない。全く思い浮かばないけど……。


 俺に課せられているかもしれない使命について考えながら歩いていると、通路は二手に分かれていた。直進する通路と、そこから脇道に逸れるような小さめの通路だ。


 残念ながら俺はダンジョンのマップは全部埋めるタイプなんだ。迷わず脇道へと入っていく。


 入ってすぐに通路は小部屋になっていた。広さはワンルームマンションの一室といったところか。


 そして長い間風呂に入っていない男の臭いがする。十中八九おっさんの寝室だろう。


 粗末な木のベッドとタンス? があり、使用済みの木の器が水の張った桶に突っ込まれている。生活感すごいっすね。


 まるで中世の単身赴任って感じだな……。単身赴任でやべーボスを復活させようと来る日も来る日も人を刺し殺しているのはどうかと思うが。


 家探しした結果、着古したファシルース教のローブ、袋に入った硬貨類、革のブーツ、予備のナイフと砥石などが見つかった。

 下着類もあったけど、他人の物はちょっとね……。あと燭台や灯りになるものが欲しかったな。


 さりとて服は着たい。着たいがなんか変な虫がちらほら居たのでどこかで洗いたい。靴も水虫貰いそうだし……。


 さらに問題があるとすれば、ファシルース教の紋章が入ったローブを着ていたら、他の宗教の信徒や探索者から攻撃される恐れがあるってことカナ────。


 善良な文明や宗教に所属する人たちからは良くて石投げられるだろうし、おっ! こいつ邪教徒やんけ! 殺そっ♡ なんてよくあることである。これ邪教の辛いところね。


 人を攫って生け贄に捧げているファシルース教さんサイドにも大いに問題はあるが。


 背負っていた麻袋にドロップアイテムと一緒にそれらを詰め込む。


 俺は松明を握り直すと、再び出口を目指し歩き出した。。やっぱり背中の袋が当たっているところが痒い気がする……。


 暗がりの道を進む。脇道にあるのは朽ちた棺ばかり。


 やはりここは元々墓地だったようだ。禍々しい邪教の祭壇にリフォームされたらここに眠る人たちも浮かばれないよな。絶対心霊スポットになるじゃんね……。なんて考えていると、俺の足音しか響いていなかった洞窟の通路にかすかに呻き声のようなものが聞こえた気がした。


「ハハッ! まっさかぁ~? 居ない居ない!」


「……うぅっ……」


 俺の空元気も虚しく、やはり女性らしき声が響いてきた。


 そもそもDOTVの世界は幽霊の類が実在する世界だ。魔法の属性も様々な種類があり、死属性魔法には悪霊やスケルトンを召喚する魔法も存在していた。


 この声の主も果たして人間なのか、幽霊の類なのか俺には判別がつかない。


 そうこうしているうちに微かに声の聞こえてくる部屋の前に来てしまった。おっさんに捕まっている被害者の可能性もあるし、放置して進むのも目覚めが悪いしな……。マッピングだと思って行くしかないあるまい……。


 こんなはっきり聞こえるなら人間だよな? 人間でありますように!


 申し訳程度にドロップアイテムの服を腰に巻くと通路を進む。するとそのうちに声がはっきりと聞こえてきた。

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