第8話 既視感

 穴に飛び込んだ俺の目に飛び込んできたのは、一面のクソ緑だった。外はどうやら森のようだ。先ほど脳内アナウンスがあったアポカリプスが起きているような気配も感じられなかった。


「さっきのアナウンスってDOTVのだよな……」


 俺が独り言を言い切ると、俺の体に凄まじい力が流れ込んで来るのを感じた。セレナを眷属にした時も感じたが、それどころではないとんでもない量のエネルギーが俺の体に吸い込まれ、になっていくのを感じる。


 頭を押さえながら立ちすくむ俺に、セレナは心配した様子だった。しかしその声は俺に届かず、どこか遠くでセレナが呼んでいるように声が聞こえていた。


 しばらくその圧力のようなものに耐えていると、そのうちに収まっていった。なんだったんだ?


「主よ! 主よ! 大丈夫ですか!?」


 俺の隣で必死に呼びかけ続けていたセレナの声がやっと俺の耳に届いた。


「あ、ああ、大丈夫だと思う……」


 なぜかはわからないが、体に力がみなぎっている。先ほどの洞窟に居た時とは比べものにならないくらいに。


「バルトゥ!」


 俺が自然にそう声を出すと、先ほど洞窟から出た時のような穴が現れ、そこからのそりと大きな黒馬が現れる。


 高さ2メートルはありそうな巨体。サレブレッドとはまた違う、どっしりとした体格で、俺は外国のトナカイをイメージしてしまった。車でぶつかったら車の方が大破するやつ。


 バルトゥは首を俺に向けると、ぺこりと頭を下げた気がした。


「まぁ♡ なんとたくましい……♡」


「……うん。そうだね」


 セレナがくねくねと喜んでいる姿を眺めたあと、俺たちは馬上の人となった。



◇────────────────◇



 DOTVにおいて森は非常に危険な場所だ。危険な野生生物が頻繁に現れ、蛮族と呼ばれる文明勢力に所属しないユニットが闊歩しているからだ。何も考えずに歩いていると、死角から現れた巨大蜘蛛にユニットが食べられたりする。そういうの本当にやめて欲しい。


 森を見ていると木々の間をうっすらと獣道が続いているのが見えた。バルトゥに乗った俺たちはそこを通り、近くの人里に向かうことにした。


 バルトゥは驚くほど乗り心地がよく、乗馬をしたことがなかった俺でもまったく問題なく乗れている。セレナを後ろに乗せようとしたところ、前がいいと涙目で訴えてきたので、止むを得ず後ろから抱きかかえるように乗せている。


「えへ……えへへ……♡」とひたすらえへえへしているセレナの顔は俺からは見えないが、きっとだらしない顔をしていることだろう。


 ちらりと振り返ったバルトゥが少し嫌そうな顔をしていた。すまん。


 小さな木々をなぎ倒しながら、バルトゥは獣道を進む。しばらく進むと水の流れる音が聞こえてきた。さらに進むと清流と言っても差し支えないような綺麗な川が見えてきた。


 どこかその景色に既視感を覚えながら、俺はふと隣に生えていた木に目をやった。


「……これ杉じゃないか?」


「えへへ……スギ、ですか?」


 セレナが不思議そうに聞き返してくる。


 俺の記憶が確かなら、杉は日本固有種だったはずだ。日本人なら死ぬほど見た木だし、そして多くの苦しめられた木でもある。電柱にする予定だったからあんなに植えた、なんて話を聞いたことがあったな……。残念ながらその杉は使われる前に、コンクリートの電柱に取って代わられてしまったが。


「セレナ、この木を見たことがあるか?」


「申し訳ありません。私にはよくわかりません」


 なんだか辺りの植生が日本に近いような気がする。……いや、DOTVには和風文明もあった。俺たちはその国に居るのだろうか?


 河原に下りられるような小道を見つけ、水場へ向かおうとした俺たちの視線の先に複数の人影が現れた。


 俺たちの視線の先、そこには緑色の肌に赤い瞳、そして粗末な革の服に木と石で出来た槍を持ったゴブリンが5人立っていた。


 DOTVにおいて、ゴブリンは一般的な種族である。

 邪悪な文明にはゴブリン、オーク、オーガなど人間以外の種族が多く所属していることが多い。それらの種族は蛮族と呼ばれる文明勢力に所属しないユニットである場合もあった。


 おそらく今、河原で何かを焼いている彼らは蛮族だろう。


 ここでヴァイスラウプはどうなのか、という話が出てくる。


 DOTVのゲーム内ではヴァイスラウプは蛮族扱いであった。全ての文明に等しく攻撃をする都合上、システム的には蛮族だったのだ。


 彼らは文明に所属しているような気配はなさそうだ。これは余計な戦闘を避けられるかもしれない。


「ここは俺に任せてくれるか」


「はい。主の御心の赴くままに」


 振り返りぺこりと俺に頭を下げるセレナ。普通にしてたら美少女なのになぁ……。

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