第12話 迷宮とは

「まさかセレナが日本語を話せるようになっているとは……」


 音の割にスピードの出ない軽トラで町へ向かいながら俺は独りごちた。これもヴァイスラウプの権能なのだろう。


 セレナが日本語を理解できるようになっているとわかった時、まず俺はセレナにパソコンの使い方を教えた。セレナは着の身着のまま、何も荷物がない状態でこちらに来た。色々と必要なものがあるだろう。身の回りの物をネット通販で購入させることにしたのだ。


 それにセレナはああ見えて金髪碧眼の美少女だ。しかも黒いドレスしか持っていない。あのままの姿で近くの衣料量販店に行くと、とんでもなく目立つのが目に見えている。ここは田舎だし、ビザの確認なんかされたらとてもとてもマズい。なにせ今のセレナは密入国者なのだから……。


 それにしても俺も使ったことがあるネット通販サイトがこの世界にもあったことは僥倖だった。しかもクレカまで登録されていたし、これは有効活用しない手はないだろう。ただし受け取りは自宅は不可で、車で20分のところにあるコンビニまで行かねばならないのだが……。


 そのコンビニからさらに車で20分ほど行った場所に町役場の出張所はあった。


 朝の9時頃、俺は町役場の駐車場に取って付けたように建てられたプレハブ小屋に到着した。中には暇そうにお茶を飲んでいたお爺ちゃんの職員が1人居るだけだ。


 職員は慣れたもので、俺が差し出した土嚢袋に入った魔石を色で選別し、等級毎に重さを計る。


「珍しいな、8級が4個も混ざっとるぞ」


 職員はそう言いながら、他と比べて少しだけ赤みが濃い魔石をステンレス皿に移す。ほとんどが10級だ。


「ハハ……。運がよくてね」


 それはバルトゥが河原で倒したやつだよ。


「それならいいがよ。気をつけなよ。最近ゴブリンどもが増えてるって話だ」


 それから何やら農地に被害が出てると言った話を聞き流しながら、俺は査定を終え、26万円の明細を受け取る。この世界の俺の予想より多めだったのがありがたい。報酬は4から5営業日後に口座に振り込まれるようだ。


 命がけでゴブリンを殴り殺して、腹の中から魔石を引きずりだして、得られる金が月20万円なのは果たして多いのか少ないのか……。まぁ俺はこれから≪浄化≫の魔法を使うがな!


 そんなことを考えながら俺は職員に礼を言い、軽トラでスーパーへと向かった。




 ……まさかこんなにスーパーで買い物をしてしまうとは。


 荷台には食料品と適当に買ったセレナの服。あとは必要になるであろうトイレットペーパーなどの日用品を満載している。ビニールシートがかけてあるとは言え、荷台に屋根がないから雨の日は買い物に行けないな。


 荷物を下ろしていると、玄関にセレナが現れた。何やら興奮している様子……なのはいつもか? それよりも何か怒っているようにも感じられた。


「ただいま、セレナ。どうし……」


「主よ! 大変です! これは冒涜です!」


 セレナに手を引かれ、居間のちゃぶ台の上に置かれたノートパソコンの前に座らされると、セレナはその画面を指差す。


「主よ! 主は! このような! このような行いを御赦しになられるのですか!?」


 セレナは叫びながら台パンしている。こわい。


 画面には俺が教えた通販サイトではなく、なぜか世界最大の動画投稿サイトYour Traditions── 通称ユアトラだった。


 セレナが何に怒っているのかと、俺はマウスを手に取り、画面を確認した。


「これは……」


 そこに踊る文字と動画のサムネイル画像。


 ダンジョンでキャンプをする若者たち、探索者カップルがデートと称してダンジョンを探索する配信、S級、一流学生探索者を自称する子どもたち、アイドル探索者グループなる子どもたち、ダンジョン農園、おじさんがJKとD活してみた なんて女子高生探索者を金で雇う中年男性の配信などなど……信じがたい光景がそこには広がっていた。


 終いにはある種の治外法権と化したダンジョンでは、薬物となる植物の栽培、それらの精製、銃器の製造すら成されていた。ダンジョン探索のためと言う免罪符があれば罪には問われないらしい。法にも穴はあるんだよな……。


 今までの俺ならそれらに対して怒りは感じなかったかもしれない。しかし、今の俺はヴァイスラウプだ。まるで自分の家の庭で乱痴気騒ぎが起きているかのような気分に襲われた。そしてそれは使徒たるセレナも一緒だったのだろう。


「わ、私……悔しいです……」


 ついにセレナはしくしくと涙を流し始める。その気持ちは俺にも痛いほどわかった。


 日本人で例えるなら神社の境内でバーベキューをしていたり、大麻栽培していたり、パパ活やら銃の試し打ちされているようなもんだろう。そりゃ怒るわ。


「わかった。なんとかしてやる」


「嗚呼、主よ! 主と迷宮に感謝を!」


 感極まったのか、セレナは俺に抱きつき、胸に顔を埋めた。俺は驚きながらも体に伝わるセレナの肢体の柔らかさに、思わず言葉に詰まる。


「……セ、セレナ。大丈夫か?」


「ふっ、ふがっ♡ ふへへ……」


 こいつはブレねぇなァ!

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