第三章 徳妃様の瞳 7

 結局毛毛も長雲様にお礼を言うことで粽を一つもらえることになり、皆で粽を頬張る。


「おいしいですね」


「そうだな」


 毛毛は何も言わずに粽にがっついている。長雲様に頭を下げる時には屈辱的な顔をしていたが、今は粽のおいしさに夢中になっている様子だ。


「なんだか人形が増えていないか」


 長雲様は工房内の棚を見つめている。棚には私が修復したおばあちゃんの人形が並べてある。


「物置にあったものをきれいにして、色がかすれてしまったところを彩色しなおしたんです」


 私がそう答えると、長雲様は驚きの霊気を放ちながら目を見開き、こちらに振り向いた。


「どうか、されました?」


 不思議に思ってたずねる。長雲様が驚くなんて、珍しい。


「お前、今普通にしゃべったな」


「…………あ」


 確かに私、長雲様に緊張せずに話せていた気がする。どうしてかな。おいしいものを食べて気が緩んでいたのもあるし、そろそろ長雲様にも慣れてきたのかもしれない。


「たぶん、長雲様と二人きりで、お面をつけてなら、普通に話せます」


「そうか。お前、普通にも話せたんだな」


「はい。村の人でも、家族やおさなじみになら、一応普通には話せてましたから」


 でもまさか、こんなにも早く長雲様と普通にお話しできるようになるなんて。

 最初のうちは、高貴なお方だと思ってガチガチに緊張していたのになあ。

 そう思うとなんだかおかしくて、思わず笑いだしてしまった。


「ふふふっ」


「え、お前、笑うのか……」


 また長雲様が驚いている。私にとっては長雲様の感情を感じ取れることのほうが、驚きだ。


「長雲様にも、心があったのですね」


 思わずそう言うと、長雲様はいぶかしげに言った。


「どういう意味だ、それは」


「言葉の通りです」


 またおかしくて、堪えきれずに私は笑った。

 はあ、人とお話しして笑うなんて、何年ぶりだろう。



 長雲様と話せたことで自信を取り戻した私は翌日、勇気を出して食堂へ行った。

 いつもの尚食局の年老いた女官が、すぐに声をかけてくれた。


「今日は来たね。毎日二回来なくちゃ駄目だよ。あさゆうをたっぷり用意してあるんだから」


「は、はい」


「待ってな。あったかい海老えび入りの湯餅を盛ってやるよ」


 優しい言葉をかけてもらえて、ありがたい。


 受け取ったおわんを席に運び、さっそく食べ始める。うまみたっぷりの温かい汁の中に、海老と細切りのねぎ、そしてひものように細い小麦の餅が入っている。今までに食べたことがないものだけれど、すごくおいしい。


 夢中で湯餅をすすっていると、また女官たちの話し声が聞こえてきた。

 思わず耳をそばだてる。なにせ私には会話の盗み聞きくらいしか情報を得る方法がない。


「ねえ、あんた新入りだから教えてあげるわよ。飛龍園の金人の話」


「飛龍園って、後宮の東側にある中庭のことですよね」


「そうそう。そこに、金属製の神仏像があるでしょう? あれが夜中に動くらしいのよ」


「ええ、怖い」


「後宮じゃ昔から有名な話なのよ。金人が夜中に動き出して、悪い行いをした人に裁きを下すんだって」


「なんなんですか、裁きを下すって」


「そりゃああんた、いろいろでしょうよ。殺されるとか、大怪我するとか、目玉をくりぬかれるとかさ」


「……食事してるときに物騒なこと言うのやめてもらえます?」


 ……私も今その話は特に聞きたくなかったなあ、と思いながら残りの汁をすすり、食事を終えた。

 だがきっとあの女官たちは仲がいいのだろう。怖い話をしていたけれど、楽しげな霊気を放っていた。


 おだやかな陽の霊気を見るのは好きだ。こういうのなら、悪くない。



 しかし食事を済ませて工房に戻ってくると、とんでもないことが起きていた。工房の中がめちゃくちゃに荒らされていたのだ。


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