第10話 次回イベントに向けて
side:
最近、私の友人――
ゴールデンウィークが明けて最初の漫画同好会の活動からずっとこの調子だ。
暗い顔で我武者羅に絵を描き続けては、突然発狂してコンピュータ準備室を荒らす。普段から乱れまくっている髪はいつも以上に大荒れで、目の下の隈も酷いことになっている。
恐らく私が参加できなかった同人誌即売会で何かがあったのだろう。用意した同人誌は早い段階で売り切れたと聞いたが、この様子を見るに納得できない出来事があった筈だ。夜凪との付き合いは短いが、あいつが絵を描く人間として一定の自信とプライドを持っていることは分かっている。
他にも学校のマドンナである
これは……もしかして失恋か?
夜凪は異性関係の経験が浅い。イベントによって高められたテンションと勢いでつい告白してしまってもおかしくはない。可能性なんて0なのに皆月君が優しいから勘違いしてしまったのだろう。
くそっ! 私が行かなかったばかりに……!
友人の儚い恋に哀憫の念と自身の行動への後悔を感じる。
今も目の前で液タブに向かっている彼女の肩にそっと手を置き励ましの言葉を送る。
「……辛いと思うけど、気を確かにね。言い方は悪いけど男なんて他にもいるんだからさ」
「は?」
「私も過去何度か告白されたことがあるけど、私が振った男の子達なんて次の日からは別の女の尻を追っかけてたりするから、男なんてそんなもんだよ」
「は?」
「夜凪の良さを分かってくれる子が絶対いるから。顔だって悪く無いんだし、髪を整えて化粧を変えれば男なんて直ぐに寄ってくるよ」
「は?」
「そんなことよりも今は次のイベントについて考えよう。以前に申し込んだ夏のコミゲのサークルの当落発表もうすぐだよね。受かった時のために、作品の準備を進めておかないと」
来週に迫ったコミゲサークル当落発生日。
絶賛失恋中の夜凪も作品作りに集中すれば、余計なことを考えずに心を落ち着かすことができるだろう。
「……次のイベントは私抜きでやって……」
夜凪は暗い顔でそんなことを言う。
皆月君とのことが相当ショックだったみたいだ。
「夜凪、メソメソするのは辞めにしよう。1回ダメだったからって諦めるな。1回でダメなら2回。2回でダメなら3回。3回でもダメなら何回でも挑戦すれば良い。何事も先ずは行動しないと始まらないよ」
おお、今アニメの名台詞みたいなこと言えた。
我ながら良い言葉を送れたと思う。
正直なところ皆月君クラスの男が夜凪を選ぶとは思えない。テレビでも見ないレベルの美貌の持ち主が冴えない女子高生と付き合うなんてアニメの中だけの話だ。
しかし、傷心の夜凪にそんな悲しい現実を突き付けてしまえば暴走して何をしでかすか分かったものではない。とりあえず希望を持たせておいて、夜凪の熱が冷めるのを待つ。
「そう……だよね。……うん、分かった。描こう同人誌を。今度は胸を張って頒布できる最高の出来で」
漸くマシな顔につきになる夜凪。
女は振られた回数だけ強くなるとは言うが、何だか夜凪が成長したように見えて、少しだけ視界が滲む。
何はともあれ、立ち直ったみたいで良かった。
◇◇◇
――コミゲサークル当落発表日。
「お、落ちてる……」
先週、私たちの戦いはまだまだこれからだ風に締め括ったのに結果は落選。
コミゲは日本最大級の同人誌即売会だ。前回申し込んだ小規模オンリージャンル系イベントと違って、日本全国から猛者達が集まってくるが故に、それだけ参加を希望するサークルも多く、倍率もその分高くなるのだろう。
折角、夜凪が立ち直って同人誌作りに励んでくれているのに……。
遣る瀬無い気持ちが押し寄せてきて、自然と頭が下を向いてしまう。
「はぁ」
思わず溜息が漏れて、更に気分が落ち込んでいることを感じる。
夜凪に何と言おうかと悩んでいると、丁度タイミング良くコンピュータ準備室の扉が勢い良く開いた。
「武山っ!」
やってきた夜凪は膝に手をつき、はぁはぁと呼吸を乱していた。額からは汗が滴っていて、その急ぎようが伝わってくる。
「どした?」
「う、受かった! 私のサークル、コミゲに受かったよ!」
そう言えばコミゲには別々でサークル参加の申し込みをしたのだった。夜凪のサークルが当選して私のサークルが落選したことに思うところがないことはないが、素直に喜んでおこう。
「やったじゃん!」
とりあえずこれで次のイベントは決定した。
引き続き同人誌作成に努めて夏に向けて準備を進めよう。
オンリージャンル系イベントとは違い、コミゲは何でもありのオールジャンル系イベントであるため、題材とする作品は好きに選べる。夜凪と話し合って、今回は近頃大流行しているスマホゲーム「レッドレコーズ」を題材として同人誌を作ることになった。
斯く言う私もレッドレコーズ――通称「レドレコ」にどハマりしていて、今回の同人誌制作には一段と気合いが入っている。
特に同人誌のメインとなるキャラ「
女ならみんな大好きな露出度の高い水着型の制服に肉食動物のような鋭い目とギザギザの歯が可愛い男の子。一目見た時からこの子に惹かれていた。
こういう好きなキャラを自由に描けて作品にできる点が同人誌作家の良いところだ。更には、夜凪という滅茶苦茶絵の上手い友人も協力してくれるので、今から完成が待ち遠しい。
まだまだネーム作成段階なのだが、近い未来を想像して悦に浸ってしまう。
あ、そうそう。
作品作りだけでなくサークル体制についても考えないといけない。前回は夜凪と皆月君の2人に頒布対応をしてもらったが今回は私も参加することになる。
コミゲにはサークル入場するための「サークルチケット」――通称「サクチケ」が1つのサークルに2枚しかもらえないため、サークル参加者として入場できる人間が2人に限られてしまうのだ。
誰か2人が先にサークル入場して残りの1人が後から一般入場する形でも良いのだが、狭いスペースに3人もいるとなると、夏の暑さも加味してとんでもない苦行強いられることになるだろう。
更に言えば、皆月君と夜凪は振った振られたの関係で、お互いまだ気不味いと予想できる。
残念だが、今年の夏のコミゲでは皆月君に売り子を頼むのは辞めておいて、夜凪と私の2人で参加するとしよう。
◇◇◇
side:皆月
初めての同人誌即売会から数週間が経過した。
打ち上げ後のタクシーの時から、未だに夜凪さんとはギクシャクしてしまいうまく話せない。同人誌即売会を通して少しは仲良くなれたと思ったのだが、やはり交友関係というものは難しい。
まぁ、彼女達とは同人誌即売会の売り子として協力する前提での仲であったため、同人誌即売会が終わると関係がなくなってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
同人誌即売会前が嘘のように1人孤独に過ごす学校生活に逆戻り。
今日も今日とて放課後の教室で暇つぶしに小説を読んでいると、ズボンのポケットが震える。
スマホを取り出して確認してみると、誰かから連絡があったようだ。
シズル
『お前夏のコミゲ参加するよな? どうやって参加するか知らないけど暫くしたら更衣室先行入場チケットの抽選始まるから忘れるなよ。あと、コミゲで合わせしたいから今度時間ある時に――』
シズルさんはあの同人誌即売会の後から何故か頻繁に連絡を取ってくるのだ。最初は友人ができたみたいで嬉しかったが、こうもメールを送り続けられると少し面倒臭い。
見なかったフリをしてスマホを戻そうとすると、またもやスマホが振動して通知を知らせる。
『皆月君って夏のコミゲ、もう予定入っちゃってる? 実はうちのサークル今回壁に配置されちゃって人手が足らんのよ。皆月君が良かったから売り子として手伝って欲しいねん。勿論、先約があるなら気にせず断ってもろてええよ」
コミゲに参加する予定は今のところないため、誘いを受けることは可能だ。しかし、夜凪さんと武山さんのことを考えると即答することができない。
もし彼女達がまた僕を売り子として誘ってくれたら…………いや、そんな訳ないか。彼女達とはあのイベントっきりの関係だったのだ。今回も誘ってくれるなんて夢を見るべきではないだろう。
それに金具さんは折角僕なんかに声をかけてくれたのだ。
僕は少し考えた後、こう返信した。
『是非、お手伝いさせてください』
……これで良かったのだ。
自分を納得させていると、金具さんからすぐに返信が返ってきた。
金具 美智
『おおきに! ほなら詳しいことは追って連絡するわ。あ、因みに今回は「レッドレコーズ」ってソシャゲの同人誌出す予定やからよろしゅう』
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