第13話 一方その頃


side:夜凪よなぎ あさ



「ネームできたー?」


「まぁざっとは」


「えー早っ」


 本来なら休日である日曜日に私は学校に来ていた。

 理由は漫画同好会の活動、即ち来たる8月開催のコミゲにて頒布予定の同人誌を制作するためにだ。

 今は休日登校に憂鬱さを感じながら、武山たけやまと2人で液タブと睨めっこをしている真っ最中。ようやっとネームを完成させて一息をついたところだ。

 

 前回参加の同人誌即売会と違って、今回は武山と私で1人1つ同人誌を作る想定にある。お互い手伝いはするがメインで作業をするのは当人って訳だ。本当はサークルも別で参加予定だったのだが、武山がサークル抽選で落選してしまったため、頒布場所はどちらも私のサークルスペースになっている。


 液タブに向かって我武者羅にペンを動かす武山を目に収めながら少し物思いに耽る。


 ……皆月みなづき君、どうしてるかな。


 前回の同人誌即売会の打ち上げ後以降、気不味い関係になってしまった私達。あの時はついつい感情が昂ってしまい、女なのに男の子である彼の前で涙を流してしまった。今思い返しても恥ずかしい。

 彼に雄々しい女だとか思われていたらどうしよう。

 そういう考えをしている時点で十分雄々しいのだが、都合の悪いことは考えないようにして、溜め息を吐く。


 同じクラスであるのに彼とは殆ど会話ができていない。

 まぁ元々学校の不可侵領域とされている彼とクラスで会話なんて殆どしていなかったのだが、少なくともクラス外では準備やイベントを通して会話はできていた筈だ。

 気不味いからと言い訳をして後で話そう、今度話そうとずるずると引き伸ばした結果、どんどん話しかけ辛くなってしまった。

 今はまるで売り子をお願いする前の関係へと戻ったようで悲しくなってくる。


 彼は私の想いを認めてくれた人なのに……。

 同人誌即売会で私がみっともなくスペースに来てくれた一般参加者に嫉妬を向けていると、その想いを肯定してくれた皆月君。私なんかイケてない陰キャ代表みたいな女に好かれても迷惑な筈なのに、彼はそんな私を受け入れてくれたのだ。見た目だけでなく心まで男神のような彼を思い出すだけで心が締め付けられるような感覚に陥る。


 ……そうだ……皆月君ならきっと気にしていない筈だ。

 少しぎこちない関係になってしまったが、イベントの時のように話しかければ、またきっとあの天使のような声を私に向けてくれるに違いない。

 そう言えば売り子については武山何も言ってなかったな。今回は私と武山がいるため売り子に関しては自分達で何とかなるのだが、折角なので皆月君を誘ってみよう。私の見間違いじゃなければ前回の同人誌即売会も少し楽しそうに見えたし、私を受け入れてくれる彼ならきっと断らないだろう。


 少し明るくなってきた未来に心躍らせながら、気分転換がてらSNSアプリを開く。


 同人誌作家は情報収集が大事だ。

 最近はSNSを通して発信する作家や企業が多いので、こうして空いた時間に逐一確認する必要がある。


 何か情報出てるかなぁ〜。


 おっ、レドレコの夏イベについて詳細が発表されてる。

 夏のコミゲ前日からイベントスタートかぁ。これはコミゲ当日のレドレコエリアが更に盛り上がるな。


 おっ、金具かなぐ先生も夏のコミゲはレドレコ本なのか。ていうかこのサークルスペースって壁なのかな? あの人前回のイベントでも結構人気だったし、壁サーでも納得だな。


 おっ、コスプレイヤーのシズルさんが彼氏とデートしてるって投稿している。前回のイベントでも少し拝見させていただいたけど、美人な人だったなぁ。こんな人の恋人になれる人はさぞ幸せなんだろうなぁ。……いやいや、私には皆月君がいるから他の男の人ことなんて関係ないんだけどね! ………………ん? 彼氏……?


 何だか違和感を感じる。

 コスプレイヤーであるシズルさんは言わずと知れた界隈随一の美男だ。つまり男。恋人がいたとするとそれ即ち女であり、言葉にするなら彼女……になるはずだよな。

 でも投稿には彼氏と書かれている。……まぁ昨今は同性愛なんてものも全然一般的だし、恋人が彼氏ってことも全然あるのか……?

 気になってシズルさんの投稿を遡ってみると1枚の写真を見つけた。


「あ、あああ」


 思わず声が漏れる。

 それだけ信じられないものを目にしてしまったからだ。


 私のスマホの画面には美しい2人の男が映し出されていた。1人はこの投稿をしたシズルさん。流石はコスプレイヤーなだけあって自撮り慣れしている。反してもう1人は少しぎこちなさを感じさせる笑みを浮かべた、艶やかな黒髪を有した色白の美少年。つい先ほどまで私の頭の中を占領していた男の子がそこには居た。


「嘘、だよね……? 皆月君が……」


 見間違い? 他人の空似? そんな訳がない。

 見慣れた……いや、慣れることなんて到底できない美貌を持った彼を他ならぬ私が間違えることなんてあり得ない。確かに皆月君はシズルさんの彼氏として投稿されているのだ。


 …………いやいやいやいや。

 流石に冗談だろう。だって皆月君は私の想いを肯定してくれたのだから。所謂、彼氏とデートなうって奴なのだろう。そうに決まっている。


 しかし、私の前では滅多に見せない笑みをシズルさんの前では浮かべているのだという事実に胸が苦しくなる。本当に彼等の間には何もないのだろうか。どんどんと不安が募ってくる。


 その投稿には「お似合いですね!」やら「おめでとう笑」やら何も分かっていないコメントが多数寄せられていた。何も知らない奴等の中身のないコメントに怒りすら湧いてくる。


 更には「この隣の人誰ですか?」とか「隣の美人さんのお名前を教えてください!」など私の皆月君に擦り寄ってくるハイエナ女共も確認できた。


 こんな投稿をしたシズルさんも、そのファンの取り巻き共も皆月君を好き勝手に使いやがって。皆月君はお前たちの物ではない。私は怒りのままにSNSの裏アカウントを用いてアンチコメントを書き込んだ。


 大丈夫、大丈夫な筈だ。

 皆月君は私の気持ちを知っている筈だし、彼は我が校の不可侵領域なのだ。そう簡単に他人に心を許したりしない。多分シズルさんが嫌がる皆月君を無理矢理連れ出したのだろう。可哀想な皆月君……。


 今度の夏のコミゲでは私が前に立って守ってあげないと。私はそう決意して、スマホを触ってしまわないように鞄に へと仕舞う。

 

 前を向くと、武山が心配げな表情を此方に向けていた。気が付かなかったが、先ほどまで取り乱していた私の様子に不安を感じたらしい。

 心配してくれたことに感謝しつつ、武山を落ち着かせた私は同人誌制作へと戻っていった。



◇◇◇



side:皆月みなづき 伊織いおり



「どうしたんですか?」


 執事カフェから出た後、シズルさんがスマホに向かって顔を顰めていた。


「いや、大したことじゃないんだが、気持ち悪いコメントを見つけてな」


 これ、と見せられたスマホの画面にはシズルさんの投稿に対して「隣の彼が嫌そうな顔をしているように見えます。彼の気持ちを考えて解放してあげてください。彼は苦しんでいると思います」と確かに不気味なコメントがされていた。


「隣の彼って、僕のことですか?」


「ああ。俺に対してのアンチコメやキモいコメは慣れてるから良いんだが、お前にまで迷惑をかける可能性を考慮できていなかった。すまん」


 珍しく素直に頭を下げるシズルさん。

 恐らく執事カフェを出る前に撮影した写真の投稿が不味かったのだろう。世の中、変な人は至る所にいるものだ。ましてやここは貞操逆転世界。男である僕達は女に狙われる立場にあるのだ。常に注意を持って生活しないといけない。


「僕は全然大丈夫です。頭を上げてください。お互い変な人には気をつけましょう」


 そう言ってシズルさんをフォローする。

 しかし、僕なんかのためにあんなコメントをするなんて、変わった人がいるものなのだなぁ。

 



――――――――――


遅くなって申し訳ないです。

よく考えたら主人公、貞操逆転世界なのに男とばかり仲良くなってますね。



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