第12話 準備と執事


「う〜ん……『親不知おやしらず 抜歯ばっし』ならこれとこれと……後これも買っとくか」


 シズルさんは少し吟味した後、幾つか素材を手に取って会計へと向かった。

 レジにて表示された請求額を見ると、想像以上に高くて驚く。チラリと横を見ると、シズルさんが当たり前のように財布を取り出そうとしていた。


「あっ! ここは僕が払います」


 この場でさえも奢られてしまっては心苦しくて窒息してしまう。シズルさんが財布を出し切る前に割って入って代金を支払う。

 シズルさんは何か言いたげな顔をしていたが、僕は気付かない振りをした。恐らくまだ不機嫌にはなっていないと思われるが、変に突いて虎の尾を踏みたくはない。背中に刺さる視線を無視しながら僕は出口へと向かって歩く。


 

 店の外に出ると時刻は丁度短針と長身が頂点に位置する頃になっていた。店内と違って咽せ返るような暑さと真上から降り注ぐ日光がじわじわと体力を奪ってくる。こんな天気なのにも関わらず昼食時だからか人の通りは今朝よりも多くなっていた。


「お昼、どうしましょうか?」


 特にお腹が空いている訳ではないため、シズルさんに合わせるつもりで尋ねる。


「う〜ん……後、必要なものはウィッグと化粧道具くらいだから、そんなに時間もかからないだろうし、先に買ってしまった方が良いな。昼飯はその後にするか。俺の行きつけの店を紹介してやるよ」


 着いてこいとシズルさんは僕を先導する。

 

 人通りの多い道を歩いていると、周囲の人の目が僕達に集まっているような気がする。

 それもそうか。僕の真横にいる汗を滴らせた美少年――いや、美青年は今をときめく大人気コスプレイヤーなのだ。コスプレをしていなかろうと、女性達の目を否が応でも惹き寄せてしまうのだろう。

 どうやら逆転前世界の男性と同じくこの世界の女性も、美人な異性を視界に入れるとついつい目で追ってしまう悲しき生態を待っているようだ。本人達はバレていないつもりかもしれないが、側から見れば丸分かりでいっそ憐れみさえ感じさせる。貞操逆転前の世界の女性達も男性達に同じ気持ちを抱いていたかと思うと、少しだけ逆転前世界の女性達に親近感を覚えてしまう。


 しかしよく考えると、周囲の視線を集めるシズルさんの横に明らかに不釣り合いな僕がいるという現実が急に恥ずかしく思えてくる。あいつ邪魔だなとか思われていないだろうか。心なしかシズルさんだけでなく、相当数の目が僕にも集まってる気がする。

 気にしない方が良いのに、どんな風に思われているのか気になって周囲に目線を向けると1人の女性と目が合ってしまった。その女性――大学生くらいの普通の女の人は目が合った途端、みるみると顔を赤くする。

 これは……もしかして怒っているのだろうか。シズルさんではなく僕と目が合ったため、お前じゃないと訴えているようにも感じる。

 とりあえず誤魔化すために曖昧な笑みを浮かべておこう。

 ……うーん、普段から表情筋を動かす機会が少ないためかなりぎこちないものになってしまったかもしれない。

 幸いなことに目が合った女性は呆けた表情を浮かべた後、顔を逸らして目線を外したため上手く誤魔化せたようだが、一歩間違えればより不興を買っていた可能性もある。売り子としての頒布対応にも言えることだが、笑顔は大事だ。

 対人能力を上げるためにも、もっと自然な笑顔を作れるように練習しよう。

 引き攣った頬の筋肉を感じながら心の中でそう決意していると、遠くから先ほどまで近くにあった筈の声が届く。


「おい、置いてくぞ」


 周りに気を取られている間に、いつの間にかシズルさんと僕の間にかなりの距離が広いてしまっていたようだ。

 すみませんと一言謝罪して足早に彼の後を追う。

 自身に纏わり付く多くの視線を取り払うようにして。



◇◇◇

 


「――お帰りなさいませ、ご主人様」


 扉を潜ると執事服の男性達が出迎えてくれた。

 案内された席にシズルさんと向かい合う形で座る。


「ふぅ〜、結構かかったな」


「そうですね。お付き合いしていただき、ありがとうございます」


 シズルさんが1から100まで全て事細かに教えてくれたお陰で、無事お目当てのウィッグと化粧道具を入手することができた。何も知らない僕にここまで親切にしてくれるなんて、本当に彼には頭が上がらない。


「ところで行きつけの店って……」


「ああ、見ての通り執事カフェだ」


 白を基調とした明るい店内を見渡すと入り口で出迎えてくれた男性達と同じような格好――黒をベースとしたタキシードを見に纏った男性達が接客対応をしていた。同人誌即売会でコスプレをした自分が言うのもなんだが、小説の中でしか見ないような珍しい格好に少し感動してしまう。貞操逆転前の世界的に言えばメイドカフェに当たるのだろうか。


「でもここって、その……女性が行くところなのでは……?」


 ここが逆転前世界のメイドカフェのような立ち位置なのであれば、僕達は場違いのように思える。メイドカフェに行った経験は僕にはなかったのだが、何となくお金を払って異性に奉仕されるカフェという認識があったからだ。


「古いぞその考え。今は男でも執事カフェくらい普通に行くぞ。最近のアニメ人気でカジュアル層の男オタの数も増えてきたしな」


 やれやれといった風に肩をすくめてシズルさんが言った。

 確かに僕はこういったオタク文化に対して何処か偏見があったのかもしれない。僕自身もアニメや同人誌即売会などの文化につい最近触れたばかりなのに、何を知った気になっていたのだろうか。

 早急に認識を改めなければと反省していると、そんな僕の気持ちを知る筈もないシズルさんが口を開く。


「そんなことより早く注文するぞ。食べれないものあるか? ないな? ないなら俺のおすすめを食え」


 言うや否やシズルさんは僕の返事も待たずに机に置かれていたベルを鳴らした。少しも待つこともなく1人の執事が飛んでくる。


「お呼びでしょうか、ご主人様」


「注文良いですか? この『すぺしゃるらぶりーてーしょくびーせっと』を2つ。ドリンクは俺がオレンジジュースで……」


「あ、えーっと……同じので」


「かしこまりました。『すぺしゃるらぶりーてーしょくびーせっと』がお2つで、セットのドリンクはオレンジジュースがお2つですね。少々お待ちください。失礼いたします」


 自然な笑顔でスマートに去っていく執事の男性。演技だと分かっているが違和感を感じられないほど自然な対応だった。あそこまでとは言わないまでも、少しでも先ほどの執事のように振る舞うことができたら、売り子としての力も上がるかもしれない。何か学べないかと周囲の執事の動きをキョロキョロと確認してしまう。


「何だ? 執事服に興味あるのか?」


「いや、そういう訳ではないです」


 何だ違うのかとガッカリした様子のシズルさん。どうやら執事の見過ぎで勘違いさせてしまったようだ。しかし、下手に興味があると言おうものなら執事のコスプレに付き合わせられ兼ねないため、はっきりと言って正解だったとも思う。


「じゃあ何に興味があるんだ? チャイナ服か? 猫耳か? それとも水着か?」


 シズルさんはどうしてもコスプレの話に持っていきたいそうだ。半目でニヤついた顔を浮かべながら尋ねてくる。


「なあ? コミゲ2日目のコスどうするよ?」


 返答に困っているとシズルさんがさらっと本題に切り込んだきた。1日目の衣装にすらまだ手をつけられていないのに2日目の衣装についてなんて考えたくもない。


「聞いてんのか?」


「勿論、聞いてますよ。ちょっと考え事をしていました。因みにシズルさんは希望とかってあるのでしょうか?」


「あー、そうだな……強いて言うなら『魔法少年 マギナ・マギト』のコスかな?」


「え? ……それって前回のイベントでもやりましたよね……?」


「あの時は通常コスチュームだな。今回やりたいのは8話のコスチュームだ」


「8話ってことは……水着ですか?」


 シズルさんはそうだと頷いた。

 作中では通常コスチュームとして露出度の高い衣装を身に纏っていたマギナとマギロウ。そんな2人は海が舞台となる8話で海戦用コスチュームと称された通常コスチュームよりも更に露出度の高い水着衣装を着用していたのだ。

 流石に公衆の面前であの衣装を着るには抵抗があるため断ろうとすると――


「お待たせいたしました。『すぺしゃるらぶりーてーしょくびーせっと』でございます」


 ――オムライスが運ばれてきた。

 金色に輝くふわふわの卵にサクッと揚がったエビフライと真っ赤なタコさんウインナーまでトッピングされ、おまけにサラダとスープ、デザートにさくらんぼ付きプリンまでついてきている。

 シズルさんがおすすめするだけあってかなり美味しそうだ。

 早速食べようとした時、シズルさんに手で制止される。

 どうかしたのかと怪訝に思っていると、料理を運んでくれた執事が明るくハキハキとした口調で話し出した。


「待ちきれないご主人様もいらっしゃるようなので、早速らぶりーを注入させていただきます。担当いたします『ゆーき』と申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 よろしくと拍手するシズルさん。

 訳も分からないまま彼に合わせて僕も拍手をする。


「では僕が『萌え萌え』と言いますので、その後ご一緒に『らぶりー注入ー!』と仰ってください。……いきますよ? 萌え! 萌え!」


「「「らぶりー注入〜!!」」」


 そう言って執事さんは手にしたケチャップでオムライスにハートを描いた。

 

 ……いや、何だこれ。

 一応、場の空気に合わせて拍手をしているが、余りにも唐突なことに困惑してしまう。シズルさんは普段からこんなことをしているのかと彼の方に顔を向けると、必死に笑いを堪えている姿が目に入った。これは恐らく確信犯なのだろう。戸惑う僕の姿を見るためにこのメニューを注文したに違いない。

 何だか悔しいので、僕はシズルさんお得意の不機嫌を装って黙々とオムライスを食べ進めることにした。そんな僕を見てシズルさんは耐えきれないといった風に吹き出していた。

 


 オムライス完食後、暫くして退店する雰囲気になる。

 目的も果たせたことだし今日はもう解散になるのかな。時間も微妙だし余り付き合わせるのも悪いため、衣装の作り方はまた後日にでもと考えているとシズルさんが口を開いて言った。

 

「じゃあ、行くか」


「行くって……何処にですか?」


「決まってるだろ、俺の家にだよ」




――――――――――


 後書き的なものってこれで書き方あってるのかな?

 

 今回の話は作者自身でも余り納得のいっていない話です。テンポの悪い話で申し訳ないのですが今暫くお付き合いお願いいたします。何とか現実の夏コミと連動してコミゲ編に突入したいと考えています。

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