第11話 売り子衣装
売り子承諾のやり取りの後、
壁側配置……つまりは壁サークルと呼ばれるもので、金具さんの抹茶みたらし亭は本イベントにおいて人が多く集まると運営から認識されているということだ。
金具さんは「『レッドレコーズ』の人気のお陰や」と謙遜していたが、前回の同人誌即売会の様子からも人気サークルと称される程の確かな実力を持っていることが分かる。
承諾をしたのは自分なのだが、僕なんかが売り子として参加して迷惑にならないか不安になってきた。
兎に角、足を引っ張らないように、前回よりも頒布対応を手際良く熟せるように頑張ろう。
自分にそう言い聞かせて、もう既にネガティブ思考に陥ってしまいそうな精神を引き留める。
今回金具さんが出す同人誌は、大人気スマホゲームのレッドレコーズに登場する「
生憎、レッドレコーズをプレイしたことがないため、どういう話でどういうキャラクターなのかも分からないのだが、チラッと見せてもらったイラストには透明感溢れる美少年達が映っていて、確かに女性からの人気が高そうだと納得する。
売り子が全く作品の知識がないとなると、金具さんにも一般参加者の方にも作品にも失礼に当たりそうなので、前回と同じく同人誌即売会までにある程度プレイしておかないといけない。
とりあえずインストールだけしておこうとスマホのアプリストアからレッドレコーズをダウンロードしていると、金具さんから追加でメールが届いた。
すんません。肝心の売り子の衣装なんやけど、うちそういうのに詳しくないから、
…………コスプレ、か。
もしかしてとは思っていたが、やはりただの売り子ではなく、コスプレをしての売り子を求められていた。
一体僕のコスプレの何が良いのか分からない。
もしやこの世界は貞操だけでなく美醜も逆転しているのか? と思ったこともあったが、テレビに出てくる俳優やアイドルは皆、逆転前の世界であっても美形とされる容姿をしていたためその説は否定された。
まぁ、恐らくはイベント補正ってやつなのだろう。
イベントで高まったテンションは何に対しても好意的に捉えやすくなる。僕のコスプレもイベント補正で好意的に受け取られたが故に、金具さんに声をかけてもらえたのだろう。
何だか騙しているみたいで申し訳ない気持ちになるが、それは今考えても仕方のないことだ。
そんなことよりも今考えるべきは先ほどメールで送られてきた衣装の件だ。
僕にはコスプレ衣装をどこで入手すれば良いのか知識も伝手もない。
前回は衣装やウィッグ、メイク道具まで全て
つまり現状、僕は衣装を用意することができないのだ。
うーん……困ったな。
2人以外にコスプレに詳しそうな知り合いなんて…………あっ、そう言えば1人いたな。
僕は最近通知が増えるようになったスマホのメールアプリを開き、メールを送信する。
『シズルさん。お久しぶりです。来週の日曜日空いています。色々とご相談に乗って欲しいこともございますので、10時に池袋駅で待ち合わせなどは如何でしょうか?』
◇◇◇
「遅い」
時刻は10時丁度。
待ち合わせの時間通りに池袋駅に着くとそこには既に到着済みのシズルさんが立っていた。
白い麦わら帽子にサングラス、可愛らしい水兵のような服をお洒落に着こなすシズルさん。彼が日傘片手に佇む姿はまるで1枚の絵のようだった。
それに比べると僕は白のTシャツに黒のパンツだけというシンプル過ぎる服装であるため、シズルさんの横に立つことが恥ずかしくなってくる。
僕を見つめるシズルさんはサングラス越しでも睨んできていることが伝わる程、不機嫌オーラを発していた。
炎天下の中、自分がどれだけ待っていたかをくどくどと説く彼を宥めて、近くのカフェに入る。
「メールで少し話したが、夏のコミゲ1日目にコスプレして売り子するんだってな?」
「はい。実はそのことで少しお聞きしたいことが……」
「そんなことよりも、まずは俺の用件からだ。1日目売り子ってことは2日目空いてるだろ? 俺と一緒にコスプレ参加するぞ」
「あー……えーっと……まぁ…………はい」
断ったら俺もこの後の話を断るぞと言わんばかりの圧力に屈してしまう。前回の合わせ撮影で懲りた筈なのに、どうやら今回も避けられないようだ。恐らくシズルさんにとって僕は体の良い引き立て役なのだろう。
僕の返事に満足した彼は嬉しそうにアイスカフェオレを飲んでいる。僕も同じようにアイスコーヒーで口を潤わせて、機嫌が良くなったシズルさんに言う。
「あの……それで、売り子の衣装を入手する方法が分からなくて、シズルさんは何時もどうやって衣装を用意しているのかなと」
僕の問いに綺麗に切り揃えられた黒髪――前回の同人誌即売会では白髪のウィッグを被っていた――を弄りながらシズルさんが答える。
「んー? 前はどうやって衣装を用意してたんだよ? ……まぁ良いか。衣装に関しては俺も言いたいことがあった」
シズルさんは再度カフェオレのストローに口をつけて、一息置いた後に続ける。
「まず前回の衣装なんだけど全然サイズ合ってなかったよな? ちゃんと測れよ。後、衣装の生地も作りもチープ過ぎ。多分既製品だよな? 既製品もピン切りだから買うなら高くても良いものを買え。後、衣装じゃないけどメイク! 雑過ぎ。素材にかまけて適当になってるぞ。コスプレと言っても目が行くのは顔だ。時間をかけてでも丁寧にやれ」
怒涛のダメ出し。
特にメイクに関しては返す言葉もない。
貞操逆転世界では男女共に化粧をすることが常識だ。
そのため、この世界の男性と違って逆転前世界の男性である僕は化粧に対する馴染みが薄い。勿論、郷に入っては郷に従えということで僕も化粧の技術は最低限学んでいたのだが、1年やそこらの付け焼き刃の技術では日常生活では誤魔化せても、プロのコスプレイヤーの方の目は誤魔化せなかったようだ。
更に前回の同人誌即売会では着替えの時間がなかったため、大急ぎでメイクをして確かに雑になっていた。
コスプレと言っても衣装だけではなくメイクにも力を入れないといけないと認識したところで、シズルさんが言う。
「その上で、俺がお前におすすめするのはやっぱり衣装の自作だな。自分のサイズに合った衣装が作れるし、拘ろうと思えば何処まででも拘ることができる。その分材料費とかは嵩んでくるが同じクオリティの服をオーダーメイドするよりかは安く済むぞ」
衣装の自作か……。
正直なところ既製品の方が簡単に済ませられそうだが、僕は不細工なのでせめて衣装くらいはしっかりしたものにしたいという気持ちがある。
オーダーメイドもお金がかかる点で選択肢から外したい。金具さんは衣装代を出すとは言ってくれているが、なるべく安く済ませるべきだろう。
となると、やはり衣装の自作になるのだが、小学生の頃に裁縫の授業を受けたくらいで、服を仕立てた経験がない僕にできるのだろうか。
そんな僕の不安を汲み取ってくれたのかシズルさんはニヤリと悪戯っ子のような顔を浮かべて話す。
「まぁ、どうせ衣装なんて作ったことがないだろ? だからと・く・べ・つ・に俺が手取り足取り作り方を教えてやるよ」
「シズルさん……!」
普段は子どもみたいにすぐに不機嫌になる彼が、今はとても頼もしく見える。
そうと決まればと、僕とシズルさんはドリンクを飲み干して席を立つ。
退店時、お会計を誰が払うかで少し揉めたが、結局シズルさんの「歳上の顔を立てろ」という言葉に押し切られてしまい、ご馳走になってしまった。
◇◇◇
「ところでシズルさん、先ほど歳上って仰っていましたが、今お幾つなんですか?」
コスプレ衣装の生地を買うために手芸用品専門店の「ハタナカヤ」へと向かう道中で、シズルさんに尋ねる。
どう頑張っても中学生くらいにしか見えない容姿をしているが、その態度から薄々は歳上なのだろうとは思っていた。しかし、実際のところ何歳なのかは聞いていなかったため、気になってしまったのだ。
「お前……年齢の話はタブーだろ……と言いたいところだが、特別に教えてやる。ネットでは公表してないから言いふらすなよ? 耳を貸せ」
身長差を縮めるため僕は頭ごと体を横に傾けて、シズルさんは背伸びをして僕の耳に口を近づけ、囁く。
「……
本当に声変わりを終えているのか疑問に思うほど、男性にしては高く甘い声。耳に入った途端、脳がゾワゾワとして思わずぶるりと体を震わせてしまった。
僕よりも3つも年上で成人しているのか。
そうは見えないなとは口が裂けても言えない。
時には相手のために嘘をつくことも大事なので、当たり障りのないお世辞を送る。
「通りで落ち着きがあって、頼もしく見える訳ですよ」
僕の言葉にシズルさんは「そうか?」と言って、僕から顔を背ける。彼の耳が少し赤くなっていることから、何となく照れていることが分かった。恐らくその少年のような容姿から今まで歳上として扱われた経験がなかったのだろう。
そうこうしている間に気付けば僕達はハタナカヤに着いていた。
店内は初夏の暑さを微塵も感じさせないほど涼しく空調管理されている。
シズルさんに連れられるまま、冷房の効いた店内を進むとコスプレ衣装用のコーナーがあった。コスプレなんてニッチなジャンルかと思っていたが、想像以上に広いスペースに様々な色、柄、素材の生地や糸が所狭しと置かれている。
「本来なら設計図とかを引いて必要な分だけ買った方が良いんだが、大体の生地は俺の家にあるし、道具も揃ってるから、足りないものだけ買っていくぞ」
「え? そんな、悪いですよ」
「どうせ余りものだから気にするな。邪魔だったし丁度処分しようと思ってたから」
何時になく上機嫌なシズルさんがそう言った。
作り方を教わるだけでも申し訳ないのに、材料まで戴くのは流石に甘え過ぎになってしまう。
結局、何とかシズルさんを説得し、使った分だけのお金は返すということで話をつけた。
その後、足りない素材を選ぼうとした時に肝心なことを聞き忘れていたと、シズルさんは僕に言う。
「ていうか、まだ何のコスするのか聞いてなかったな。確かレッドレコーズの歯天王の内の誰かだっけ?」
シズルさんの問いに対して、僕は最近始めたレッドレコーズの画面を見せて答えた。
「あ、はい。色々と調べた結果、この『
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