第14話 測定


「――ざっとこんなものだな」


「なるほど。ありがとうございます」


 シズルさんの家に招かれた僕は衣装の作り方についてレクチャーを受けていた。

 衣装制作の設計図とも言える図面の書き方からミシンや裁縫道具の使い方、布や糸の選び方までシズルさん曰く基礎の基礎の知識を伝授していただいた。

 

 しかし、本当に僕にできるのだろうか。

 小学生の授業以来一度も裁縫に触れてこなかった僕が、売り子として迷惑にならない、キャラクターを汚さないレベルの衣装を作れるか不安に思ってしまう。


 そんな僕の心情を察したのかシズルさんが頼もしい言葉を発する。


「まぁ、いきなり1人でやるのは酷だろうから、今回は俺も協力してやるよ。とりあえずお前は完成させることだけ意識してろ。クオリティは俺が補完する」


「……すみませんがよろしくお願いします」


 シズルさんに甘えてばかりで申し訳なく思いつつも、1人だと失敗する未来が見えるため大人しく頼ることにする。

 僕の様子を見たシズルさんは満足そうに頷いた後、少し待ってろと席を立った。


 リビングからシズルさんが出たため、部屋には僕1人だけ。

 先ほどまでは気にならなかったが、他人の家に居ると考えると少し緊張してしまう。気が付けば僕はまるで生活指導の教師と面談を始めるかの如く自然と姿勢を正していた。

 自分でも何故急に緊張し始めたのか分からないが兎に角、一刻も早くシズルさんには戻ってきてほしい。


 しかし、暫く待ってもシズルさんは戻って来なかった。

 想像以上に時間をかけているシズルさんを心配に思う。


 何かあったのだろうか。様子を見に行くべきか。

 

 こういう時、他人の家を勝手に動き回って良いのか迷っていると部屋の外から足音が聞こえてきた。


「悪い悪い。これが中々見つからなくて」


 そう言って扉から出てきたシズルさんの手には、長さを計測する道具――巻尺が握られていた。


「まずは体のサイズを測らないとな。1人だと大変だろうから俺が測ってやるよ。ほら、早く薄着になれ」


「え!? ……いや、それは………」


 衣装作成のために体のサイズを測ることが重要だとはコスプレ初心者の僕にも分かる。がしかし、それと感情はまた別の話だ。同性と言えど人前で薄着になって、事細かに体の情報を取られるのは恥ずかしい。

 本来なら遠慮して1人で測りたいところなのだが、恥ずかしいという感情だけで、ここまで良くしてくれるシズルさんの親切心を無碍にするのは如何なものか。

 シズルさんは早くしろよと言わんばかりに此方を見つめてくる。


「……はい、少々お待ちを」


 結局、断るなんてことはできずにいそいそと服を脱ぎ捨てる。どこまで薄着になって良いのか分からず、チラチラとシズルさんの様子を伺いながら、最終的には下着姿になってしまった。

 貞操逆転前の世界の男児であるなら堂々とすべきだと心の何処かに潜む漢気ある僕が叫んでいるが、体はそんな言葉を無視し、猫背気味になって貧相でだらしのない肉体を隠そうとする。


「……ふ〜ん」


 シズルさんはそんな下着姿の僕をジロジロと見つめていた。

 かなり顔を近づけて上から下までじっくりと。


「な、なんですか……?」


「いんや? 綺麗な肌だなと思って」


「そ、そうですかね?」


 ゾンビと言われるくらい青白い肌が綺麗?

 ……いやいや、勘違いしてはいけない。恐らくお世辞だろう。しかし、褒められて悪い気はしない。

 照れ隠し含めてお返しにシズルさんも褒めておこう。


「僕なんかよりシズルさんの方が綺麗な肌してるじゃないですか」


「馬っ鹿、お前。成人男性の肌がDK男子高校生の肌より上な訳ないだろ。成人前と後じゃ超えられない壁があると言っても過言じゃないんだよ」


 軽い気持ちで言ったのだが食い気味に否定された。

 成人と言ってもシズルさんは20歳だし、僕とは3歳しか年齢が変わらないのにそこまで違うものなのだろうか。

 半袖から覗くシズルさんの二の腕は少し赤みがかった白い肌をしており、僕と違って健康的な印象を受ける。見たところ黒子やシミもなく、お世辞抜きで綺麗に見えるが……。


 じっと見ていた僕の視線に気が付いたシズルさんは隠すように腕を抱えながら言う。


「俺はかなり肌に気を遣ってるからギリギリ見せられるようになっているだけだ。未成年特有のスベスベプルプルの肌はもう出せないんだよ。こんな肌はな」


 そして、シズルさんは徐に僕の体に手を触れた。

 態々シャツの下に腕を入れて。


「ひゃっ!?」


 突然のことに驚いて、思わず変な声が出る。

 滅多に触れられない領域に他人の手が入ってくる感覚。背中がゾワゾワとし、少し不快感を感じた。

 

 まるで少女のような声を出してしまったことに恥ずかしさを感じつつも、シズルさんの腕を優しく掴んでやんわりと止めようとする。

 しかし、尚もシズルさんは手を止めず僕の体を、特にお腹あたりを摩りその感触を確かめていた。


「ちょ、もう止めてください」


「えー、良いだろ? 男同士なんだし。もう少しDKの柔肌を感じさせてくれ」


 最近太ってしまったこともあり、お腹辺りは気にしているのだ。

 腕を強く掴んで拒絶の意を示したが、セクハラおじさんと化したシズルさんは手を止めなかった。

 仕方がないので更に力を込めて彼の腕を引き離そうとする。

 シズルさんは少し抵抗していたが、暫くすると諦めて腕を引いてくれた。

 何処か名残惜しそうなシズルさんだが、本来の目的を思い出したようで巻尺の帯を引いて言う。


「じゃあバストのサイズから測るか」


「……よろしくお願いします」


 脇の下に巻尺の帯を通して胸囲を測られる。

 貞操逆転世界では男性の胸に高い需要が存在するため、こうやって測定されていると男性としての性的魅力値を測られているようで、少し恥ずかしい。

 

「んっ……」


 測定途中で帯が胸の先端に触れ、少しこそばゆい感覚が走る。またセクハラかと思ったが、シズルさんの顔は至って真剣だったため、何も言わないことにした。

 寧ろ、僕のためにここまで集中して取り組んでくれているというのに、疑ってしまったことを申し訳なく思う。


 そんな僕の内心を知らないシズルさんは、バストのサイズをメモに残した後、次を促す。


「じゃあ次、ウエスト」

 

「はい」


 いつまでも恥ずかしがるのは止めて、覚悟を決めて臨もう。

 僕は心の中でシズルさんに一言すみませんと謝罪し、彼の指示に従って、身体の情報を数値化していった。




 

「――よし、足のサイズも測り終えたし、測定は一旦完了だな」


「はい。ありがとうございました」


 頭から足まで体のサイズを隅々まで測り終え、ほっと一息をつく。

 下着状態で他人の家のソファに座るのも憚られたため立った状態で休んでいると、冷房の風が肌に直接当たり体を震わした。

 そう言えば、すっかり慣れてしまっていたため忘れていたが、余り下着姿で他人の家をウロウロするべきではない。早く着替えなくては。シャツを手に取り頭から被る。

 

 そうして僕が着替え終えたことを確認したシズルさんはサイズの測定結果のメモを見ながら言った。


「この後はこのサイズの情報を元に衣装を図面に落としていくんだが……もう時間も遅くなったことだし、今日はここで解散にしよう」


 確かに気が付けば、窓から覗く外の景色は一面暗く染まっており、太陽が既に沈んでいることを指し示していた。

 明日は学校もあることだし、お言葉通りここで帰らせていただこう。

 改めてシズルさんに感謝の言葉を伝えた後、帰り支度をして玄関へと向かう。

 綺麗に整頓された下駄箱の前で自分の靴を履いていると、背後から声をかけられる。

 

「あー、それと明日以降で空いてる時間あったら連絡してくれ。基本的に俺も衣装制作で夕方以降は家にいることが多いからその時間であれば何時でも衣装制作を手伝ってやれる」


「何から何まですみません。明日も放課後は時間が空いてるのでお邪魔してもよろしいでしょうか?」


 シズルさんの有り難い提案に振り返って返事をする。

 早速で図々しいと思われるかもしれないが、折角のお誘いなのでお言葉に甘えさせていただこう。変に遠慮して衣装が間に合わないとなれば、それこそ周りの迷惑になってしまうのだから。


「おう。明日は大学の講義もないし、1日中家にいるから何時でも来い。コミゲまで余り時間もないし急ピッチで進めるぞ。……じゃあ、気を付けて帰れよ」


「はい。ありがとうございます。……では、お邪魔しました。また明日よろしくお願いします」


 そう言って僕は玄関の扉を開いた。

 感謝を伝えるため、出る前にもう一度振り返って一礼する。

 それに対してシズルさんは小さくバイバイと手を振ってくれた。相変わらず可愛らしい仕草だ。貞操逆転世界の男とは斯くあるべしと言ったところか。

 僕はぎこちない笑顔を返しながら扉を閉めて帰路に着いた。




 

「――ふぅ、シズルさんには本当に頭が上がらないな。……ん?」


 暗い夜道を歩いていると突然ポケットの中が振動する。

 スマホを取り出し確認してみると夜凪よなぎさんからメールが届いていた。

 体のサイズの測定で気が付かなかったが、少し前から何件か連絡が来ていたようだ。

 すぐに返事ができず夜凪さんには申し訳ないことをしたな。何か急ぎ用でもあったのだろうか。


 メールの文面を読むにどうやら夜凪さん達もコミゲにサークル参加するようで、その売り子を僕に頼みたいそうだ。それもコミゲの1日目に。

 

 ……困ったな。既に1日目は金具かなぐさんとの先約がある。誘ってくれたことは嬉しく思うが、僕には断ることしかできない。

 もう少し誘いが早ければ……いや、この考えは夜凪さん達にも金具さんにも失礼になるな。

 兎に角、心の底から残念に思うが、夜凪さん達に感謝と断りのメールを送信する。


 しかし彼女達は、僕のことを使い捨ての都合の良い男ではなく、しっかりと覚えていてくれたのだな。

 その事実に少し気分が高揚する。

 

 学校では少し距離を感じたが、また会って会話等できたら良いな。

 彼女達との交友関係が継続していることを認識して僕は柄にもなく鼻歌を唄って帰った。

 


――――――――――


またもや遅くなって本当に申し訳ないです。

あと1話でコミゲ準備の話は終わりで、その次から即売会の話に入っていく予定です。

仕事が忙しく読者様の感想にはまだ目を通せていない現状なのですが、最近は落ち着いてきたので、確認次第返信させていただきます。

更新速度も少し上げることができそうなので、現実の夏コミに合わせる形で、作中でコミゲを開催できるように精進して参ります。

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貞操逆転世界の同人誌即売会で売り子をする 夜里 参元 @ymutopia

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