第4話 設営
ゴールデンウィーク真っ定中の日曜日。
普段なら学校もないことだし家で惰眠を貪っているところなのだが、今日は違う。
以前から予定されていた同人誌即売会「池袋魔法少年博覧会 19」の開催日だ。
あの日から密接にやり取りをし、
一応、売り子をするのに作品を知らないではいけない気がしたので、サブスク配信を通してアニメは視聴済みだ。
感想としては……面白かった……のかな? と少し評価の迷う作品だった。話自体は少年達が巨悪に立ち向かうヒーローもので単純明快なストーリーがアニメ初心者の僕の頭にも入ってき易かった。反面、兎に角主要キャラの少年達の肌の露出度が高く、所謂サービスシーンが多かったことがどうしても気になってしまう。
貞操逆転前の世界の精神を持つ僕だったからこそスルーできたが、この世界の一般的な感性を持つ男子がこれを見たらドン引きすることになるだろう。
そんな作品のキャラのコスプレを同い歳の男子に依頼する彼女達にある意味尊敬の念すら覚える。
そうやって考えに耽りながら待ち合わせ場所でぼーっとしていると、その怖いもの知らずの片割れである夜凪さんの姿が見えてきた。
「ご、ごめん! 待たせちゃって……」
「うんうん。僕も今来たところ」
うげぇ……。
恋愛小説で恋人を待つ彼女のような台詞がつい口から出てしまった。幸い夜凪さんは特に気にした風に見えなかったので良かったが、段々僕もこの世界の男に染まってきているのだろうか。気を付けなくては。
「と、とりあえず、サークル入場時間も近いし会場に向かおっか」
夜凪さんはそう言って段ボールを結びつけたキャリーカートと大きめのキャリーケースを引き摺って歩き出す。
「あ、荷物片方持つよ」
「え!? だ、だ、だ、大丈夫だよっ! 男の子に重い荷物引かせる訳には……」
この世界でも男女の身体能力は男性の方が高いとされている。しかし、貞操逆転世界であるが故か、男性に肉体労働をさせるべきではないという風潮がこの世界では一般的になっているのだ。
どう見ても荷物が重そうで大変そうな彼女を見ていられず、無理矢理キャリーカートの持ち手を奪う。コスプレして売り子をすると言っても、僕の本来の役割は彼女のお手伝いなのだ。荷物運びすら手伝えないのでは、此処にいない武山さんに合わせる顔がない。
僕の行動に慌てた様子の夜凪さんだったが、頭の中では自分のキャパシティを超えていると自覚していたのか、取り返すことまではしてこなかった。
重さに腕が引っ張られる感覚を味わいながら歩いていると目的地が見えてきた。
「うわぁ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
イベント会場は池袋の大規模商業施設に併設されている文化会館。既に、会場の外には大勢の人によって列が形成されている。自身が想像していたよりも大きな会場と想定していたより多い参加者に圧倒されてしまった。
「――
思わず足を止めてしまった僕を夜凪さんが呼ぶ。
普段あまり大声を出さない彼女に観衆の前で叫ばせてしまうとは申し訳ないことをした。
急いで彼女を追って、所狭しと集まって並んでいる人達の横を通りながら建物へと向かう。彼女達は事前に説明されたサークル参加しない参加者――一般参加者なのだろう。
キャリーケースを引いて早歩きをしているとチラチラと一般参加者達からの視線を感じる。春真っ定中とは言えこの日差しの中、これだけ人が密集していればそこにいる人たちの苦しみは想像に難くない。そんな苦しみを味わうことなく会場に入ることができると考えると、少し優越感を感じてしまう。我ながら嫌な奴だなと反省しつつ、僕は文化会館の入場口を潜った。
会場内は慌ただしく人が行き来しており、準備に追われている様子が窺える。
同人誌即売会では同ジャンルのサークルをまとめて配置した場所を
設営場所に着くと既に両隣のサークルも設営準備を始めていた。
「――お? お隣の、えーっと……『
右隣のスペースで準備を進めていた女性が、僕達がやって来たことに気付いて声をかけてきた。年の程は20代後半だろうか。金髪の長い髪と狐のように細い目、僕より高い身長が印象的な大人の女性だ。
「あ、あっ……あ、あの……えっと……」
「――えーと、はい。僕達が武山堂です。……僕は売り子で、彼女がサークル主の『
明らかに緊張して焦ってしまっている彼女に代わって応える。僕も人と会話することは得意ではないが、今の彼女よりかはマシだろう。
それと先程、僕が彼女のことを
彼女にはネットで活動するためのペンネームがあるらしく、本イベントでは彼女のことを本名ではなく、ペンネームで呼ぶことになっている。
因みにサークル名は武山さんが適当に考えたものらしい。本名をサークル名に入れたり、ペンネームに入れたりする彼女達は少し変わった感性の持ち主だなと思った。
「おぉ。これはご親切にどうも。ウチは『抹茶みたらし亭』の
関西訛りの言葉だったがしっかりとした挨拶、加えて僕に対してのお世辞まで言ってのける金具さん。
「売り子さんは何てお名前なんです?」
「み、皆月です」
「皆月君言うんか〜。偉い若く見えるけど幾つなん?」
「え、えーっと……」
僕自身は特にイベント用の名前とかを用意していなかったのでつい本名で答えてしまう。これでは彼女達のことをとやかく言えないな。
続いての質問に対して、これ以上個人情報を晒して良いものかと答えあぐねていると横から助け舟が入る。
「金具先生それはやり過ぎですよ」
僕達のサークルスペースの左に位置する場所で設営準備を行っていたサークルの方が金具さんを咎めるように言った。
「冗談ですやん
「はい。セクハラですね。後で通報しときます」
「それは堪忍やで! 皆月君もほんまごめんなぁ」
金具さんはそう言って、すごすごと自身のサークルスペースに戻り、設営の続きに取り掛かった。
「私、『ZEROランド』の
火龍さんは綺麗に整えられた長い黒髪と生真面目さを感じさせる黒縁眼鏡が特徴的な女性だ。年齢も金具さんと近そうで、軽そうな金具さんと真面目そうな火龍さんは正反対ながら何故だか相性が良さそうに感じる。まるでうちの武山さんと夜凪さんを見ているようだ。
「あー、大丈夫です。気にしてないですから。さっきはありがとうございました」
その後火龍さんとの自己紹介を終えた僕は、そう言えば先程から夜凪さんの声が聞こえないことに気が付く。
振り返って様子を見てみると設営がかなり進んでいた。
僕が呑気に会話している間に夜凪さん1人でやらせてしまったのだ。
「ごめんなさい。手伝えなくて」
「……え!? ぜ、全然良いよ。私の代わりに挨拶とかやってもらって、むしろありがとうと言うか……」
何時も以上に何処かソワソワした様子の夜凪さん。
チラチラと僕の顔を窺いながら遠慮がちに言う。
「それで……その……そろそろ着替えないと……」
……そうだった。僕は今日コスプレをするのだった。
イベント開始時刻まで余り時間は残されていない。
彼女から衣装を受け取り、急いで更衣室へ向かう。
辿り着いた更衣室は、もうすぐイベントが始まると言うのに大変混み合っていた。自分より可愛らしい男子やかっこいい男性が多くて、ここにいることが場違いなんじゃないかと思えてくる。
しかも、僕が更衣室に入った途端、あれだけ煩く慌ただしかった更衣室がしんと静まったのだ。間違いなく変な男が来たと思われている。
僕は気にしないフリをしつつ、大急ぎで着替え始める。
実は衣装が届いたのはつい先日で試着する機会が一度もなかったのだ。今日が初めての着衣になる。
少しドキドキしながら衣装を身に纏うと、強い締め付けを感じた。と言うか、凄くキツい。
……サイズは正しい数値を送ったはずだ。
鏡に映る僕の姿は、ただでさえ過激な姿をしていたマギロウよりも遥かに卑猥な格好をしているように見えた。
ムチっとした体が衣装を虐めるかの如く圧迫しており、体のラインがくっきりと浮かび上がっている。
お尻なんて更に酷いことになっていて、ローライズの短パンが尻肉を抉るほど食い込んでいて強い痛みを感じる。
確かに、ゴールデンウィークで学校に行かなくなり、少し肉付きが良くなったと言えるのかもしれない。最近はイベントの準備などで体力を使い、ご飯の量も増えていた。
情けない僕の姿が目を逸らしたい、信じたくない現実をありありと突きつけてくる。
…………どうやら、認めるしかないようだ……僕は、太ってしまった……!!
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