第7話 合わせ撮影


「合わせ」とは、テーマに沿ったコスプレを複数人がすること。今回の場合だと僕はマギロウのコスプレを、目の前の彼はマギトのコスプレをして同じアニメのキャラクターでコスプレを合わせているため、「魔法少年 マギナ・マギト合わせ」ってことになるらしい。そして、多くの場合はその合わせをしている光景を撮影して、写真や映像に残すそうだ。

 

 こういった専門用語に疎い僕に対してマギトのコスプレをしている少年は呆れた目を向けながらも、丁寧に教えてくれた。


 しかし、丁寧に教えてくれることは有難いのだが、一緒に撮影を行うことに関しては気が引けてしまう。


 少し前に金具かなぐさんと写真を撮ることを約束してしまったのだが、あれはその場を乗り切るために仕方なくしたことであり、できれば割と今でも恥ずかしいこんな格好の姿をカメラに収められることは避けたい。


 何とか断れないかと目を泳がせていると、マギトのコスプレをした少年が睨み付けてくる。


「……何? 早く着いて来いよ」


 彼から発される「着いてくるのが当然だ、逃げるなよ」と言わんばかりの圧力に逆らえる訳もなく、重い足取りで彼の背を追いかける。


 目の前の彼の折れてしまいそうなほど華奢な背中を見ていると本当にさっきから怖い圧をかけてくる少年と同一人物なのかと疑いを抱いてしまう。

 しかし、時折こちらへ顔だけ振り返って「着いて来てるよな?」と鋭い目を向けてくるため、嫌が応でも天使のような彼が悪魔のような圧を発してると理解させられる。


 そのまま暫く歩くと突然彼が足を止めた。


 ここは……会場内の端に位置する場所だ。

 他とは違ってこの場には机や椅子が置かれておらず、サークルスペースがない。その代わりに僕達以外にも何人かのコスプレイヤーの方々がいた。


「ここ、コスプレ撮影エリア。もうちょっとしたら俺のカメコがくるから暫く待ってろ」


 カメコ……?


「はぁ……ほんと何も知らねーんだな。カメコはカメラ小娘の略で、俺らレイヤーを撮影するカメラマンのこと。……ほら、あの辺にいるレイヤーを撮ってる奴ら、あいつらみたいな奴のことを言うんだ」


 またもや出てきた知らない用語に微妙な顔で首を傾げていると、此方もまたもや丁寧に教えてくれる少年。


「ていうか、そんなんで今までどうしてたんだよ」


「あー、今回が初めてで……」


「初参加ってことか……にしても普通はもうちょっと調べてから来るもんだろ」


 まぁそれならネットで名前を調べても出てこない訳だと納得する少年。

 彼の言う通り、今回のイベントにてもっと事前に調査・準備をしておけば上手く行ったのではないかと思える部分は多々あった。

僕は心のどこかで所詮は非公式のイベントだと舐めていたかもしれない。

 そうやってネガティブ脳内一人反省会を始めようとした僕に、少年がスマホを差し出してくる。


「ん」


 彼のスマホの画面を覗いて見ると、そこにはSNSのフォロワー数が50万人を超える人気者のアカウントが表示されていた。


「こんなイベントに参加するぐらいだし、名前くらいは聞いたことあるよな? 俺が『シズル』だ」


 当然、聞いたことはない。

 どうやら彼は有名人のようだ。


「はぁー!? 俺のことも知らねーのかよ」


 僕の反応が乏しいことから分かってないことが伝わってしまったようだ。シズルさんはプライドが傷つけられたのか、少し苛立った表情を浮かべている。


「チッ……レイヤーとして活動するなら情報収集は怠るなよ。俺から声をかけられるなんて滅多にないことなんだからな」


「はぁ……」


 思わず出てしまった僕の気の抜けた返事に益々機嫌を悪くした様子のシズルさん。せっかくの可愛らしいお顔が鬼のように歪み、台無しになって見える。

 対人能力が低い僕でも分かるほどの不味い空気に、窒息しかけていたところで女性の声が耳に入ってきた。


「いやぁ! 申し訳ない! 遅れました!」


「おせーよ! いつまでかかってんだ」


「申し訳ない、申し訳ない」


 鳥肌が立ってしまうほどのネットリとした声。

 その出所に目を向けてみると、そこには小太りの女性が息を切らして立っていた。

 身に纏っている魔法少年マギトが描かれたTシャツの大部分を汗で濡らし、かけている眼鏡は自身から発する熱で曇らせている。後ろで一つに結んだ髪は油でも塗りたくったかのようにギトギトにテカっていて、全体的に不潔な印象を見る人に与えてくる。

 信じたくはないが、首から下げたカメラを見るにこの人がカメコなのだろう。


「やや! シズル氏のお隣にいらっしゃる方は何方どなたですかな? こんな素晴らしいマギロウレイヤーがいるなんて拙者聞いてないですぞ!」


 凄い早口で捲し立てるカメコさん。

 何故か古風な話し方をしている独特な人だ。


「あー、こいつ皆月みなづき。これから一緒に撮影するからよろ」


「皆月氏……?聞いたことがないですなぁ。拙者としたことが、こんな素晴らしいレイヤーの存在を見落とすとは、何たる不覚!」


「いいから、早く準備しろよ」


 シズルさんの言葉を聞いたカメコさんは面目ないと頭を下げて撮影準備を始める。


 ここまで来てやっぱり撮影は辞めたいですとは言える空気ではない。1人で撮られるのですら嫌なのに、シズルさんと2人で写ったからには、マギトコスプレの美少年とマギロウを汚すゾンビ豚の対比で更に酷い絵面になるだろう。

 

 ……いや、寧ろそれが狙いなのかもしれない。

 シズルさんは僕と写ることで相対的に自身の美しさを強調できるのだ。

 貞操逆転世界であっても、僕なんかでは顔の良い人間の踏み台にしかなれないという世知辛い現実に打ちのめされる。


「じゃあ、撮影始めますぞ」


「うし! じゃあ皆月、俺の横に来い」


 僕が世の中の理不尽さに嘆いている間にカメコさんはもう準備を終えたようだ。

 

 僕は言われるがままにシズルさんの横に立つ。

 肩と肩――正確にはシズルさんの背が低いため肩と腕になる――が触れ合う距離まで近づくと、彼から腰に腕を回された。

 突然のことで驚いて変な声が出そうになるが、逆転前世界の男としてのプライドと意地で何とか踏み止める。


 それと同時に、間違いなく同性であるのにすぐ隣の彼から発せられる甘い良い匂いが僕の鼻に抜けていく。

 この匂いは貞操逆転世界であるが故なのだろうか。

 同性とは言っても彼の中身は逆転前の世界の女性のようなものなのだ。

 つまり、今僕はほぼ0距離で異性と接しているとも言える。

 そう考えると何だか胸の鼓動が早まっているように感じた。

 もしかして、これが……こ――


「おい、もっと寄れ。5話のマギトとマギロウの共闘後にお互いを支え合いながら讃えあうシーンみたいな感じで行くぞ」


「あ、はい」


 何だか変な方向に思考が飛んでいたが、もうすっかり慣れてしまったシズルさんの圧によって現実に引き戻される。

 その後も彼の指示に従いながら撮影は続けられた。

 時にはカッコよくポーズを決め、時には可愛らしくポーズを決めさせられ、彼と共に何枚もの写真を撮られる続ける。


「はい、終わりです。お疲れ様でした。いやぁ〜良い写真が撮れましたぞ」


 最終的に何枚撮ったのかも覚えていないほど、沢山の写真を撮影し、遂にやり遂げた僕。

 人から写真を撮られるだけでこれだけ疲れるのかと、膝に手をつけて休息を取っていると「お疲れ」とシズルさんから声がかかる。

 彼は片手に持ったスポーツドリンクを僕に差し出してくれた。


「あ、ありがとうございます。お金……」


「いや、良いって。コスプレ界隈の後輩に当たる訳だし、今日合わせしてくれたし、安いけどそのお礼だから」


 受け取ったドリンクを喉に通し、息を吐く。

 こんな風に、偶に面倒見の良さを感じさせるあたり悪い人ではないのだろう。


「あ、そういや、皆月のアカウント聞いてなかったわ。教えろよ」


「えーっと、連絡用のSNSアプリは入れているのですが、シズルさんのやってるような不特定多数向けのSNSはやっていなくて……」


「マジかよ……まぁ良いや、作ったら教えろよ。じゃあ、メアドだけでも交換するぞ。後で今回の撮影データも送ってやるよ」


 そうやってシズルさんとメアド交換を行う。

 撮影データは正直に言って要らないが、有名人らしいシズルさんと連絡先を交換できたことに、ミーハーのように嬉しく感じてしまった。


 撮影は終わったしもうお開きかなと様子を探っていると、カメコさんではないが似たような雰囲気の声が耳に届く。


「すみません。撮影良いですか?」


 勿論、ダメです。


 反射的にそんな思考をしながら、声の主に目を向けるとカメコさん2号みたいな人がカメラを手に立っていた。

 カメコさん2号の後ろにもずらりと長蛇の列ができている。そして並んでる人の手には漏れなくカメラやスマートフォンが用意されていた。

 

 嫌な予感がする。

 ここに居ていけない。

 

 僕は自身の直感に従い、聞こえていないフリをして、この場から離れようとする。

 しかし、何者かによって腕を掴まれ、その行動は阻止されてしまった。


「勿論! 大丈夫です! ね? 


 僕の腕を掴んだ男――シズルさんはあの圧を僕に向けながら、カメコさん2号に笑顔で返答する。そこには絶対に逃さないという強い意志を感じさせた。

 

 シズルさんは僕やカメコさんにはかなり高圧的だったのに、見ず知らずの女性カメラマンには猫を被っているようだ。

 さっきまでの彼とは全然違う様子に思わず笑ってしまいそうになるが、掴まれた腕を万力の如く締め上げられて顔が歪んでしまう。


 結局、合わせ撮影会は続行となり、列が捌けるまで僕はシズルさんと共にカメラに撮られ続けた。


 もう合わせ撮影は懲り懲りだ。

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