第9話 打ち上げ


 ――池袋駅前某居酒屋。


「それじゃあ、先ずはイベントお疲れ様でした!乾杯!!」


「「「乾杯!」」」


 ガラス同士がぶつかり合う高い音が鳴り響く。


 シズルさんによる衝撃的な発言の後、着替えと片付けを終えた僕と夜凪よなぎさんは金具かなぐさん達と合流して、予約してくれていた居酒屋に来ていた。


 シズルさんからはあの後珍しいことに「つい勢いで言ってしまった」と謝罪をしていただいた。

 僕個人としては気にしていないのだが、シズルさんがファンの方に僕と一緒参加すると嘘をついてしまっていることだけが気掛かりだった。

 僕の心配に対してはシズルさんはニヤリと悪ガキのような顔を浮かべるだけで、その真意までは終ぞ対人能力の低い僕には測れなかった。


 一応、シズルさんにも打ち上げについて声をかけたのだが自分が売り子をしていたサークルとの先約があるからと断られてしまったので、この場にはいない。


 何はともあれ、イベントを無事に乗り越えた僕達はイベントで知り合えた方々と今こうして食事を囲んでいる。


 打ち上げの参加者は僕、夜凪さん、金具さん、火龍かりゅうさん、火龍さんのお手伝いをしていた槍地やりちさん、金具さんの知り合いの作家である634むさしさんの6人で、僕と夜凪さん以外は全員お酒を飲んでいた。

 

 初めての居酒屋で感じる緊張と手持ち無沙汰を誤魔化すために、喉が渇いている訳でもないのにオレンジジュースを口に含む。

 チラリと横を見ると同じように緊張した面持ちで体を硬直させた夜凪さんが目に入った。


 ただ僕と違うのは彼女は向かいの席に座っている634さんに話しかけられているのだ。聞き耳を立てるに634さんが一方的に話しているだけで、会話らしい会話をできていないような気はするが、僕のように1人で暇をしている訳ではなさそうでホッとする。


 しかし夜凪さんも会話中となると僕はいよいよこのテーブルで浮いてしまったようだ。

 仕方がないので1人寂しく塩辛いポテトを齧っていると関西訛りの声が耳に入る。


「ヘイッ! 皆月みなづき君、調子どう? ……って良いも悪いもないか!」


 1人で話して1人で笑っている金具さんの顔はもう既にほんのりと赤い。先ほどまで火龍さん達とお話していたようだが、僕を気遣ってくれたのだろうか。


「て言うか、あれ? 皆月君お酒ダメなん? それジュースやろ? うちらに気にせずドンドン飲んじゃってええよ!」


「それはアルハラですよ、金具先生……」


 僕にお酒を勧める金具さんとそれを呆れたように止める火龍さん。

 隠れて飲んでいる人もいるとは聞くが流石にこの歳でお酒は早いので自分の口から断らなくては。


「すみません……僕、まだ未成年なので……」


 

 ――瞬間、訪れる静寂。


 僕と夜凪さん以外の時間が止まったかのように、驚いた顔を浮かべて周りの方々が動かなくなる。

 他のテーブルのお客さんの声と店員さんの動作音だけが響き、僕達のテーブルからは一切の音が消えた。

 僕も夜凪さんも訳が分からず困惑していると、暫く硬直していた火龍さんが復帰する。


「金具先生……どう言うことですか……?」


「い、いや、知らんかってん」


 残りの方々も動き出し、不味い不味いと焦り出した。

 

 何かしてしまったのだろうか……?

 夜凪さんの方を見てみると彼女も僕と同じように首を傾げていた。彼女にも分からないようだ。

 再び金具さんに目線を戻すと彼女の顔色はすっかり酔いが覚めてしまったのか、赤ではなく青白くなっていた。

 金具さんは何かを怖がるように恐る恐ると言った形で僕達に尋ねる。


「ちょっと聞きたいんやけど、2人は今えーっと、大学……いや、高校生……ってこと?」


「あ、はい」


 夜凪さんと一緒に頷く。

 僕達の反応から大人4人はマジかぁと天を仰ぎ見た。

 

「あ、あ〜、ごめん、2人とも成人済みやと思ってたわ。確かに若くは見えたけど、夜凪よるなぎ先生は結構ちゃんとした作品作ってたし、皆月君は攻めたコスプレしてたからてっきり……」


「本当に申し訳ない。子どもをこんな時間まで連れ回してしまうとは……」


 金具さんと火龍さんが代表して頭を下げてくれる。

 こんな時間と言ってもまだ20時だし、そこまで謝っていただくことでもないので、此方が逆に焦ってしまう。

 

「い、いやいや。僕達の方が未成年だと伝えていなかったのが悪いんです。頭を上げて下さい」


 少し変な空気になってしまったが、とりあえずこの話はここで終わりで今日は遅くならない内に帰るという結論になり、打ち上げを再会する。


 少しまだ何とも言えない雰囲気が漂ってはいたが、ぽつりぽつりと少しづつ会話は増え出した。

 僕の目の前でも金具さんと火龍さんが何やらコソコソと話をしている。


「てか、うちこの歳でDKにめっちゃセクハラ紛いのアタックをかましてたってことか……」


「それはやばいですね……」


 でぃーけー? あたっく? の意味が分からなかったが、何やら反省をしているみたいだ。

 僕が入れる話ではなさそうなので、テーブルに運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。


 秘伝のタレがかかっているらしい焼き鳥は炭火焼きならではの香ばしさと甘辛いタレが丁度よくマッチして口の中に旨みが広がる。ただ、味が少し濃いため口が水分を欲してしまう……これが酒のつまみたる所以なのだろうか。

 勿論お酒は飲めないのでオレンジジュースで流し込む。

 オレンジの酸味が口に残っていた焼き鳥のタレを上書きしてくれて、次の料理が食べやすくなった。


 次に僕が箸を伸ばしたものは唐揚げ。

 一つ一つが大きくカラッと狐色に上がった唐揚げは、噛んだ途端熱々の肉汁が溢れ出てきた。


「〜〜!!」


 熱い! が、美味しい。

 口の中が火傷したのではないかと錯覚する程の肉汁だったが、鶏の旨みがたっぷりと滲み出ていて揚げたてを食べた甲斐があった。肉汁だけでなく本体もサクサクの衣とプリっと肉厚な鶏肉の最高の組み合わせで家庭の味を大きく逸脱しているように感じる。


 唐揚げや焼き鳥と言ったThe居酒屋料理は、鳥をメインとしている居酒屋なだけあってかなり美味しく、自分でも頬が緩んでしまっている感覚を感じる。

 基本的に家に引き篭もりがちであるため、外食を殆どしないのだが、これだけ美味しいなら偶には外に出るのも良いのかもしれない。


 そんな風に考えながら料理を食べていると気付けば皿が空になっていた。そして何やら視線を感じる。

 皿から目を離し、目線を上げると全員が……打ち上げ参加メンバーだけでなく、他のテーブルのお客さんや店員さんまでもが僕のことを見ていた。みんなお酒のせいか顔が少し赤く、ボーッとしているようにも見える。


「……ど、どうかされましたか?」


「――え!? あ、ああ。いや何でもないよ。美味しそうに食べるなって思っただけや」


 その金具さんの言葉をきっかけに徐々に動き出す周りの人達。まだチラチラと僕の方に目線を向けてくる人はいるが、ほぼ全ての人が平常運転に戻っていった。

 

 僕がいっぱい食べてしまったせいでこうなったかと思うと申し訳なくなる。

 

 そもそも最近の僕は食べ過ぎなのだ。

 今日も太ったことで衣装がキツくなり困っていたのに、それをすっかり忘れてこの様だ。反省しない自分に嫌気すら感じる。


「すみません。食べ過ぎでしたよね……自重します」


「いやいやいやいや!全然気にせず食べてや。勿論今日はうちら大人が奢るから、夜凪先生も遠慮せず。な?」


 そう言った後、返事も待たずに金具さんは店員さんを呼んで追加で料理を頼む。

 勿論遠慮したのだが金具さんだけでなく火龍さんや夜凪さんまでも僕にどんどん料理を回してきて、結局お腹が許す限り料理を口に運び続けることになった。

 


「今日のイベントどうやった?」


 料理も会話もひと段落して、そろそろ解散かという時間に金具さんが口を開く。


「……大変でしたけど……楽しかったです」


 ここで気の利いた一言を出せたら良かったのだが、口から絞り出せたのはありきたりな感想だった。

 しかし、金具さん達は僕の返答に満足したようでニコニコと笑みを浮かべている。


「楽しんでもらえたなら何よりや。この先、活動を続けるにしても辞めるにしても今日のことが良い思い出として残って欲しい、おばちゃんが願うのはただそれだけや」


「良いこと言ってる風にしてますけど、金具先生今回のイベント結構見てられないくらいに酷かったですよ色々と」


 火龍さんの強烈なツッコミに金具さんは「本当にすんません」と素早く土下座する。

 その様子を見た打ち上げ参加者達は笑みを溢し、それに釣られて僕も少し笑ってしまう。

 こんな風に誰かと笑い合えたのは人生で初めてかもしれない。本当に今回のイベントに参加できて良かった。

 

「……よし、今日はここで解散としますか! じゃあ、お疲れ様でした!」


 

 お会計は金具さんの言う通りに奢っていただいた。

 申し訳ない気持ちもあったのだが、こういうのは余り執拗に食い下がるものでもないので、素直にご好意を受け取っておいた。


 店を出た後はスムーズに解散となり、駅の方向へと歩いて夜凪さんと行く。

 途中子どもだけだと危険だからと言われて、タクシー代まで渡されてしまった時は困った。流石に受け取れないと返そうとしたのだが、いつかイベントに参加した時はスペースに遊びに行くという約束でお金を受け取ることになった。


 そうして今は夜凪さんと2人でタクシーの中にいる。

 チラリと見えたタクシーの窓ガラスに反射する夜凪さんの顔は、楽しいイベントだった筈なのに少し暗いように感じた。

 少し迷った後、エンジンの音にギリギリ負けないくらいの声を絞り出す。


「どうかしたの?」


 僕の問いかけに対して夜凪さんは少し考えた後、呟くように言った。


「……今日のイベント……私、全然ダメだった……」


「え? 用意した本、全部頒布できたし大成功じゃないのかな?」


 彼女は静かに首を横に振って、続けた。


「全部皆月君のお陰だよ。人気のない私のサークルに人が集まったのも、今日こうして色んなサークルの方達と知り合えたのも」


「そんなことないよ。作品を作ったのは夜凪さんと武山たけやまさんじゃないか」


「そんなことあるよ……」


 車内に彼女が鼻をすする音が響き、彼女の服にポツポツと染みが生まれる。

 反射的に僕は彼女の方から目を逸らす。恐らく僕が同じ立場なら異性に今の顔は見られたくないだろうから。


 彼女の励みになるような何か声をかけてやりたかったが、僕なんかが何を言っても響かない気がして、結局何も言葉が浮かばない。


 その後、僕と夜凪さんは一度も言葉を交わさないまま家に帰ることになった。

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