3-2. 三騎士
「三人の総務長が一人の女子を取り合っている」
この
もっとも、この情報自体は依頼者である園江先輩から直接もたらされた。
「
これを聞いたリシュー先輩は若干うんざりしたような顔をした。
「誰が誰に惚れていようがどうでもいいっちゃいいんすけどね」
同感である。まぁ、総務長ともなれば有名税ということで恋愛ごとでも大騒ぎなのだろうが。
かくして三つ目の
*
「実際問題、女子で総務長の彼女になりたがってる人ってどんくらいいるんだろ」
新聞部室。相変わらずぐうたらのリシュー先輩はやはり椅子を二つ並べて簡易ベッドのようにし、横になった。「あぁー」と声を発する様はさながらお疲れおじさんである。
「花生はどうなの? 総務長に告られたら付き合う?」
総務長に告られたら。そう考えてまず浮かんだのが、私の所属する
「いやぁ、あの人に好かれても……」
金和先輩の一件を思い出す。
「何か痛々しい告白とかされそうですし」
リシュー先輩がニヤッと笑った。
「言えてるな」
それから先輩は天井を見上げながらつぶやいた。
「じゃあよ、総務長の中で付き合えるとしたら誰がいい?」
「うーん?」
私はちょっと、複雑な気分になる。そしてそんな気分になった私自身に、驚く。
あれ、私何でこんなモヤモヤしてるんだろ。
「別に、誰とも……」
そう、俯く。それよりも何よりも、私は今抱いたこの感情に説明がつかなくて少し混乱していた。
「まぁ、為人も知らねぇ奴のことどうかって言われてもあれだよな」
するとリシュー先輩はスマホを取り出すとすいすい画面を操作し始めた。何をやっているのだろうと思っていると、リシュー先輩はスピーカーモードをオンにしたまま話し始めた。
「もしもし金和せんぱぁい」
私はびっくりする。
〈あ、リシューくん? もしもしどうしたの?〉
金和先輩の澄んだ声。私は二度びっくりする。
「金和先輩と繋がってるんですか?」
するとリシュー先輩は答えた。
「ああ。あの一件でな。新聞部だ。情報網は広い方がいい」
それからリシュー先輩は続けた。
「総務長のモテ具合について訊きたいんすけどね?」
金和先輩が、通話口の向こうでニヤッとするのが伝わった。
〈それ私に訊く?〉
「まぁもちろん、金和先輩が女子部門ダントツトップなのは存じ上げてるんすけどぉ」
〈えへへまぁね……って女子私しかおらんやないかい!〉
あはは、と談笑する二人。
〈総務長のモテ具合? 総務長男子たちの人気投票的な話だよね?〉
リシュー先輩は頷く。
「そそ。そんな感じっす」
〈女子人気でいいの?〉
「そりゃもう、モテ具合っすから」
〈ゲイの子の話はちょっとしか知らないよ?〉
「ちょ、ちょっとは知ってるんですね」
私は驚く。まぁ、集団の中にゲイは一定数いるものだって聞くし、学校内にゲイの勢力があったとしてもまぁ、おかしくはない。
〈OK、分かった。ちょっとここでは話しにくいから、どこかで落ち合おう〉
「ええー、じゃあ」
ちら、とリシュー先輩が私の方を見てくる。
「
*
やがて、少しの時間の後。
金和紗織先輩が我らが新聞部室にいた。相変わらずだらけきった顔のリシュー先輩。私はと言えば、思いっきり緊張していた。
「ははは、表情が固いぞ」
金和先輩が肘で私を小突いてくる。
「リシューくん、私のことどう紹介してるの?」
「絶世の美人」
即答。金和先輩が笑う。
「お前ハーゲンダッツでもたかろうとしてるだろ?」
「奢ってくれるんすか!」
「んー、考えとく」
それから金和先輩はリシュー先輩に勧められた椅子に腰掛け、かわいらしく膝の上で両手を揃えると、「で? 誰について訊きたい?」と小首を傾げた。リシュー先輩がすぐに応じた。
「佐藤先輩、阿良木先輩、至御先輩」
と、金和さんが高めの声を上げた。
「きゃー! 三騎士じゃん!」
「三騎士」私はぽかんとする。
「何ですかそれ」
すると金和先輩はきゃぴっと答えた。
「まぁ、今でこそ私なんて入っちゃいましたがぁ(てへ)、総務長って言えば本来クラスのトップに立つ男子が集まるわけじゃん? 各クラス一のイケメンか、まぁそれに準ずる人か、あるいは人気者が出てくるわけよ。必然、女子の中でランキングが発生するじゃん?」
「やっぱそういうのあるんすねー」
興味深そうに、リシュー先輩。すると金和さんが頬に手を当て続ける。
「総務長イケメンランキングトップスリーのことを『三騎士』って呼ぶの。何でもその昔、このランキングトップをフェン部三人が独占したことがあったらしくて、それで『三騎士』って名前に」
ははぁ、
「ほんで佐藤先輩、阿良木先輩、至御先輩はその三騎士だと」
「うん。三人ともフェン部じゃないけどねー」
「何部か分かります?」
すると金和先輩は頷いた。
「その質問、女子からめちゃくちゃされるのよねー。もう
すごい。見事にバラけてる。
「『向こう側』の部活が多いっすね」
リシュー先輩がぽつりと一言。向こう側。その言葉を知らないので私は訊ねる。
「向こう側って何ですか?」
すると金和先輩が答えた。
「そっか。一年生は知らないか。あのね、うちの校舎って空から見ると『日』の字になってるじゃない?」
はい、と頷く私。
「この『日』の字の右辺と下辺が普段私たちが活動している教室があるエリアだよね。反面、上辺は定時制のエリア、左辺は実習室が多い関係で授業や部活動以外では使われない。この、普段生徒が生活している領域から離れたところにある左辺上辺エリアのことを『向こう側』って呼んでるの。定時制教室の他にも美術室、音楽室、社会科準備室、化学室、家庭科室なんかがまとまってるエリア」
なるほど。何だかあの世とこの世みたいで面白い。
となると、「向こう側」には必然文化部系が集まることになる。いや、新聞部や文芸部、演劇部といった面々は第一体育館下の部室棟にまとまっているとは言え、美術部や音楽研究部(いわゆる軽音部)は「向こう側」が活動拠点になりそうなのでやはり文化部の生息域と取ることが可能だろう。
……となると、この「向こう側」という言葉には必然運動部からのまなざしを感じるわけで。
何だかちょっと、複雑な気持ちになる。
とはいえ、それが名称として確立されているならとやかく言う意味もないわけで。
リシュー先輩も特にそこには言及しないまま続ける。
「部活の共通項はなさそうっすねー」
そう、リシュー先輩が呑気に上を向いた時だった。
「あ、でもー」
金和先輩が思いついたように口を開く。
「そういえば、三騎士の目撃情報が多いのって確かに『向こう側』かも」
ん? とリシュー先輩が首を傾げる。
「そりゃあ、兼部してる部活があるんすから『向こう側』にいてもおかしくはないじゃないっすか」
「いや、三騎士揃っての目撃があるのは『向こう側』が多いってこと」
金和先輩が口元に人差し指を当ててつぶやく。
「三騎士が揃うことってやっぱ女子からしたら眼福なわけじゃん? 必然そのチャンスがあったらみんな騒ぐのよ。それがSNSが発達した昨今、そういう目撃例の共有が簡単になって。ほら……」
と、金和先輩が自身のスマホを見せてきた。インスタの画面が立ち上がっている。
「おおー、あるある、三騎士の目撃情報」
リシュー先輩が面白そうに声を上げる。
「これとか盗撮じゃないんすかね? 少なくとも男子が女子にやったら捕まりそうな」
と、リシュー先輩が示す先には、三騎士の内の一人……佐藤先輩が廊下の片隅で学ランを脱ぎ着している場面の盗撮写真だった。タンクトップで大部分が隠れているとはいえ、たくましい上腕二頭筋が
「まー、その辺の男女平等は人類の課題かもね」
なんて無駄に話を大きくした金和先輩は続けた。
「で? その三騎士の話がどうしてあなたたち新聞部の役に立つの?」
そう、投げかけられた質問に対し、リシュー先輩はついと視線を泳がせ私の方を見てきた。いやいや、こっち見られても。
すると私の意図を汲んだのか、リシュー先輩はにやっといやらしく笑って一言、こう告げた。
「三騎士に
リシュー先輩はそのまま間髪入れず続けた。
「三騎士が一人の女子生徒を取り合ってる、っつー……」
途端に金和先輩の表情が崩れた。
「なにそれー! えっ、やば!」
「やばいっすよね」
金和先輩は目を見開いたまま頷く。
「何がやばいってその女の子だよ。バレたら絶対いじめられる!」
「しかもクラスや学年を跨いでいじめられるでしょうね」
「だねだね! で、どうするのリシューくん。その女の子見つけるつもりなんでしょ?」
リシュー先輩は一瞬、言葉を濁らせた。
「まぁ、一応は?」
「一応?」
私も金和先輩もリシュー先輩に疑問を投げかける。金和先輩はリシュー先輩の真意を図りかねていたのだろうし、私は私で、今後の取材方針について何も知らされていなかったからだ。
「ぶっちゃけ、こんな話記事にしたところで意味ないんすよね。それにあることないこと書き立てて騒ぐのって俺の主義じゃないっつーか」
すると金和先輩がむっと眉根を寄せた。
「あんた私の時……」
「まぁまぁ、あの時はもう金和先輩が誰をどうしたか分かっちゃってたんで暴露エッセイっていう形にしましたが、今回は三騎士が誰とどうなっているのか不確かなんす。不明情報をぎゃーぎゃーばら撒いても新聞の品性が疑われるっつーか」
「まぁ、それもそうか」
金和先輩はすとんと腰を落ち着ける。
「じゃ、この件について何か分かったらまた金和さんにお知らせしますわ」
リシュー先輩は椅子から立ち上がるとぐいっと体を伸ばした。それから、またにやっといやらしく笑うと金和先輩に訊ねた。
「ハーゲンダッツ、行きます?」
*
「やっぱそのキャラメル、おかしいと思う」
別の日。一年
信藤さらちゃんはお弁当に持ってきたらしいラザニア(お弁当にラザニアってどうなんだろう。本人がミートソースから作ったみたいだけど……)をスプーンで掬いながら私の話に耳を傾けていた。
「だって明らかにさらちゃんのこと監視している人からの贈り物だよね、それ」
「うん……?」
何だか納得がいかなさそうなさらちゃん。首を傾げたまま、ラザニアにパクっと食いついて一言。
「まぁでも、悪意あるわけじゃなさそうだし」
「そんなの分からないじゃん! どうするの変なの入ってたら!」
「変なのって?」
「具体例は挙げにくいけども」
「うーん」と、考え込むさらちゃん。私は追撃する。
「さらも困るでしょ? 変なキャラメルだったら……」
と、言いかけタイミングで。
「ミートソース、ちょっとしょっぱいな」
この子は本当に危機感の「き」の字も……。
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あの言葉は胸にあるか 飯田太朗 @taroIda
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