第7話 本日限りの関係(1)

 俺の部活が決定してクラスが解散となったが、部活動が開始されるのは明日からであるため、生徒はさっさと帰るか学校に残って仲間内なかまうちでダベるかの二択となる。

 俺は「ゲーセン寄って帰ろう」とか「サイゼ食いに行こう」とか聞こえるクラスを抜け出して、昇降口へと向かった。


 きなれて柔らかくなったシューズから、これまたくたびれたスニーカーに履き替える。タイルの床にトントンとつま先を弾ませてかかとを押し込んだ。

 昼は多少暖かかったが、夕方になると息が白くなるくらいには冷える。ブレザーの上に着たピーコートのポケットに手を突っ込んでだんを取る。


 水気みずけの多い雪が、天から降りて服や肌に付くとしゅわしゅわ崩れていく。教室では気がつかなかったから、まだ振り始めてから間もないのだろう。

 初めに「牡丹雪ぼたんゆき」と名を付けた人はなかなかの感性かんせいの持ち主だと思わせられる。


「お、小鳥遊たかなしくん。よっちー」


 昇降口前のロータリー、花壇のふちに腰を掛けていた少女が立ち上がる。

 ベージュのダッフルコートと、それに色を合わせたであろうマフラーを整えながら近づいてくる。


「星宮おまたせ。悪いな、寒い中待たせて」


「いいのいいの。君は自転車だったよね。二人乗りする? あ、運転するのは私ね。神技ドリフト見せてやらぁ! 頭文字イニシャルT!」


 星宮は駐輪場の方向を向きながら、車のハンドルを切るジェスチャーを見せた。


「お前自転車へたくそじゃん。雪降ってるし自転車は置いていくわ」


 星宮は俺の返事を聞いて頷くと正門へと歩き出した。少しだけ早歩きをして星宮に追いつく。

 バス停に着くと、タイミングを合わせたようにバスもやってきた。


「お、今日のバスは時刻表より五分遅いだけか。早い方じゃん。いっつも来るの遅いんだよなー。特に雨の日ね」


 星宮はスマホで時刻を確認して、それをポケットに戻す。


仙台時間せんだいじかんなんて言葉もあるくらいだし、仙台市内で暮らすうちはガマンしなきゃなんじゃね」


 言いながらバスのステップを上がる。星宮は縁石えんせきとバスの間をぴょんと跳ねて乗車した。


「そーれはそうなんだけどー。遅れられると困る時もあるんだよ。この前映画見に行った時、まーじぎりぎりだったから! ポップコーンとコーラ買ってたら上映一分前よ?」


「それ、ポップコーンとコーラ買わなきゃ余裕あっただろ」

 

 都合よく空いていた後方の二人席に腰掛ける。


「いやいや何言ってるのさ。ポップコーンとコーラがない映画なんて、つゆり的には映画とは呼ばないんだよ」


「へぇー」

 

 どうでもいい話をぎながら座っていると、乗客の乗り降り入れ替わりを繰り返し、バスは終点である仙台駅に到着した。

 ペデストリアンデッキをパルコ本館の方向へ向かい、少し駅から離れた花京院かきょういんへと向かう。

 駅前の大通りを右折し少し歩くと、オレンジ色の看板が見えてきた。それを視認した星宮が「おっ」と言って走り出した。

 

「ここだよここ! すっげー、インスタのまんまだ!」

 

 ガラス張りの窓から見えるのは、ファミレスらしからぬのモダンな店内。わーお、おっされ~。丸の内~。生粋きっすいの宮城県民すぎて丸の内がよくわからないのだが、たぶんおしゃれ。丸の内と下北沢は信じていいってばっちゃんが言ってた。まぁ、ロイヤルホストの一号店は北九州らしいから丸の内も下北沢も関係ないんだけどね。


「ロイホってもっとオレンジっぽくなかったか?」


「たしかし。店舗によって個体差あるんじゃない? さ、入りましょ入りましょ」


 星宮がドアを押すと、ちりんりんとベルが鳴る。

 俺と星宮は店員さんに案内されて、ボックス席に向かい合うように腰掛けた。そのまま防寒具を脱いで制服姿になるなり、メニューを開く。

 正直言うと、値段が高くてあまり来ない店なので、メニューがいまいちわからなかった。とりあえずグランドメニューを開いてみる。星宮が言っていたいちごのフェアはこれか。


「何食べるかは決めてるのか?」


「まだ迷ってるんよ。このパフェが食べたいんだけど、パンケーキってのも捨てがたいんだよなー。なやましい。非常に悩ましい。てか普通にシーザーサラダとかも頼んでよい? 絶対美味うまいよ」


 星宮は楽しそうにメニューを見せてきた。

 

「お前そんなに食えねぇだろ」


「大丈夫。私、今日お昼抜いてきたから。だからテスト中ずっとおなかなってた。ちょっと恥ずかしかった」


 この女、覚悟が違う……⁉ 腹の音にはちゃんとじらうあたり、一応ちゃんと乙女やってるんだなー。

 かくいう俺も一応そだざかりの男子なので、昼食から数時間った現在、それなりに小腹はいている。


「そしたら二人でシェアするか」


「それ天才! 二人なら絶対食べきれるし、実質胃の容量二倍~」


 特別食べたいものも特になかったので、メニューを星宮が見やすい向きに向けた。


「ん、ありがと。小鳥遊くんはどする? 君もいちごのデザート頼んでよ」


 どうしようかなぁと逆さまのメニューを見て悩んでいると。


「おりゃ」


 星宮が呼び出しボタンを押しやがった。「どうする?」って聞いたのあなたじゃないですか。


「ねぇ、俺まだ決まってないんだけど」


 すると星宮は眉間みけんに人差し指を当て、エアメガネをくいっと上げる動作を見せる。


「ふっふっふっ……。人間はあらかじめ期限を持たせると決断が早くなるのだよ!」


「期限を決めるだけで早くなるなら、受験で苦労はしないだろ……」


 締め切りに追い詰められる作家さんもいなくなるんじゃないかな。がんばれ、全国の作家さん!

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