第3話 星宮つゆりはぶっちゃける

 始業式は、一限目の時間を使って体育館にて行われる。こういう式や朝礼は基本的にサボるタイプなのだが、表彰があるとそうもいかない。何より川瀬かわせ先生に先手を打たれてしまってるのが厄介。あの人、もし俺がサボったらロメロスペシャルとかしてくるぞ。


 くそだりぃ――。保健室で寝ていたい。

 

 というかそもそも始業式って何。校長が喋って、生徒指導が文句つけるだけじゃん。

 日本人学生のいらない風習ランキング第五位くらいに入るんじゃないの? ちなみに第一位はぶっちぎりで「三年生ゼロ学期理論」。二年生の三学期になると教師が使いたがるフレーズだ。


 学生に限らず、日本って謎な風習多いよなぁ……。

 ハンコを押す角度とか、飲み会で座る場所とか、本当にどうでもいいから。そんなことで業績も生産性も上がらんし、仕事しろ仕事。

 あと、ノックの回数なんて知らねぇよ。部屋に入る意志が伝わればなんでもいいだろ。ドア蹴破けやぶってるわけじゃないんだから、なんでもいいじゃない……。


 始業式に興味がもたれていないのは、周りを見れば一目瞭然いちもくりょうぜん。お利口さんしているのはこの春入学してきた新一年生くらいで、二年生三年生は小声でおしゃべりに興じている。

 スマホをいじっているやからも数人見受けられるが、式をぶち壊したり、風紀を乱したりするようなマネはしていないので教師陣も黙認しているのだろう。


 俺を含む表彰を受ける生徒はステージに上がりやすいように端の方に集められている。そのすぐそばで何人もの教師たちが立っているので、さすがにスマホをいじるようなことはしていない。

 

 俺は体育館の壁にもたれかかって、ただただ式が終わるのを待っていた。さして意味もなくステージの上を見ていると俺の視界のすみっこで、もぞもぞ動いて近寄ってくる影がひとつ。その影は俺の隣で動きを止める。


「よ、小鳥遊たかなしくん。おはよっちー!」


 茶髪のボブヘアーで切れ長の大きな目。シャツは第二ボタンまで外れており、リボンも緩い。

 ブレザーの下には紺色のカーディガンを着ていて、余ったそでが指の付け根までを覆っていた。いわゆる萌え袖というやつ。


 星宮ほしみやつゆり。底なしに明るいポジティブな性格と、そのルックスから男女問わず好かれている人気者。俺の数少ない料理仲間である。


「ん、おはよう星宮」


 あいさつを返すと星宮ははにかんで、俺の隣で体育座りをする。


「小鳥遊くん、今日の放課後って暇ー? ま、どうせ暇か」


「どうせって……。まあ暇だけどさ」


「ね? ほら暇~」

 

 今日は特にやることもないので断る理由がない。なんならやることがあったとしてもそれをばっくれて行くほどの価値がある。それが星宮つゆりブランド。


「今ロイホでいちごフェアやってるの。見てよこれ、デザートがいちごばっか! 食べたい。食べよ?」


 星宮は自身のスマホで投稿された写真を見せつけてくる。

 いかにも「映え~」なそれ。

 

「行ってもいいけど奢らないぞ。ロイホ高い」


「全然おけおけ! ぶっちゃけ一緒に来てくれるだけでいいから。そんで支払い折半せっぱんしたいだけだから!」


「ああ、そう……」


 だいぶぶっちゃけられた。

 ため息を吐いて座り直すと、星宮は不服そうに目をしかめる。


「私とデートに行けるのにそんな嫌そうな顔するのは小鳥遊くんくらいだよ」


「お前と一緒だと目立つからな」


 星宮と一緒に街を歩くと、結構な確率で声を掛けられる。基本ナンパが多いが、スカウトの時もあった。一番やばかったのはアダルトなビデオ制作会社の名刺を渡された時だろう。星宮は何の会社か理解していなかったため、その名刺は俺が完膚かんぷなきまでに破いて捨てた。


「小鳥遊くんだって、人のこと言えないでしょ。街歩いてるだけで握手求められるとか、マジ何者だよって感じ」


 星宮は天井を見ながらあははと笑った。


「あれは違うんだよ……。ほんとに」


 料理の大会で優勝したら、たまたま雑誌と地方新聞に取り上げられて、さらにたまたまそれの読者に会っただけのこと。優勝したこと以外は偶然に過ぎないのだ。優勝は必然。正直、悪い気はしなかった。料理の腕で認知されるのはいいっすね!


「まあいいや。とりあえず今日の放課後は空けといてね。昇降口集合で。青春をエンジョイしちゃおう!」


 星宮がこぶしを天に突き上げると、頭にすぱこんと軽めの衝撃が走る。星宮も同じだったようで、「あう」と声を漏らしていた。

 嫌だな―怖いなーと思いながら殺気の感じる方へ振り向くと、来賓らいひん用スリッパを両手に持った川瀬先生が立っていた。


「お前ら、次うるさくしたら放課後、ロイホデートの前にトイレ掃除の刑だからな」


「「すいませんでした」」


 星宮が悪いんだもん! と思いながらも川瀬先生の圧の前に屈するのだった。


 ……あと、デートそのものを止めようとしないところに、川瀬先生の優しさを感じました。

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