第11話 春もつとめて(1)

 昨日の夕方から舞い降りた雪は降り止むことを忘れ、一晩かけて仙台の街を銀世界にした。言っても数センチ積もっただけなのだが、我が家の庭のアスファルトは完全に白くなっている。


 春どこに行ったんだよ。冬が残業しているのか、春が遅刻しているのか。どっちでもいいけど勤怠管理きんたいかんりはしっかりするべきだと思います。


夜接よつぎー、学校まで送ろうかー?」


 さして興味はないが何となく気になってしまう朝ドラを見ながらリビングでトーストをんでいると、姉貴が車のキーを手元でちゃらちゃらと鳴らした。姉貴は名前を「なぎ」というのだが、名前にはんしてうるさいし面倒くさい。


「いい。星宮ほしみやと地下鉄で行くから」


 万が一遅れた場合のことを考えて、遅延証明書ちえんしょうめいしょがもらえる公共交通機関で行った方がいい。

 遅延証明書は現代社会の免罪符めんざいふ。おさつの次に価値がある紙かもしれない。まじぱない。


「遠慮しないの。つゆりちゃんも乗せてけばいいじゃん」


「遠まわしに姉貴の運転してる車に乗りたくないって言ってるんだよ。伝わらなくて悪かったな」


 ただでさえおっかない姉貴の運転なのに、こんな雪道なんて走れるわけなかろう。

 姉貴の手にかかれば、プラスチックガールの星宮さえもどうなるかわからん。スクラップになるかもしれん。


が弟ながらクソ生意気に育ったもんだ。ま、いいや。私バイト行くから戸締とじりよろしくー。お弁当ありがとね」


 姉貴は俺が詰めたお弁当を片手に、手を振りながらリビングを出ていった。その数秒後、ドアが閉まる音が聞こえる。


 父親と母親も既に出勤済み。一人残された俺はチョップドサラダをもしゃつかせた。

 目のはじで流し見していた朝ドラはとうに終わっており、既にニュースになっていた。

 ラストシーン見逃しちゃったじゃねぇか。おい、一人で地方に残されたヒロインはどうなったんだよ。こりゃ夜に再放送見ないとあかんやつだ。


 ニュースは天気予報へと切り替わり。


『本日の仙台市、あたり一面雪に覆われていますが、昼頃には気温が上がる予報となっています』


 バス登校だし、今日は手袋はいらないだろう。

 残ったトーストを口に押し込み、ぬるくなったコーヒーで胃袋におさめて席を立つ。

 かしこみかしこみ、つつしんでお返しもうす、と玄関に鍵をかけて家を出た。


 バスで十分ほど揺られたのち、地下鉄のホームに向けて階段を下ると。


「よ、おはよっちー」


 待ち合わせ時間の五分前、改札前のベンチにもたれていた少女が、軽快な声とともに立ち上がる。ダッフルコートは変わらないものの、昨日までつけていたマフラーは装備されていなかった。

 丸みをびた栗色のボブヘアーはしっとりとしていて、地下鉄の仄暗ほのぐらい光を反射する。


 星宮ほしみやつゆりは、地下鉄のゴミみたいな光源で照らされてもになる。


「おう、おはよう」


 スマホをぴっとかざして改札内へ。更に階段を降りてホームへとたどり着く。

 天候の影響もあってかホームには列ができていた。

 制服姿の学生や、顔が終わっている社会人。やめてよそんな顔するなよ。社会に出るのがちょっとだけ怖くなっちゃうだろ。


 座席は既に埋まっており、俺たちは立つことを余儀よぎなくされた。ベガルタ仙台のホーム戦があるときレベルで混んでいる。ベガルタサポーターの黄色度合いは異常。


 人をけつつ乗車し、電車の中に居場所を見つけた俺はかばんを肩に掛け直してつり革を掴んだ。隣にいる星宮は片手の指先で俺のピーコートのそでをきゅっとつまんだ。


「お前つり革届くだろ……」


「下手な無機物よりも君の体幹たいかんの方が信用できるからね。されるがままに天井かられ下がってるだけの紐っきれに私の命は預けられないっての」


 つり革の存在意義が今、否定された。


「つり革に対してそこまで考えを回してる女子高生は多分お前くらいだぞ」


 がたたんがたたんと電車に揺られること十分ほど。電車は終点の泉中央いずみちゅうおう駅に到着する。

 乗り換えるためにバスターミナルへと向かうと、月峰つきみね高校の制服を着た人間が列をなしていたので、何も考えずにその列の最後尾へと移動した。


「あー! そうそう。そういや、はいこれ」


 星宮が差し出してきたのは数枚の千円札。折りたたまれていて正しい枚数は判別できないが、少なくとも二枚以上。


「何、同伴料どうはんりょう?」


小鳥遊たかなしくんはどうして夜のお仕事に詳しいのさ。昨日のロイホ代だよ」


「いや、別にいらんし。デートの後に女の子にお金請求するほど俺はクズじゃない」


 それを聞いた星宮は、至極しごくとうなことを言うようにんだひとみで。


「いや、クズはクズでしょ」


「星宮にオブラートって概念がいねんないんだ」


 飴ですらオブラートに包まれている時代だというのに。

 星宮は、ふと斜め下に目線を落とし、うれう表情を見せる。


「ゴミでクズだけど、私の大切な料理仲間だからね。この関係がなくなるのは嫌なんだ。だから対等にいこうぜ」


「ほんとうにいいから……」


 差し出された紙幣を手のひらで押し返す。


「素直じゃないなー。じゃあこれでプレゼント買ったげる。覚悟しとき~」


 普通プレゼントは「覚悟する」ものではなく「期待する」ものではないだろうか。なぜ身構える必要があるのか。

 けどまぁ、星宮がお札を財布にしまったからよしとしよう。

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