第10話 本日限りの関係(4)

 残った料理も味に申し分はなく、星宮ほしみやと二人でシェアしているうちにすべて胃に収まった。

 料理に興奮してしまい、ドリンクバーの存在を忘れていたことに思い出す。

 

「ドリンクバー取ってくるけど、星宮は何にする?」


「えー、あったらほうじ茶ラテ。ソイミルクカスタムで」


「ねーよ。ここはスタバじゃねぇ」


「んじゃ、なんかあったかいやつ。あ、白湯さゆ持ってくるとかいうボケはやめろよー?」


 そんなしょうもないことしねぇよ、と思いながら席を立つ。


 洗浄せんじょう済みのグラスとコーヒーカップを両手に持ち、ドリンクバーの前に立った。

 

 ドリンクバーといったら、男は黙ってメロンソーダ一択だよなぁっ! チープな味とくっそ体に悪そうな色。一周回ってこういうのが飲みたいんだよ。

 にしてもメロンソーダってメロンの味しないよな。原材料から考えて、ここはひとつ「着色料ソーダ」に改名してみるのはどうだろう。……ないな。メロンソーダに失礼だ。


 自分用のメロンソーダを迷うことなくそそいだ後、俺は衝撃の光景を目にしてしまった。


 コーヒーマシンとは別に、ドリップコーヒーが置いてあるだと……⁉ しかもこの緑のカエルのマーク。レインフォレストアライアンス認証……⁉ ココアに関してはヴァンホーテンだし。何この店、神?

 

 「高い」には理由があるんだなぁ。しみじみと思いながら、俺は星宮のカップにコーヒーを注いだ。

 

 星宮はその日の気分によって、砂糖とミルクの有無が変わる。シュガーだけ入れたり、ミルクだけ入れたり、どちらも入れたり、逆に何も入れなかったり。

 今回はシュガーとミルクの有無は別に聞いていなかったが、もし必要になった場合二度手間にどでまでまどろっこしいので、一つずつ拝借はいしゃくして席へと戻った。


「ほい」

 

「おおー、コーヒーじゃん。ロイホのコーヒー美味いんだよなー。……にしても君、この店まで来て、飲むのがメロンソーダって。センスねー」


 星宮はソファの背もたれにひじを置き、けへへと笑ってコーヒーをストレートで飲む。本日の星宮はシュガーもミルクもいらないらしい。


「お前メロンソーダなめんな。同じ系列のファミレスでも味違うことあるんだからな」


「それ、希釈濃度きしゃくのうどが違うだけだと思うよ。小鳥遊くんもコーヒーとかのかしこい飲み物を飲みな?」


 星宮は俺をあおりながらも優雅ゆうがにコーヒーカップを傾けていた。


「コーヒー=賢いとか思ってる時点ですでにもう頭悪くないか?」

 

 丁寧にコーヒーを飲む星宮を見ながら、ちるるるーちるるるーとメロンソーダをすすっていると。


「あ、そうそう。部長は私がやるので。君は副部長をよ☆ろ☆し☆く☆」


 星宮はばちこんとウインクを決めてくる。


随分ずいぶん勝手だな。ま、別にいいけど」


 あなた部長とかそういうの好きそうだもんね。俺もこれには不満はない。


 実は副部長という役職は一番暇だったりする。やることといえば部長の代打くらいで、それ以外はまるで出番がないのだ。

 特に仕事を与えられず、こちらも仕事をほっさずにただ組織にぞくするだけの、言わば人数合わせ。出社してから退社するまでの約八時間、パソコンとにらめっこしながら一人でマインスイーパーをプレイしているようなものである。とにかく暇で楽。


「あとー、記録と会計の仕事も君がやるってことで」


「それ実質ほぼ全部俺じゃねぇか……」


「え―別にいいじゃーん。私、料理以外で細かいことやるの無理なんだよぉ」


 星宮はぐだぐだ言いながらコーヒーを飲む。


「俺が記録と会計をするなら、星宮は何するんだよ」


 星宮は人差し指をあごに当てて。


「マスコット的な? ほら、私かわいいから」


「うわぁー、うざいなー」


「ま、細かいことはきにせずに、ゆらゆら楽しくいきましょうや」


「おい、お前なんかいい事言ったっぽくして誤魔化ごまかそうとしてるだろ」


 ぺろっと舌を出す彼女を見て、ひとつ物申してやろうと思ったのだが、それを察知したかのようにコーヒーを一気に飲み干し、荷物をまとめ始めた。


「そろそろ帰ろ。私まだ春休みの課題終わってないの。あ、割り勘でいいよね?」


 春休みは既に終わっている件について。

 言いたいことはたくさんあったが、星宮の問いにこくりと頷いて席を立った。


 星宮はなぜかドヤッと伝票をレジに差し出す。レジに金額が表示されると、なにやらごそごそポケットや鞄をまさぐって一言。


「……あっ。財布学校に忘れちゃった」


「おい」


 二人分の飲食代は、俺の財布に大打撃を与えたのだった。


 …………高いには理由があるんだなぁ。

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