第13話 宝探しは唐突に(1)

 七時間の授業が終わり、放課後。今日の授業はほとんどがシラバスを見ながら、年間の授業計画についてざっと説明されるだけだったのだが、六限の古典だけはしっかり授業が行われた。

 

 宇治拾遺物語うじしゅういものがたりの「ちごのそら」。古文の中では有名な話らしいのだが、あいにく俺に過去を振り返る趣味はない。たかが十数年の人生さえかえりみるのが億劫おっくうだというのに、鎌倉時代までさかのぼるなんて、考えるだけで嫌気いやけす。あ、でも物語に出てくるそうたちの「暇だからぼたもち作ろう」の精神性は良いと思います。

 

 修行をした僧でさえ暇なときは料理をするのだ。もうこれ、料理は崇高すうこうで神聖なる行為と言っても過言ではないだろう。そして、料理に生きる俺は逆説的に僧。めっちゃ僧。きっと僧。絶対僧。

 

 荷物をまとめ、あくびをかみ殺しながら教室を出た。料理部の活動場所である調理室は特別棟に位置している。

 教室棟を出て特別棟へ。階段を上がり、調理室の引き戸へと手をかけた。建付たてつけが悪いのか扉はなめらかにすべらず、ガラガラと大袈裟おおげさな音を立てて扉が開いた。


 一般教室の二倍以上はある空間。業務用の冷蔵庫と、ミステリードラマで死体を冷凍保存するときに使うような冷凍庫。壁一面の食器棚。

 調理台はあわせて十台。部屋の中央にはテーブルと六脚ろっきゃくの丸椅子が乱雑に並べてある。入り口付近には石油ストーブがごうごうと稼働していた。


「お、小鳥遊たかなしくんが来た。待ってたよー」


 星宮ほしみやは六脚ある椅子のうちのひとつに腰掛けていた。入り口に背を向けていたものの、身を捻ってこちらを見ながら手を振ってきた。


「星宮はいつも行動が早いな」


「うち、担任がテキトーな人だからHRホームルームがすぐ終わるんだよ」


 二年一組うちの担任、川瀬かわせ先生もだいぶ雑な人なんだけどね。するべき仕事はちゃんとやる男(仮)だからなぁ。女装コスプレ趣味に目をつむって、さらにオタク要素を抜き取ったら多少マシになるのだろうが、それ抜いちゃったら先生が先生じゃなくなる。ただの女みたいなアラサー男性になってしまう。それは人としてイタいだけだ。結論、川瀬先生は今のままでヨシ!


 俺はなんとなくで星宮の向かいの席に腰掛ける。

 七時間授業の後でさして時間がないので、俺から話を切り出すことにした。


「さて、それじゃどうやって部員集めるかを――」


「私思ったんだよねー。作戦会議もいいけどさ、今日は宝探しでもしてみない?」


 星宮が俺の発言をさえぎり、あごに手を当ててむふふふとニヤける。


「宝探し?」


「昔は料理部あったっていったじゃん。その時の備品びひんが残ってるかもって川瀬先生が言ってた。まじ超アガるくない⁉」


 なるほど。調理室を使うのは調理実習の授業のみ。進学校である月峰つきみね高では一年生のときしか調理実習は行われない。

 すなわち、あまり人の手が届いておらず、昔の状態のまま残っている可能性があるわけだ。なにそれ、ちょっとテンション上がる。この世のすべてがそこに置いてあるのかもしれない。欲しけりゃくれてやるってやつ? もしかして海賊王になれるやつ?


 星宮は立ち上がると業務用冷蔵庫の前に立ち、冷蔵庫のドアをバンとはたいた。


「今日はとりあえず、二人で冷蔵庫と冷凍庫をあさりまーっす。れっつらトレジャーハンティング!」


「おー」


 俺と星宮の宝探しが幕を開けた。

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