第14話 宝探しは唐突に(2)

「えー、食材これだけ?」


「食材と言っていいのかこれ……。魔法薬学の材料じゃん」


 マンドレイクのようにしなびたにんじん。賞味期限が十年前のマシュマロ。カビの生えたバター。いつのものかすらわからない、ガッチガチに凍ったチョコレート。梅のような酸っぱいかおりを放ついちごジャム。ジャムって保存食じゃなかったっけ? 全然保存できてねぇよ。

 冷蔵庫と冷凍庫をあさって見つかったものを机に並べて、星宮ほしみやはひたすらにうなっていた。が、すぐにけろっと態度を変えた。


「ま、何事も挑戦ってね。私と小鳥遊たかなしくんの手にかかれば、どんな食材もあの頃の若さを取り戻すのさ!」


「『取り戻すのさ!』じゃねぇよ。その自信は一体どこから湧いてくるんだ。さすがに食材のアンチエイジングは無理だって」


 人間のアンチエイジングですら手がかかるってのに。老化防止の代名詞である、ビタミンCが豊富でおなじみのにんじんさんがすでに若さを失っていますけど。


「大丈夫大丈夫~。例えばこのチョコは賞味期限の記載がはがれてる。すなわち誰もこのチョコが過去のものであることを証明できないのだよ!」


「その理論、どのあたりが大丈夫なん?」


 そのチョコ、既に「何年も冷凍&放置されてましたー」ってくらいには凍ってるけど。包装のアルミにすっごいしもが降りてるけど。


 心配をよそに、星宮はチョコレートのアルミをビリビリと剥がしていく。中身はホワイトチョコレートだった。

 俺はマシュマロの袋を開けてみる。別に嫌なにおいははなっていない。マシュマロの表面は黄ばんでおり、砂糖が表面で結晶化されていた。


「あっははー、このチョコまだ食べられる」


 こいつ食いやがった! 躊躇ちゅうちょなく自分の体を実験体にするのやめろよ。


「小鳥遊くんも食べてみてよ」


 それ……? それとはまさか、俺が今、手に持っているマシュマロのことか⁉ 死ねと言っているのか⁉


 待て、落ち着け。一旦いったん落ち着け。これはプレーンマシュマロ。余計なジュレなどが入っていないところから、腐敗ふはいも遅れているだろう。

 マシュマロの原材料はゼラチン、砂糖、卵白らんぱくか。卵白はちょい引っかかるが、加熱されてるから考えないでおくとして。俺は日本企業の開発努力と食品添加物てんかぶつの力を信じることにした。


 …………よし、いける。


 袋の中で一体化しているマシュマロを指で引きちぎり、ちびりとかじってもにゅもにゅ咀嚼そしゃくする。気分のいいものではないが、味はそこまで悪くない。食感がきもい砂糖菓子だな。海外とかに売ってそうなイメージ。


「うわー、食べた! 小鳥遊くんがやばそうなやつ食べた! きっしょ!」


 星宮が調理台をばんばん叩きながらゲラゲラと笑う。お前だけには言われたくねぇ。


「これでマシュマロとホワイトチョコが食えることはわかったな」


 ぎりぎりチョコレートフォンデュパーティーが開催できるかもしれない。いや無理か。無理だな。


「小鳥遊くん、君はこれで何か作れる?」


「チョコマシュマロ」


「えーまじめに答えてよぉ。君パティシエ志望でしょ」


 星宮は、カビが生えていたり腐ったりしていて明らかに使えない食材をゴミ箱に押し込みながらたずねてきた。


 う――――――ん。


 料理人を名乗っている矜持きょうじ的に何か案を出したいのだが、この二品だけではどうも限界がある。


「あと牛乳があれば、プリンが作れる」


「おおー、いいねプリン。それ作ろう」


 星宮は指をぱちんと鳴らす。


「だから牛乳がねえっつーの」


「豆乳ならあるよ。私の飲みかけでよければ」


 星宮の飲みかけなんて、めちゃくちゃ貴重じゃないですか。世界で最も価値のある液体だよ。星宮の付加価値はえぐい。


 星宮がかばんをごそごそと漁って取り出したのは、一リットルの豆乳パック。そのサイズ持ち歩くのはなかなかないだろ。

 最強プラス思考の星宮も、やっぱりそこは気にしてるんだろうなぁと、自称Bの胸を見ながら。


「別に大きくしたいわけじゃないからね! 私はこの大きさで満足してるからね!」


「まだ何も言ってない」


 片手鍋とゴムベラを持って、一つのコンロの前に立つ。星宮は隣で俺の調理を見ていた。


 マシュマロ、ホワイトチョコ、豆乳を入れて鍋で加熱。弱火でじっくり、がさないように。

 期限は既に切れているものの、一応お菓子のポテンシャルはあるらしく、甘い香りが立ち込めた。


「うぉぉ、いい匂いじゃん!」


「やっぱり加熱に不可能はないな」


 できた液体をココットへ流す。あとは冷蔵庫で冷ますだけ。温度管理以外に気をつける要素がない、アホでも作れるシリーズ。


 使い終わったゴムベラと鍋を洗っている隣で、星宮は椅子を揺らして遊んでいた。


「ずいぶん簡単だったねー」


「人生、簡単に越したことはないだろ。それに大変なのはこれからだ。部が続く保証がないんだぞ」


 部員集めに関して、残念ながら俺は役に立つどころか足を引っ張りそうなのです。

 月峰つきみね高校料理部の命運は、星宮さん、あなたにかっています。


「もし部活が潰れたら二人で甲子園でも目指そ。私バッティングには自信あるの」


 星宮は椅子から降りてバットを構える仕草しぐさをすると、身を捻って振りぬいた。


「俺、野球苦手なんだけど」


 俺の野球の実力は、アメリカ人が暴動起こすレベル。フライは上げるものではなくげるものだ。まじ日本に生まれてよかった。


「まーなんとかなるって。部長はこの私だし、小鳥遊くんだっているし」


「俺にはあまり期待するなよ。料理くらいしかできないし」


「それができればもんだいなっしん! 君にはそれ以上求めてないから!」


「えぇ……」

 

 星宮はあははと笑い、俺の背中をばしばしと叩いてくる。なんだようぜぇな……と思いつつ、俺も一緒になって笑った。


 出来上がったプリンは、甘すぎて気持ち悪くなった。わんちゃん食中毒を疑うレベル。……いや、本当に食中毒なんじゃないの?

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