第8話 本日限りの関係(2)

 俺の注文が決まらないまま、こざっぱりした女性の店員がハンディを持ってオーダーを聞きに来た。


「お待たせしました。ご注文は?」


 星宮ほしみやがメニューを指差しながら注文していく。


「これとこれと……あ、全部一つずつで。あとこのパフェをお願いします。あとはー……」


 星宮は目線を俺へと向ける。店員さんもにこやかにこちらをうかがった。

 ここは最終手段を使うしかないようだな。少し背伸びをした、おしゃれな飲食店で困ったときの切り札。


「……この中でおすすめってどれですか?」


 俺はいちごフェアのメニューを指差して尋ねる。

 決まった。秘儀ひぎ「オススメッテドレデスカ」。こうしてしまえばこの店が自信を持っている、頂点に君臨くんりんしているものがわかるのだ。

 店員さんはメニューの中央のあたりを指を差す。


「このブリュレパフェ、私もこの前食べたんですけど、すごく美味しかったですよ」


「じゃ、それお願いします」


 店員さんは立ち去ると思った。が、なぜか俺たちの席にとどまり、口元をもにゅらせている。そして屈託くったくのないにこやかな笑顔で。


「失礼ですが、お二人は恋仲こいなかとかですか? お店入ったときから、ずっとお似合いだなーって思ってて」


 店員のお姉さんの言葉に、星宮と顔を見合わせる。星宮はそのまま身を乗り出し、あごに手を当てて至近距離しきんきょりで俺の顔をじっと見る。


「そういえば、私たちって一体何? そりゃ、明らかに友達以上だけどさ……」


「恋人ってわけでもないしな」


 ここまでは共通認識だったらしく、俺と星宮はうんうんと頷く。


「友達以上恋人未満ってやつかなー……。別にえっちな関係でもじゃないし」


「なんかもう、男女の仲は超越ちょうえつしてるよな」


「だよねー。ねぇ、おねーさん。私たちってなんなんですかね?」


「えっ⁉ ええ、えー……」


 急に話を振られたお姉さんがあからさまな動揺を見せる。ハンディで口元を隠し、俺と星宮を交互に見やる。そして人差し指をピンと立てて。


「と、とりあえず、今日はカップルってことにしておきましょう! 今日のあなたたちはカップルです!」


 謎の宣言をして、ぱたぱたと逃げるようにキッチンへ向かったお姉さんを見て、俺と星宮はふふっと笑い出してしまう。

 ひとしきり笑い終えたところで、俺は本題に切り込むことにした。どうせ料理が運ばれてきたら、その分析ばかりで話にならないだろうから。

 

 席に着いたときにサーブされていたおひやで口を湿らせて。


「星宮、お前部活どうすんの?」


「あー、それね。私も今日担任にめっちゃめられた」


 星宮は目を細めて嫌そうな顔をした。そう、何を隠そうこの女、俺に負けずおとらずの料理ジャンキーなのだ。三度さんどめしらうより作る派の人間。一種のワーカホリック。


「私はとりあえずバスケ部で幽霊部員ゴーストする予定。顧問が怒ってもあんまり怖くないから。練習はキツいらしいから絶対参加したくないけどねん」


 星宮は水のグラスをくいっとあおってこきゅこきゅ音を鳴らした。

 まだ入部してないのに、既にゴースト確定してるあたり、さすがっす。


「でー? 小鳥遊たかなしくんはどこにしたのさ」


「料理部」


 ノータイムで答えてやると、星宮は俺の肩をぽすぽす叩きだす。


「あっははー、何夢見てるのさ。部活動一覧にそんな部活はなかったよー?」


「いや、俺もそう思ったんだけど、昔はあったらしくて。川瀬かわせ先生に復活させたらどうだって言われたから入ることにした」


「ふ、ふーん……」


 星宮は口をとがらせて体をくねくねそわそわし始める。そっぽを向いているものの、たまにこちらをちらっと見てくる。

 あまりにもわかりやすいので、少しいじってみるとしよう。


「そんなわけで、俺はこれから忙しくなるから。こういうのは今日で最後な」


「…………………………ふーん。ち、ち、ちなみに私、料理上手いけど。一応全国一位ったけど」


 なおもこの女は正直にならないので、続行。


「そうか、そりゃすごい。じゃ、バスケ部がんばってな! めざせNBA!」


 ばちこーんと親指を立てて、気持ち程度のエールを送ると。


「ごめんって! 謝るから私も入れてよ!」

 

 星宮は涙目で、テーブル越しに俺の肩をがっちりつかんでグラグラと揺らす。


「わかったから揺らすな! 脳が! 脳が!」

 

 契約成立ということで、俺はスマホを取り出し川瀬先生に連絡を入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る