第6話 無効の届け出(2)

 自身のコスプレ写真をエサにした川瀬かわせ先生は、再び胸ポケットにそれをしまい、挙手したクラスメイトを順番に指名していく。


 まず、坊主の男子。


「野球部来いよ。のことまともな人間にできるかもしれない。汗と一緒に悪い成分流そうぜ!」


 さわやかに言ってるけど、内容が暴言なんだよなぁ。悪い成分ってなんだよ。灰汁あくか?


 次、短髪でボーイッシュな女子。


「陸上部は? 顧問結構厳しいし、長距離走ればたこなしも少しはよくなるでしょ」


 あの、どうして部活選ぶ基準が俺の人間性の改善なんですか。


 次、マッシュのキノコボーイ。


「そういやサッカー部、フリーキックの壁役欲しいんだよね」


 もはや壁。ぞんざいに扱われてるよな。それボールめっちゃ当たるよな。役割が備品レベルじゃねぇか……。


「お前らの小鳥遊たかなしを矯正してあげたいっていう気持ちはよーく伝わった。だがせめて活動くらいはさせてやりたいのが、教師としての意見なんだ。あとこいつしょくに関してだけは有能だから、持っといても損はないと思うが」


 川瀬先生の言葉に、「うーん、先生がそこまで言うなら……」みたいな空気になった。


「料理できるならマネージャーは? 部員の栄養管理とかあるし」


 女子の一人がそんな提案をしたのだが、男子共が口をそろえて。


「「「「「絶対嫌だ」」」」」


「ねぇ、そろそろ俺キレてもいいか?」


 でも男たちの意見も少しわかる。

 俺が作ったポカリとか、誰も飲まないんだろうな。部員の皆さんも女子に作ってもらいたいだろうし。

 俺がもし運動部だったらかわいい女の子からタオルを受け取りたいもん。


 ばっちり黄金比で作った粉ポカリが残される未来が見える見える。ぱきぱきに凍らせた水タオルは誰からも受け取られることはなく、長時間かけて仕込んだはちみつレモンには一切手を付けられない。

 ひとり悲しくせっせと部室を掃除して、涙を流しながらビブスを洗う。あれ、今手に落ちているのは水道水なのか、あるいは涙なのか鼻水なのか汗なのか……。


 マネージャーの俺、かわいそうすぎるだろ。


「仕方ない、たこなしチアやる? あんた意外と顔面いいから目立つよー?」


「「「「「「「「絶対嫌だ」」」」」」」」


 今度は男子全員に加えて、チア所属と思われる女子も拒否してきた。おい。


 確かに俺がチア入って運動部の応援したら、それこそガチの暴動が起きる気がする。

 マネージャーもしかり、女子がやるから男子のやる気が出るというのは周知の事実。野郎の応援なんて、むしろデバフだ。


 やっぱり俺、集団生活向いてないんだなぁ……。


「なんでもいいけどさー、うち早くかえりたいんだけどー」


「まじそれ。たこなしとかどうでもいい」


 どうでもいいのかよ。いやどうでもいいけども。俺ですらどうでもいいもん。


 かんばしくない状況を把握した川瀬先生が見かねて声をかける。


「小鳥遊、もしやりたいことがあるなら言ってみろ。料理か? 料理だろ。お前料理しかできないもんな。よっしゃ料理部やるか」


「俺、不可能なことは最初から取り組まない主義なんで。………………おい、『しか』は余計だろ」


 部活を作るなんて、学園モノの見すぎだ。現実の高校では部活なんて作れないし、目的が謎めいた団体も存在しない。ついでに言うと、常に解放されている屋上や、最高権力みたいな生徒会などもない。


「数年前まではあったんだけどな、料理部。お前が復活させてみたらいいじゃん」


「いや、いい。めんどい。テキトーな部活に名前だけ置いておきます」


 サボってもたいして怒られない、顧問が比較的無関心な文化部あたりに所属して部活に行かなければオールオーケー。実質的な帰宅部の完成だ。所属している以上、部費はかかるだろうがそれは手間賃として目をつむるとしよう。


「……本当にいいのか? 調理室の設備がすべてお前だけのものになるんだぞ」


「別に料理は家でもできますし。わざわざ学校でやる意味がないんで」


 一人の部活なんて管理がめんどくさくなるだけだ。学校で料理する場所と言ったら、そりゃもちろん調理室だろう。あの広い空間を一人で掃除するなんてことになったら嫌すぎて横転する。


「設備もしっかりしてるんだぞ。確か、飴細工あめざいく用の白熱電球があったなぁ」


「……ふーん」


 その気になれば、飴細工なんて家でもできるもん!


「あと、ホイロもあったような……」


「ふーん。………………………………え、まじ?」


 ホイロはパン作りをする際の二次発酵のことである。イーストの最大限の力を引き出し、生地を最高の状態にするために必要な工程だ。

 安いものでも二桁万円は余裕でかかるため、手が出せないでいた。ところが、今料理部を結成すれば美味しいパンが焼き放題。これは一考の余地ができた。

 

 川瀬先生は更にたたみかけてくる。


星宮ほしみやも誘えば、二人で楽しく部活ができるだろうな」


「……おお!」


 星宮と料理の情報をリアルタイムで共有できるのは、さすがにQOL爆上がり案件だ。

 今まではそれぞれの家のキッチンで作業しながら、LINE通話をして情報共有をしていた。俺たちの料理人活動に革命が起きようとしてるだと……⁉ ついでに二人だったら調理室の管理もなんとかなる。

 思考が顔に出ていたようで、川瀬先生は俺を見て一言。


「この後星宮と出かけるんだろ? そこで誘ってこい。決まり次第連絡くれや」


「……わかりました。話してみます」


 俺の返答を聞いて、川瀬先生はうんと頷き、声を張る。


「じゃ、そゆことで。おつかれお前ら、解散!」


「「「「「「「やっほ――――う!!!!」」」」」」


 クラスメイトの皆さんが雄叫おたけびをあげる。それを見て、俺は今年一年間無事で過ごせるのか不安に思うのだった。

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