第5話 無効の届け出(1)

 宮城県立月峰つきみね高等学校は、宮城県内でもちょろっと名の知れた公立高校で、いわゆる進学校の部類に入るらしい。


 進学校であるがゆえ、始業式の後は、五時間みっちりとテストが行われた。春休みの勉強の成果を見るのが目的らしい。進学校容赦ねぇー……。

 ちなみに進学校に通う高校生の九割は、自身の学校を「自称進学校」と言って自虐ネタにするが、意外と学校のブランドにプライドを持っていたりする。

 そのため、自分から自称進学校と揶揄やゆしときながら、他人から言われるとキレる。

 つまるところ、進学校に通う学生は大体めんどくさい。まじモンスタースチューデント。モンスチュだモンスチュ。言いにく。


 五限終了のチャイムが鳴り、最後の教科である英語の解答用紙が回収され、晴れて自由の身になった。安堵あんどと疲労からか、自然と長いため息が漏れる。

 二年一組の担任である川瀬かわせ先生が、解答用紙を教卓にトントンと弾ませた。そして男らしくないアルトボイスがクラス内に通る。


「お前らテストおつかれさん。今日はこのまま解散……と言いたいところだが、残念ながら皆さんに報告です。お前らはこのまま居残りです。小鳥遊たかなしのせいで」


「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」


 クラス全員の冷たい声が俺の耳に突き刺さった。やめて、いじめないで。

 俺の席は窓際の最前列であるため、振り返らない限りクラスの様子を確認することはできないが、明らかに空気が変わったのがわかった。

 俺はまったく身に覚えのない罪を着せられたので、急いで弁明に入る。


「待って、俺は悪くない。どうせ川瀬先生が悪い! 多分!」


 発言のついでにちろっと横目でクラスメイトを確認する。貴重な青春の時間を奪われたクラスメイトたちの目は、捕食者が獲物に向けるそれだ。


 まずい。やらなきゃ、やられる。


 ――――――――らなきゃ、られる。


 覚悟を決めてクラスメイトと対峙たいじしようとすると、川瀬先生が話を進めた。


「朝に提出してもらった春休みの課題に『部活動希望届』があっただろ。小鳥遊だけ出てないんだよ」


「い、いや、俺出したじゃないですか」


 俺はめんどくさいことはあまり引きずらない主義なのだ。課題や提出物はさっさと出すか、諦めて出さないかの二択に限る。後でぐちぐち言われるのは嫌なので、今回は前者を選択した。


「えー、『小鳥遊たかなし夜接よつぎ 帰宅部』…………ちっ。無効だこんなの」


 川瀬先生が俺の届と思われる紙を読み上げ、すぱこんとはたき落とす。なんというか、デジャブ感。

 一体何が不満なんだよ。どうしてこの男(仮)は俺が絡むとキレるのか。生理か? あんたやっぱり女なんじゃ……。


「一応聞くが、今年から全員強制入部なのは知ってるよな?」


「え、知らない知らない」


 宮城県の公立進学校の割には比較的校則が緩く、生徒の自主性を重んじることで有名な月峰つきみね高校でそんな暴挙は起こってはならない。


 ――起きるぞ、暴動が。


 なんなら俺が牽引けんいんして暴動を引き起こす。


 川瀬先生はわれた髪をばっさばっさと振りながら、教卓に手を叩きつける。


「なんでだ。どうしてだよ。なぜ知らない。学期末に全体連絡があっただろ」


「あー……、多分寝てました」


「友達の間とかで話題にはならなかったのか?」


「俺、友達少ないんすよ。学校では大体一人なんで」


 『学校では』というところを強調したが、別に学校外では友達が多いとかそういうわけではない。

 川瀬先生は眉間に手を当てながら口をぱくつかせる。「めんどくせー」と漏らしたのがわかった。

 川瀬先生は俺の方を向きなおすと。


「よし。なら今決めろ」


「えぇ……」


 そんなノリで決めろと言われても困る。そもそも部活とか興味なかったから何部があるのか知らんっつーの。

 だんまりを決め込んでいると、それに耐えかねた川瀬先生が声をあげる。


「小鳥遊のこと欲しい部活は手ぇげろー」


 しーん。


 誰一人手が上がらない。おい、なんで俺が悲しい思いをしなきゃいけないんだよ。泣いちゃうぞ。わんわん泣いちゃうぞ。


「慈善活動だと思って引き取ってくれるところは?」


 しーん。


 再びの沈黙を見て、川瀬先生は「ふむ」と胸ポケットから一枚の写真を取り出した。そしてテンションを上げながら言葉を足す。


「今ならなんと、俺のコスプレ写真が付いてきます! R指定待ったなしのキワドイやつ!」


 その言葉にクラス全員の手が挙がった。指の先まで芯の通ったような、それはそれは見事な挙手。欲望に忠実すぎるだろ。大丈夫ですか、このクラス。

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