第10話 鉄の女と探し物(6)
--沢木視点--
悲鳴でもないが、ひっ迫した声が聞こえた気がして、再度教室に戻る。
すると、黒木、まりえの二人の姿は忽然と消えていた。
先ほどと比べて幾つかのものが散らばっており、何かあったような雰囲気がある。
「あれ」
割れたガラスの破片の中心においてあったのは、黒木れいの首にいつもついている革製の首輪だ。
「これ、取れないっていってなかったか?」
ぼそりとぼやくと、その首輪をポケットの中にしまう。それ以外に何か妙なものはないかと探すが特に見当たらなかった。
教室の前にいたので、二人が出口から逃げ出したということはない。
窓も開かなかった。
つまり密室状態で二人の姿が消えたということだ。
「おーい。オレをおどかそうっていうわけじゃないだろな」
不気味な物で溢れる中、鼻と口を手で押さえながら調べるが二人はいない。
「おいおいおい……まじ?」
失踪事件が再現した、ということか。
オレに言いようもない焦りが沸き立ち、走り出した。
説明できないが確実に何かが起きたという感覚があり、一旦、魔法士事務所へ向かった。
教師に伝えたほうがいいかもしれないが、まずはこちらのほうが来やすい。
明かりがついているので誰がいるのはわかった。
扉を叩くが応答がないので、勝手に入る。
そこには黒木の相棒である鎧塚がいた。
直接話したことはないが、面識はある。
彼はスーツケース数個から荷物を入れたり、出したりして何やら忙しそうにしている。
こちらに気づいたのだろう顔をあげて、興味なさそうな顔をすると、
「あー申し訳ないけど明日にしてくれます? ちょっと忙しいんだ。黒木のやつもいないし」
とぶつぶついいながら荷物を整理している。
「そ、そうじゃなくて」
息を切らせながら話す。
「く、黒木ちゃん消えたんだよ」
「そうですか」
興味がなさそうな返事。こちらに顔を向けることすらしない。
今の切迫した状況がまったく伝わってない。
「じゃなくて!」
自分の説明力のなさと、鎧塚の空気の読めなさに苛立ちながら説明を加える。
「旧校舎、魔法研究室で調べ物を三人でやっていたら、二人が消えたんだよ!」
「旧校舎? 二人というのは?」
ようやくまともに、オレの顔を見た。
どうやら正しいキーワードを言えたらしい。
「そうだ」
脳内で閃くものがあり、ポケットから先ほど拾った黒木れいの首輪を取り出す。
案の定、鎧塚の顔色が変わった。
「魔法研究室で拾ったって?」
片付ける手を止めて、こちらに近寄ってきた。
鎧塚は渡した首輪をしげしげと眺めた後、無造作にこちらに投げてきた。
「お、おい」
後輩の無遠慮な動作に非難の声を上げる。
「ちなみに何が起きました?」
聞かれてオレは簡単に状況を説明する。
どうも鎧塚は、教頭から失踪者を探してほしいという依頼自体初めて聞いたらしい。
「……」
苛立っているのか話を聞いている間、彼は事務所内をいったりきたりせわしなく歩き続けている。
「黒木とは長い付き合いだが、奴はぶっきらぼうで言葉足らずで、コミュニケーションも不足している。そして後先考えずに行動するんだ。僕に何も言わず、一人で行動した結果、不測の事態に陥ることも一度や二度じゃない。毎回僕はそれを後から聞かされて、尻ぬぐいをすることになるんだ。だが、今回は僕が教頭の依頼をすっぽかしたことも要因だな。それについては非を認めよう」
マシンガンのように言いまくしてくる。
オレはぽかんと、その言葉を聞いていたがいい機会だと、
「君、黒木ちゃんのことどう思ってるの?」
「何を言っているんだ」
「あの子を女としてみてるのか?ってこと、だよ」
彼はまるで外国人のように肩をすくめると、
「見た目はよいのは認める。だが中身は前のまま、男のままだよ。無鉄砲で何も考えてなくて」
「わかった、わかったよ。だが、お前をライバルとはまだ認めないからな」
「何を言いたいのかよくわからんが、そんな話よりまず、黒木を探すべきじゃないのか?」
既に下校時間となっている。
オレたちは帰宅途中の生徒たちとは逆方向に旧校舎へ向かう。
そして魔法研究室に足を踏み入れ、彼女たちの捜索を開始する。
しかし、しばらく経ったあと、鎧塚は厳しい顔でかぶりを振った。
「さっぱりわからん。本当にここで消えたと?」
「そうだと思う。オレも最初ここにいたんだけど、教室から出て廊下いたから」
「なぜ外に?」
「この臭いがきつくてね……」
と顔を覆うマスクを示す。臭い対策でつけてきたのだ。
「臭いか……まあ、これには慣れが必要なものだな。素人はマスクをつけておいたほうがいい」
一応、先輩に対して素人と言い切る鎧塚に苦笑しながら、再度黒木の首輪を見せる。
「それに彼女の首輪を拾った。何か起きたと考えるべきだろう?」
しかし彼は肩をすくめた。
「それが本物ならな」
「え。偽物?」
驚いて手の中にある首輪を見やる。質感といい見た目といい当人の物にしか見えない。
「これは?」
すると鎧塚は何かを気にしている。
「どうかした?」
「いや……これは」
取り上げるのは、茶色い粉のようなものだった。臭いを嗅いでいる。
「それは?」
「マンドレイクだ。強い催眠作用がある」
そういうと鎧塚は突然教室から出ていこうとした。
「どこに?」
「教師にいう。これは僕だけでは手に負えない」
極めて冷静に鎧塚は言った。
◆
違法秘薬のマンドレイクをつかった誘拐事件。
鎧塚によって伝えられた情報で、教師たちは総出で旧校舎に訪れていた。
しかも警察官も数名訪れている。
「こいつ、すげえ」
オレは目を瞠っていた。
正直、こんななんでもなさそうなやつと、才能ある黒木れいがコンビを組んでいるのかと疑問に思っていたが、こいつもただの高校生にはとても思えない。
自分なら大人たちをこんなにも簡単に動かせなかっただろうに、鎧塚はその理路整然とした説明と、根拠を示すことであっさりと大人たちを動かすことに成功していた。
――国家魔法士と一緒にやっているやつは、頭の出来も違うのか。
苦々しい気持ちで眺める。
やはりこいつをライバルと認めざるを得ないのか。
「どうした?」
何やら揉めている様子を見て声を掛ける。
鎧塚が苦々しい顔をする。
「黒木の場所が特定できない」
「特定できない?」
「そうだ。単純に地下奥深く、遠く離れた山の中という可能性も考えていたが、それなら彼が見つけてる」
と視線の先にいたのは、一人のコート姿の男だった。
季節は既に夏に近いというのに、暑苦しそうな黒いコートに身を包んだ男は、一見警察関係者にみえたが、異様なのはその瞳だった。
蛇のそれのように瞳孔が縦長なのだ。
――ただものじゃない。
「魔導官、黒木の場所を探す方法がないか。手掛かりがなく闇雲に探すのも――」
そんなことを鎧塚が蛇の瞳をもつ男に伝えているようだった。
その言葉を耳ざとく聞きつける。
魔導官。
国家魔法士の中でも選ばれし魔法士たちだけで構成された強力無比な集団。
――鎧塚のやつ、知り合いなのかよ。
何とかオレも役に立ちたい。
まりえと黒木ちゃんが目の前でいなくなったのだ。
あれこれ頭を捻っていると、ふと閃くものがあった。
「まねきさん」
そう大声でいうと鎧塚が振り向いた。
「は?」
「まねきさんだよ、旧校舎の」
「怪談のことだろ、それがなにかあるのか?」
「ああ。氷藤友里はやっぱり亜空間に入って抜けられなくなったんだ」
「何でそう思う?」
「氷藤友里の論文だ。亜空間の魔法を研究していた。亜空間の物は見えるが、実際には触れられないとあった。
まねきさんや、人魂といった怪談に似てると思わないか?
旧校舎で目撃されている怪談がやたらと多いのは、亜空間からの彼女の叫びが、助けを求める声や姿の結果なんじゃないのか?
それに氷藤友里の捜索中、失踪者も多く出たと聞いている。黒木ちゃんとまりえも、亜空間に飲み込まれたということは考えられないか?」
そういうと鎧塚が腕を組んで、真剣に考えだした。
「……辻褄は合う。しかし、亜空間か。厄介だな」
「なんで? 魔導官なら楽勝だろ、早く助けてくれよ」
鎧塚に食って掛かると、それを制するように蛇の瞳の男が口を開いた。
「空間魔法を使える人間は、ほとんどいない」
「ぜ、ゼロってわけじゃないなら」
鎧塚が引き継いで説明をする。
「そうだな、海外に一人いるが、大物だ。そう簡単に呼べないだろう。本当に黒木のやつが亜空間にいるのかわからない状態で呼ぶのは無理だ」
「そんなこと言ってる場合かよ……」
「わかってる。だから手を考えているんだ。黒木自身に賭けるしかないか? いやしかし」
鎧塚はぶつぶつと意味不明なことを呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます