第3話 物言わぬ視線(下)

 物言わぬ視線について仮説はある。


 金髪ヤンキーを学内にある俺の魔法士事務所に通すと、彼女は目を丸くしていた。


「え、あんた、もしかして有名人?」

「そこらへん座って」


 事務所内にあるソファを指差す。ちなみに鎧塚はいない。授業中だろう。


 金髪先輩は、鈴里まりえ。と名乗った。


 改めて、誰かに見られている。という話をしっかりと聞き直す。

 視線を感じるのは電車だけではなく、学校でも感じることがあるらしい。

 電車は、一番最初に視線を感じた場所であるという。


 そして彼女がいつも乗っている電車は、俺と同じだった。


――つまり、俺が感じていた視線は、俺ではなく、まりえに対してのものだった?


 自意識過剰? だが、今振り返っても確かに強く見られている。と感じた。

 いまいち納得できず小首を傾げる。


「ふーん、自宅とかは?」

「今はない、かな。でもさ」


 うつむき加減にいう、まりえの手は、若干震えている。


「少しずつ近づいている気がするんだ。視線が。最初は電車だけだったのに、授業中でも感じるし、体育館でも感じる。ホントいうと、だから屋上にいたんだよ。怖かったから」


 思ったより真剣な感じだな。

 こりゃ、俺も仕事モードかな。切り替えるように首元にある首輪に触れる。


「今はどう? 視線は?」

「……大丈夫。だとおもう」


 まりえは、自信なさげにいうと、きっと強い眼つきでこちらを見る。


「魔法でなんかわからんないの? プロの魔法士ってことでしょ、あんた」


 即答せず、しばらく彼女の目を見返し、


「うん、今探ってた。けど、特に何もなかった」

「あ、そう」


 途端に拍子抜けした顔をする。


「……ちょっと時間をくれないかな」


 俺は考えながらそういった。


  ◆


 あたしは、金髪だし、タバコを吸うし、授業をさぼるし、夜も出歩く。

 一回りでかい男と殴りあったことだってある。怖いものなんて何もない。そんな風に考えていた時期もあった。


 だが。

 視線という、あやふやなものが、


 何もしない、ただ何か感じるというだけのものがこれほど恐ろしいとは、思いもしなかった。


「おらっ! 出て来いや!」


 いい加減腹が立ってきたこともあるし、恐怖を紛らせるという意味もあって、夜道を振り返ると怒鳴りつけた。


 しかし、あたりはしんと静まり返っており、動くものは何一つとしてない。

 だが。


 確実に何かいるのだ。何も見えない闇の向こうに、自分をあざ笑うかのような何者かが目を見開いているのだ。


 背筋が凍るような思いで、安全な自宅に帰る。

 自宅は真っ暗で静まり返っていた。兄弟姉妹はいないし、両親は共働きでいつも夜遅いのだ。


 真っ暗な自宅の扉を開くのも多少勇気がいる。


「あの一年、ほんとに頼りになるのかね」


 リビングの電気をつけ、一息ついたところで呟く。

 頭を切り替えようとシャワーを浴びに浴室に行き、悲鳴を上げた。


  ◆


 翌朝、あたしは学校内の奥にある魔法士事務所と書かれた扉を激しく叩いた。


「黒木! いつまで待たせるんだよ」


 しかしながら、にょろっと顔を出したのは、短髪太めの黒縁メガネだった。

 昨日話した少女とは似ても似つかない男子高校生だ。


「えーと」


 威勢よく扉を開けたはいいが、相手が違っており、なんとなく罰が悪い。なんと言おうかと迷っていると、


「鈴里まりえ、さん?」


 そういった。

 彼は事情を聞いているらしく、もうすぐ黒木が来るので、待つようにいわれる。

 言われるがままソファに腰かける。

 ペットボトルのお茶を出してくれた。


「あんたも魔法士なの?」


 ただ黙っているのも気まずいので、尋ねてみる。


「そうとも言えるし、そうでないとも言える」


 黒メガネは無表情に答えた。


「……」


 意味が分からない。

 二の句をどう続けようかと考えていると、黒メガネの方から口を開いた。


「黒木から話は聞いている。視線を感じるだとか」


 あたしは顔をしかめた。


「どーせ馬鹿にしてんだろ」

「いいや、人間の第六感というのはそれほど馬鹿にできたものじゃない。ここで考えられる仮説は幾つかある。まずは隠しカメラやドローンといったテクノロジーを使った視線を感じているということ、もしくは赤外線など人間には感知できない波長を感じている。あとは、単純に気が付いていないだけで隠れた場所から人間が見ているということも考えられるね」


 話し出すと話の長いタイプらしい。

 最後の一言を聞いて憤慨する。


「んなわけあるか。あたしは散々悩まされてんだ。そのくらい確認してる。誰もいないところで視線を感じていることは確かだよ」

「そして最後の一つが魔法を使った視線の拡張だ」


 意味が分からず眉根を寄せる。


「魔法というのは人間の力を拡張するのが基本概念だ」


 彼はそういいながら、どこか丸っこい腕を伸ばす。

 目の前のペットボトルのお茶が宙に浮きだした。

 当然手は触れていない。


 びっくりしていると、


「目には見えない僕の腕がペットボトルを掴んでいるだけだ。でも何もないところを浮いているようにみえるだろう? こういうように腕は考えられないほどに伸ばせる」


 ペットボトルは部屋中を縦横無尽に駆け巡る。


「そしてこの拡張は腕だけではない。足や指先など他の部位でも拡張できる。無限に伸びるということではないけど」


 その言葉を聞いて突然理解する。


「ってことは、誰かが目を拡張してると?」

「その通り。それを僕らは疑ってる」


 見えない目が自分を監視している想像をして、鳥肌が立ってきた。


「怖。じゃあ頼りにしてていいんだね?」

「当然だ」

「……ってか、黒木、ちゃんだっけ? あの子よりあんたのほうが頼りになりそうだね?」


 可愛いだけで普通の女子高生に見える少女を思い出しながら、呟くようにいう。

 しかしメガネはかぶりを振った。


「そうでもない。僕は頭と口は動くけどね、実際の行動や魔法に関してはてんでダメなんだ。実働は彼……黒木なのさ。天性の魔法の才と、結果を出す行動力がある」


 先ほどまでの冷めた口ぶりから一転して、どこか熱を帯びたようにいう。


「僕のことを魔法士か?と聞いたよね、そしてその問いに対して、僕はそうとも言えるし、そうでないとも言える。と答えた。これは言葉通りなんだ。実際に国家魔法士の水準に達しているのは黒木であり、僕はサポートしているだけなんだから」


 そのとき、

 ばたばたと騒がしい足音が聞こえてきた。勢いよく事務所の扉が開く。


「セーフ!」


 まだ髪の毛が濡れたままの少女が駆け込んできた。

 端正な顔立ちに、切れ長の瞳と白い肌が映えるが、そのわりにスカートがまわっていたり、襟が折れていたり、服装が乱れている。要はちゃんとしてないのだ。


「あんた、小学生みたいだな!」


 思わずそういうと、彼女はぽかんと口を開いていた。


「ま、いいや。なんでも。おかげで、なんか気が休まった」

「? よくわからんけど。でも、家に出たんだろ? 視線」


 いきなり伝えようとしていたことを先に言われて、言葉が出ない。


「今日放課後、お姉さんの家に行っていい?」


 突然、そんなことをにっこり言われた。


  ◆


 あまり知らない人間ではあるが、同年代だし、女性だし、

 こんなときだし、ということで安心感は、若干ある。


「適当にしてて」


 自室に案内すると、手にしていたクッションを手渡す。

 小学生みたいな少女でも、スカートだ。クッションくらいあったほうがいいだろう。

 お客さんを招いたわけだし、家にあったお菓子と紅茶を用意して自室に戻ると、彼女は真剣な面持ちで部屋の隅々を見ていた。手には機械を持っている。


「……なんかあんの?」


 恐々と尋ねる。


「一応盗聴・盗撮系の機器の可能性を潰してた。なさそうだね。他の部屋もみていい?」


 その言葉を聞いて、ひとまず、ほっと胸を撫で下ろす。


「それはそうと、お姉さん一人暮らし?」


 家の中に誰もいなかったからか、そんなことを聞かれた。


「いいや、両親は医療関係なんだ。二人とも夜勤が多くてね。夜は大抵一人かな」

「そうなんだ」


 聞いてきた割にあまり興味なさそうに彼女は相槌を打った。


「あんたところは?」

「え?」

「ご両親だよ。何をしている人?」

「……魔法士だった」


 黒木は少し思いつめたような面持ちで言った。


「だった?」

「ところで今はどう? 視線を感じる? 昨日はお風呂場で感じたとか」


 突然話を変えられ、戸惑ったが、この話題について話したくないのだろうと理解する。


「え、ああ、そうだよ。シャワーを浴びようとして、視線が出た。昨日は本気で焦ったし眠れなかった。視線が追いかけてくるような気がしたから」

「なるほどね。そっちの方が早いか」


 彼女はすくっと立ち上がるといった。


「お風呂借りていい?」

「え、いいけど……あんたもしかして」


 唐突な提案に面食らう。


「あとこれもらうよ」


 と彼女は紅茶についていたレモンを手に取った。


  ◆


 薄暗いワゴン車の中には、大きなモニタがあり、

 そのモニタにはなかなか美形の金髪の少女が映し出されていた。制服姿のまま、キッチンで何かをやっているようだ。


 音はあいにく拾えていない。


「いいぞ、いいぞ。家の中は簡単に入れるようになったな」


 原色スーツに、暗い色のシャツを着たチンピラ風の男は満足げに笑った。

 ワゴン内には、他にも複数の男たちが乗り込んでいる。

 その中の一人は高校生のように見える。高校生にはいくつかケーブルがつけられており、そのうち数本はモニタに繋がっているようだ。


 彼は、黒い目隠しをして、何か祈っているように手を震わせている。

 チンピラはその高校生の肩を掴むと、


「お前んとこのガッコのかわいい子、根こそぎ獲るからな」


 とドスのきいた声でいう。


「は、はいいぃ」

「あと耳もなんとかしろ。音が欲しい。お前がしょぼいから、こんなに手間がかかってんだ。いくらコスト掛かってると思ってんだよ。糞が」


 ぼすんと高校生の腹に膝をいれると、モニタに映る映像が一瞬歪んだ。


「集中しろ!」


 自分の行動を棚に上げて怒鳴る。


「それより、今日は来客みたいです」

「なんだと、男でも連れ込んでるのか? それはそれで金になりそうだが」


 弟分に言われてモニタを覗く。


 一瞬息を呑む。

 当初のターゲットより、数段美しい少女がそこには映し出されていた。白い肌に色素の薄い長い髪が映える。


 その美貌に一瞬見惚れるが、切り替えて邪悪な笑みを浮かべた。


「いいじゃねえか」


 周囲の男たちからも感嘆の声があがる。

 ついてきた。

 男はそう考えたが、リストに彼女はなかったことを思い出し、リスト担当者を怒鳴りつける。


「上玉漏れてんじゃねえか!」


 担当者が謝罪する姿を眺めながら、どこかで見たような気もしていた。


 アイドルか、タレントか?

 それならそれでさらにいい。

 商品価値はさらに上がる。しかし何か引っかかる。頭の片隅で危険を察知している。だが、こういうときは逆パターンもある。


「う、くろきさん」


 ぼそりと高校生のつぶやきを耳にして、はっと思い出す。


 くろき……黒木、だと。


 一応、魔法士協会の一員でもあるチンピラは完全に彼女の顔を思い出していた。


 最年少国家魔法士、黒木れい。


「まずい!魔法を切れ!」


 叫ぶが、その時すでに遅し。

 モニタに整った少女の顔が全面に映し出されていた。まっすぐこちらを見つめ、目を細めると、にやりと口元を歪めて見せた。


 途端、絶叫する高校生。


 目を抑えて悶絶している。

 逃げろと運転手に叫ぶが、エンジンが空回りしている。そうこうしているうちに、すべての窓ガラスが勝手に開いていった。


 そこから見えるのは大勢警官の姿と強い光。

 そしてコート姿の男が歩んできた。


 男は蛇のような目でこちらを射貫く。


「どうも」


 チンピラ男は魔法を齧っていた上で、裏世界を生きていた。だから敵にしてはいけない相手のことは理解している。


 国家魔法士の中の最エリート、魔導官だ。

 

  ◆

 

 元魔法士の男と、うちの学校の生徒による犯罪行為だったらしい。だが表沙汰にはならない…


 理由は目の前の男だ。


「いやー良かった良かった。何も被害が出る前に決着がついて。うちの学校としても魔法界にとってもね。これ以上、魔法士の印象悪くしたくないもんね」


 軽薄そうにいう。

 学園のトップ、理事長だ。まだ若そうに見えるが大戦時には活躍していたはずだ。

 整形なのか、若く見える魔法でもあるのか。


「何が被害なしだよ。うちの先輩の心も傷ついてるし、俺も裸晒しそうになったってのに」

「あと、覗き魔法やってた一年もね。彼、君に目潰しされたみたいだよねー心配だなあ」


 白々しく悲しそうな顔をする。


「うるさいな、レモンかけただけだよ」


 俺はレモンを絞る素振りをした。


「それより、これで大分借り返しましたよね」


 胸を張ってそう主張すると、理事長は鼻で笑った。


「何言ってんの、君の首輪は国宝だよ?こんなんじゃ全然足りないよ」

 

  ◆


 理事長が去ったあと、今まで黙っていた鎧塚が声をかけてくる。


「黒木、お前自分が使ってる視線魔法を強化できると思ったな?」


 相変わらずマシンのように言葉を並べて、


「拡張魔法は有効射程距離が短い。いくら魔女の首輪があったとしても探しものには時間がかかりすぎる」


 その言葉には直接答えず、思い出しながら別のことをいう。


「あの時感じた視線はな、下心はなかったんだよ。確かめてみたが、先輩の風呂場で感じた視線とは別だと思う」

「つまり?」


 俺を見ていた人間とは別だ。

 そう思いながらもうそぶく。


「さあね」

 



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