第2話 物言わぬ視線(上)

 魔法とは道具だ。必ずしも良いことだけ起きるわけではない。


 皆が思うほどはなんでもできるわけでもない。

 使うと疲れるし、息が切れるし、意外と手で動かしたほうが早いこともある。

 魔法だって、人によって得意不得意があるのだ。


 俺が通う透晶学園は、魔法士の養成学校として有名だ。しかしながら魔法科以外にも、クラスは様々あり、多くは魔法の使えない一般学生だ。


 家から学校への混雑した電車の中。

 この姿になってから、いきなり知らない他校の生徒に告白されたり、手紙を渡されたりすることが多い。


 いきなり知らない奴に告白される、こちらの気持ちを考えろよと言いたい。


――箒の練習して空飛んでこようかな。


 吊革につかまり、そんなことを考えていると。


 不意に強い視線を感じた。


 ばっと振り返るが、特段こちらを見ている人間などいない。

 電車に揺られる乗客がいるだけだ。


「ちっ」


 舌打ちする。

 このところ毎日だ。

 たまに感じる下心満載の視線ではない。何か探しているかのような視線だ。


  ◆


 なんてことがあったんだよと、学内にある事務所で鎧塚に話す。


 彼は、小太り、黒ぶちメガネの同級生魔法士。

 魔法士ユース時代からの仲で気心が知れているということ。男時代の俺のこともきちんと理解しているということ。


 何よりいいのは俺のことを変な目でみないということだ。今も芋虫を見るような目で俺を見ている。


 俺が話し終えると鎧塚は、あからさまに嫌そうな顔をする。

 アイスクリームを食べながら、


「そんなことより、依頼をこなして金を稼ぐことを考えろ」


 とバニラがついたスプーンをこちらに向けてくる。


「わーってるよ」


 ぽすんとソファの上に寝転ぶ。

 理事長命令で学内は女物の制服を着せられているので今はスカートだ。ちょっと捲れそうになっているが気にしない。


「理事長のやつ、依頼の進捗状況しっかり見てるぞ」


 事務所のパソコンには魔法士としての俺の依頼リストが映し出されている。

 ランクがあり、高ランクほど難しく報酬が高い。


「わかってるわかってる」


 そう言いながらも眠くなってくる。


「お前からはいつも危機感が感じられない。僕だって他人事じゃないから言ってるんだ」


 鎧塚の小言が降り注いでくるが、子守歌代わりだ。


「ほら、これなんかいいんじゃないか? 野球の助っ人」

「それはもう辞めた」

「学内の消えた魔導書を探してくれ」

「興味ない」

「学園二十七不思議の調査」

「……」


 痛い。本気で殴るなよ、女子を。

 ちょっと寝てただけじゃないか。


「やる気ないなら、有料コスプレ握手会でもさせるぞ。お前のファンは意外と多いんだ」

「それはやめてください。ごめんなさい」


 起き上がると、目の据わった鎧塚に頭を下げる。


「だいたい、ことの発端はお前のせいなんだからな。まったく」

「ですよねー」


 抑揚なくぼやくと、

 自分の首元を締め付ける魔女の首輪を触る。


 ことの発端は、魔法士ユース時代に遡る。

 手っ取り早く魔法能力を引き上げるために、大戦時代の魔導器を保管していた国立魔導博物館に、俺は鎧塚と盗みに入り、この魔女の首輪を手に入れたのだ。


 そして、この学園の理事長に捕まり、見逃してやる代わりにこの学校に入学し、魔法士として働かされているのだ。


「んなことより、この首輪に繋がりそうな依頼ないのかよ?」

「ないね」


 間髪いれず鎧塚。


「ほんとなんでこんなもん、身に着けたんだろうなー」 


 大きくため息をつく。

 魔女の首輪は、あるチートスキルをもたらした代わりに、俺から男を奪い取った。

 念願の魔法士に最年少でなれたとはいえ、この仕打ちはひどい。


「いい面もあっただろ」

「そりゃそうだけど……こんな体じゃあ、女にもてない」

「当たり前だ、女は女に興味ないだろ」


 こちらを見もせずにそんなことをいう鎧塚に枕を投げつけた。


  ◆


 魔法士クラスといっても、魔法だけでなく、通常の授業もある。

 ワイワイ言いながら体操服に着替えている男子たちを眺めながら、俺は机に突っ伏した。


「く、黒木、さ、くん。また体育さぼり?」


 前の席の男子が、妙にそわそわしながら言ってくる。

 みればわかるだろ、とおもいながら、顔を上げる。

 長い髪がさらさらと視界に被るので、かき上げながらいう。


「まあね」

「今日はバスケだよ、けっこう楽しいんじゃない?」


 食い下がってくるので姿勢を整えて、相手に向き直る。

 視線を周囲に巡らせる。


 男どもは、妙に落ち着かない様子でこちらを見ていた。

 制服のズボンを脱いだ状態だった男は、慌てて履き直しているものすらいる。


「俺……私を女子扱いしないんだったらな」


 そういうと聞いてきた男子の頬をからかうように指先でつついた。

 あからさまに顔を赤らめる。その様子を見ていた他の男子どもも、羨望するかのような声を上げる。


 俺は嘆息すると、教室が出て屋上に上がるとぼんやりとグラウンドを眺める。


――女になってから三か月経過。明らかに周りが慣れてきてやがる。


 入学当初は男だったのだ。

 一か月ほど過ぎたところで、例の首輪をはめて女になってしまった。

 最初は普通にいじられていただけだった。いつ男に戻るんだ、妹じゃないのか、とか。


 普通に男同士のノリで過ごせていたのに。


 気が付いたらサッカーの試合中、男どもは、明らかに俺に触れないように気を使っているのだ。そのことに気が付いてから体育は出席しなくなった。


 いじけてそんなことを考えていると、屋上に他の人間がいることに気づいた。


 金髪の女だ。結構美人だ。

 いかにもな座り方でタバコを吸ってる。


「ヤンキー?お姉さん」


 まだ入学して四か月程度なので、知らない相手には上級生と思うことにしている。


「あ?」


 金髪女は、タバコを吸いながら俺を睨みつけた。


「なんだよ、センコーじゃねえのかよ。なんだい、お嬢ちゃん」


 昔のドラマみたいな口ぶりのヤンキーに、思わず笑ってしまう。

 ヤンキーは、こちらの反応に顔をしかめると、ふと気づいたように、


「あれ、今授業中だろ? なにやってんだあんた」

「一緒だよ、私もさぼってんの」


 口調を外部向けに変えるとにっこり微笑んだ。


「見かけによらず、気合はいってんねえ。相当イケてるけど」


 しげしげと俺を上から下まで眺める。

 制服についている校章の色をみて、色が違うことに気づいたようだ。


「あ、もしかしてあんた魔法科?」


 頷くと、ヤンキーはにっこり笑った。


「ちょっと相談あんだけど、どーせ時間あるっしょ?」


 逡巡したが、まあ、暇は暇だ。

 体育の時間、ここで過ごすつもりだったわけだし。


「最近さ、誰かに見られてる気がすんだよ」


 彼女は深刻な表情でそんなことを言った。

 俺は興味をそそられる。


「でも、誰にも見られていない?」

「そう! なんでわかんの?」


 俺はとびっきりの笑顔を見せた。

 面白くなってきた。

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