第4話 魔眼症

 俺は真っすぐに彼の目を見つめて、いう。


「相手を殺すかもしれないから」


 無言でこちらを見る彼の顔が、この言葉を肯定していた。


 ◆


 すっかり辺りが暗くなった。


 とうに下校時間は過ぎているぞと、残っていた教師に追い出されるようにして、俺たちは事務所を出た。ちょうどその時だった。


 どおおおん、という腹に響く重低音が鳴り響いた。


 驚いた様子の鳥たちが飛び立ち、りんりんと羽を鳴らしていた虫たちが、息をひそめた。


「なんだこれ?」


 俺は驚いて顔を上げるが、特に変わった様子は無い。

 方向的には、学園の敷地にある森林地帯だと思われる。

 鎧塚は気にした様子もなく、どんどん俺を置いて歩いて行っている。


「おい!」


 慌てて追いかけて、声をかける。


「気になるなら見に行けばいいよ。どうせ大した理由もない」


 そう言うと、振り向きもせず歩いて行く。

 一瞬考えたが、夜も遅いし、暗くてわからないだろう。だいたいあの森は、結構な大きさなのだ。結局、その背を追いかける。


「薄情者め、俺はうら若き乙女なんだぞ、襲われたらどうしてくれる」

「……男なのか、女なのかはっきりしろ」


 鎧塚が面倒そうにこちらを一瞥する。


「見た目は女だよ」

「はい、はい帰るぞ」


 ◆

 

 学園にはおしゃれなカフェがある。放課後、俺は女子会を開いていた。大義名分としては魔法の勉強会だ。


「いやーやっぱり女子会はいいよな。みんな、かわいいしさ。男どもとは違うわー」

 

しみじみそういうと、思わぬ反応をされた。


「黒木君、だいぶ女子に溶け込んできたんじゃない?」

「え?」

「そうそう、男子特有の変な目線とかないし、若干ガサツだけど」

「そ、そうかな」


 腕組みして考えこむ。

 そういや、ヤンキー先輩の家に行ったとき、女子の部屋なのに何もトキメキがなかったような。

 

 徐々に体だけでなく頭の中のほうも「女化」している・・・?

 怖いことを考えてしまう。


 その考えを払拭するように新作のパンケーキを頬張ろうとした。


 騒がしい一団が入ってきた。ユニホーム姿の男子ばかりのメンバーで、先頭にいるのは、背の高い端正な顔立ちをした少年だ。


 その姿を見て、周囲の女子たちのテンションが高まったのがわかる。

 俺にはわからないが、意外と人気があるらしい。


「げ」


 逆に俺はテンションが下がった。

 少年は、こちらの姿を捉えると、


「黒木さん奇遇だね!」


 と、嬉しそうに声を上げた。

 三日ほど前に、窓から投げ捨てた罪悪感もあったこともあり、なんとなく手を振り返してやる。

 すると、嬉ションしそうな勢いで、こちらに駆け寄ってきたので、パンケーキの皿を手に無言で席を立つ。


「待って」


 情けない声を無視していると、突如、がしっと肩を掴まれた。

 パンケーキを落としそうになる。

 俺はぴたりと歩みを止め、肩越しに酷く冷たい眼差しを送った。

 彼は一瞬たじろいだようだったが、堪えて口を開いた。


「魔法士の黒木れいさんに頼みがあるんだ」

「俺はないけど?」

「オレたちのチームがね、今度地区大会に出るんだ」


 徐々に周りを野球部に取り囲まれる。汗の匂いが鼻をついた。

 なにこれ。罠?


「……みたいですね、おめでとうございます」


 一応先輩だったことを思い出したので敬語を使う。


  ◆


 要は元野球部である、この俺、黒木れいに野球の応援を頼みたいということだった。


――チアの恰好してくれってことじゃないだろうな。


 カフェの一角を借りて、俺とキャプテン――あの告白男は驚いたことに野球部の主将なのである。とひざを突き合わせている。そして、俺が逃げないようにという意味なのか、周囲には野球部部員たちが取り囲んでいる。


「一回戦の相手は、K実業だ」


 近隣の全国大会常連たる強豪校の名を出した。

 なるほどね。勝つために魔法士である俺に、とんでもない魔球でも投げてくれということだろう。


 興覚めした。


「すみませんが」


 そういうと席を立つ。


「……俺は退部した身ですし、いまさら力になれません」

「なら!」


 キャプテンは、勢いよく立ち上がると離れた場所で座る小柄な少年を指さした。


「せめて、彼をトレーニングしてやってほしい!」


 指示された彼は中学生か、小学生かと思うほど体が小さく、自分が話の話題になるとおどおどしている。どう考えても主戦力になるようには思えない。

 意味が分からず訝しんでいると、


「頼みます! 黒木さん」


 今まで黙っていた二年生のイガグリ坊主が叫んできた。

 びっくりするな、もう。突然しゃべるな。


「わかってると思いますが、現代の野球はピッチャーは魔法が使えないと話になりません」

「ま、そうだろね」


 文字通り魔球の投げ合いになっている。

 変化球投げ放題。


「ですが、エースで四番、そしてキャプテンでもある沢木さんが、三日前に突然、骨折しまして。出場すら危ぶまれるくらいなんです」

「……」


 まったく気が付いていていなかったが、キャプテンの右足は、包帯でぐるぐる巻きになっていた。


 内心頭を抱える。


 そういえば窓から投げたっけ。

 三回も告白するからだ。


「試合に出れる状態にありません。もし黒木さんが復帰してもらえれば最高でしたが、せめて、バックアップピッチャーである九郎君を仕上げてもらえませんか」


 先輩なのにイガグリ坊主はやたらと丁寧だった。

 じっと彼の顔を見つめていると、徐々にイガグリ坊主の顔がなぜか赤く紅潮していく。


「え、えーとどうでしょうか?」


 事情は当然わかっているキャプテン男、もとい告白男は、にっこり微笑んでいる。


「……」


 俺は半眼で告白男を睨みつけると、


「わかったよ」


  ◆


 魔法士クラスがある学園のわりに野球部は魔法人材不足らしい。


 そもそも魔法士の数が圧倒的に少ない今の世の中、わざわざ野球をやろうという人自体少ないのだろう。うちの学校の野球部は正直、同好会レベルだ。

 ゆっくりパンケーキも食べられず、俺はベンチで野球部の部活を眺めていた。

 隣には故障したキャプテンこと沢木も座っている。


「うーん?」


 どう考えても、明らかに、完璧に、あの九郎という童顔少年は、みんなの足を引っ張っている。


 魔法が導入されたといえ、基本的に野球というスポーツの本質は何も変わらない。打つ、走る、投げる、守るだ。

 そのうちの一部、ほんのスパイス程度が魔法というわけなので、魔法士といえども、この辺の基礎力がないと話にならないのだが、てんでだめだ。


 走るのも遅い、球はへろへろ、スイングもへなちょこ。精神面も弱そう。


「なあ、大丈夫なのか、彼で」


 一緒に練習を眺めている告白男、沢木に問うてみる。


「オレを除けば、彼しか魔法は使えない。やってもらうしかないんだ。彼には才能がある。大丈夫さ」

「うーん」


 休憩時間になり、メンバー数名が戻ってくる。


「他のメンバーは納得してるのかね?」

「してるさ」


 あっさりいう。


 さすがによくわからない。弱小とはいえ、他の部員だって本気でトレーニングしているんだ。九郎という少年より、ましな球を投げられるのではないだろうか。


「なあ、魔法もある程度制限あるのはわかってるよな?」


 敬語がすっかり剥がれた。俺は一年、彼は三年だがこういう話し方で慣れてしまってるのだから仕方ない。


 野球に魔法は取り入れたが、制限はある。

 魔球ばかり投げられても面白くないためだ。

 球数制限や、魔法士導入数、いろいろな制限がある。


「もちろんさ」


 めげない。


「ほい」


 汗をかきながら戻ってきたメンバーに、タオルを渡してやると、「俺のタオルだ」

「おれがさきだ」「黒木さんは僕のものだ」とタオルの取り合いになっていた。


「うちは弱小だからな、女子マネージャがいないんだ」


 本当にタオルを用意した色黒の男子マネージャが目を細めた。

 なんでマネージャなのに色黒なんだろ、などと思いながら面白半分でいってみる。


「今度、レモンのはちみつ漬け持ってきてやろうか」


 歓声が上がった。


「れいちゃん、最高」

「れいちゃん、れいちゃん」

「下の名前を呼ぶな!」


 顔をしかめながら、怒鳴る。


「……なあ、九郎ってどんなやつだ?」


 メンバーはお互いの顔を見合わせると、口々に言う。


「魔法使いだよ。この間、魔法を見せてくれた」

「いい奴。だけど、ちょっと頼りないかな」

「努力の人ってかんじ」

「ふーん」


 そこまで否定的というわけではないようだ。

 どうも違和感がある。


  ◆


 それから時間が経ち、すっかり日が落ちた。

 ほとんどの部員が引き上げる中、九郎だけはまだ頑張って練習しているようだった。

 小さいし、才能も感じないが努力だけは認めよう。


「あんまり、やりすぎるなよ!」


 俺も帰宅しようとしたが、沢木が一緒に帰ろうとうるさいので、「用事を思い出した」と一旦事務所に戻る。


 しばし作業をして、帰ろうとした。


 突如。

 ずどん。という覚えのある轟音が聞こえた。


「あの時と同じ音……?」


 音はグラウンドの奥にある、やはり森林エリアから聞こえてくるようだった。

 興味半分で近づいていく。


「暗。うーん、仕方ないか」


 自分の指先に息を吹きかける。

 指先の性質が変化し、半導体のように電流を流すと光を放つ性質を持つようになる。そこに体内の魔力を電気に変化させ、電流を流し込むと、指先が光を放ち始めた。


「……疲れる割に光弱いんだよね。懐中電灯もってこればよかった」


 光であたりを照らしながら奥へと進んでいく。

 一番奥には、学園のカップル逢引き場所として有名な大きな岩があった。ちょうどハートぽい形をしている。


 そして、その岩に向かってボールを投げる少年の姿があった。


 ボールがぶつかっている箇所は、大きくへこんでいる。


「わっ」


 光を当てると呻くような鈍い声を彼は上げた。


「君って」


 こちらに振りむく少年の目は、白目がなく漆黒の目をしていた。

 酷く焦ったような素振りで後ずさりしている。


「九郎?」

「ご、ごめん!」


 そういうと疾風のごとく走り出す。


 速い。

 先ほどの練習とはまるで、別人だ。


 俺は本気で魔力を練りこみ、両足に力をいれると爆発的な速度で駆けだす。

 飛翔。魔力で構築した第三の足で地面を蹴る。


 すると森林を抜け、空に躍り出た。スカートを抑えながら落下し、

 空中から少年の行く手を阻む。


「すとーっぷ!」


 彼の進行方向に降り立ち、両手を広げた。

 だが、近すぎた。ほぼ目の前といっていい。


「ええええええええ!」


 さすがに制止できなかったようで、九郎がそのまま俺の胸に飛び込んだ。

 抑えきれず、森の中、押し倒された。


 若い二人はそのまましばし、抱きついたままになり――目が合った。


「ごごごごご、ごめんん!」


 九郎は土下座しながら俺から離れた。

 器用なやつ。


「……」


 さすがにこのまま逃げるのも阻まれるのか、九郎は諦めて木の幹に持たれながら、座っている。

 顔はうなだれているのか下を向いて。

 俺は近づくとすぐ隣に腰を下ろす。


 そして両手で彼の頬を掴むと顔を上げさせた。


「目、開けろよ」


 開けない。

 目をぎゅっと瞑っている。


「……キスでもしてほしいのか?」


 からかうように言うと、諦めたのか目を開いた。

 その目は、白目と黒目がわからず、真っ黒になっている。


「やっぱ魔眼症か」

「……」

「ってことは、お前魔力が弱すぎて、まともに投げられないんじゃないな?」


 魔眼症の原因は、自分でも抑えきれないほどの魔力だ。


「逆だ。魔力が強すぎて、まともに投げられないんだ」


 俺は真っすぐに彼の目を見つめる。


「相手を殺すかもしれないから」


 無言でこちらを見る彼の顔が、この言葉を肯定していた。

 

  ◆


「ごめん、黒木君。だますつもりはなかったんだ」


 ぽつりぽつりと九郎は話し始めた。


「そうだよ、僕は魔眼症だ」


 雨が降ってきたのでハート型の岩の窪みに二人で隠れて話している。窪みは、なかなかの大きさがあるので、二人で隠れても十分な広さがあった。


「子供の頃から魔力が強くて……」


 泣きそうな顔をした。


「小さい時、おばあちゃんの腕を砕いちゃったんだ。ちょっと握っただけだったんだけどね。それ以来、怖くて怖くて。力を抑えてきた。野球は大好きだったけれど、なかなかうまくいかなくて」

「そりゃそうだ。ブレーキとアクセル同時に踏んでるんだから。みんな知ってるってことか?」

「うん。一度抑えきれなくなって、全力でボールを投げたことがあって……250kmくらい出てたみたい」

「それで、彼には才能がある、か」


 告白男の真剣な面持ちを思い出す。


「うまく担がれたな」

「沢木キャプテンは、心配してくれてて、僕はいつも我慢してるから……黒木君ならほら、国家魔法士だし、何とかしてくれるかも。って思ったんじゃないかな」

「夜に発散してそうだけどな」

「し、知ってたの?」


 驚いた様子の九郎をみて笑う。


「みんな、知ってるでしょ? あんな音出してたらさ。それに」


 頭上にあるハート岩を指さす。


「あんまりボールぶつけると、失恋しちゃうよ?」


 二人で笑った。


「ありがとう」


 九郎は付き物が落ちたように爽やかに歯を見せた。


「なんかすっきりしたよ。話せてよかった。なんとかみんなで野球をやろうと思う」

「……二つ方法を思いついた」

「え?」

「一つは、俺が捕手をする。俺なら君の球を取れる」


 二本目の指を立てる。


「もう一つは、俺が君の魔力を制御する。うーんどっちがいいかな」


 真剣に考えこんでいると、


「ほんと、黒木君って良いやつなんだね。で、でもそんな細い手で僕の球を受けたら死んじゃうよ」

「君は俺のことを信用しているのか、してないのかどっちなんだよ」


 片手を開く。

 そして徐々に力を込めていく。


「魔眼なら魔力の流れも見えるだろ?」

「たしかに凄い。僕の球も受けられるかも。でもダメだ、怖くて」

「じゃ、制御してやろう」


 と九郎の手を取ると、まだ雨が降っていたが岩陰から外に出る。

 手を握ったままいう。


「投げてみろ、全力で」

「そ、そういわれても片手握られてるし」

「……そりゃそうか。でも俺、遠隔だと人の制御なんかできないな」


 言われて初めて気が付いたが、俺もとんだ間抜けだ。

 魔法は得意不得意がある。基本的に対象の距離が近いほど得意な俺にとっては、離れた相手、しかも人間の制御は極めて苦手だった。


「どうしようか、鎧塚に相談するか」


 ひとりごちていると、


「よし!」


 突然九郎が大きな声を上げた。

 驚いて彼を見やると、優しくこちらの手を剥がす。


「僕が自分で制御するのが一番だよね」


 その言葉を聞いて、驚き、それから微笑む。


「当たり前だ」


 九郎は頬を赤くさせながら、断言する。


「今から練習する」

「……制御するコツを教えてやるよ。要は――」


 結局二人で朝になるまで練習をしていた。


  ◆


「お前、野球部の応援行かなくていいのかよ。今日試合だろ」


 ある日、教室でうつらうつらしていると、鎧塚にそんなことを言われた。

 ああ、と思い出し、それから九郎や野球部メンバーの頑張りを思い出す。


「ま、大丈夫だろ、行かなくても」

「野球部の彼氏できたんだろ? お前とうとう、男戻るの諦めたか」


 揶揄する様子もなく、淡々と事実を告げるように鎧塚。

 俺はというと、あまりの衝撃に椅子から落ちた。


「ちょ、ちょっと待て。どこから出てきた、そんな話?」


 床から瀕死で死にかけてるゾンビのように起き上がる。


「いや学校中で話題だぞ、お前が男と二人で手つないで、逢引き岩から出てきたって。しかも朝帰り」


 お茶を飲もうとして吹き出す。


 そこかーーーっ!


「めっちゃ誤解だ、それ」

「どこがだ?朝帰り? 逢引き岩?」

「い、いやそれは正しいけど」


 へなちょこの九郎が最後いい感じにボールを投げて、つい嬉しくなって手を握ったまま、走った記憶すら出てきた。


 不思議そうな顔をする。


「じゃあ、本当じゃないか」

「でも違ーーう!」


 俺は絶叫した。

 そのあと、しっかり事情を説明した。

 鎧塚は全部聞き終えた後、うんざりしたように言った。


「だから告白されるんだよ」



---


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