第5話 鉄の女と探し物(1)
俺は探し物が苦手だ。
最初探していたのは消えた両親の行方だった。
「君は探し物が苦手だから探してあげるわ」
魔法士ユース時代、姉のように慕っていた少女は、そういって笑った。
しばらくして彼女もまた、両親と同じように姿を消した。
焦った俺は、友人に頼った。
「探し物が得意になる練習とかないかな」
「魔法というのは得手不得手が明確だからな。お前は、自分の肉体を使う魔法が得意な分、そういった間接的な魔法が苦手なのさ。天性のものだ。諦めろ」
やけに目立つ黒縁メガネを光らせながら友人は話した。
「んなもん、わかんねえだろう!」
反発したが、友人は冷たく俺の目を見返す。
そして酷く落ち着いた声で諭すようにいう。
「他にいくらでも、探し物が得意な魔法士はいるさ。何も苦手なことを自分でやる必要はない」
そういうと両手を広げてみせた。
視線を動かすと、周囲には優秀な若手魔法士の卵たちが大勢歩いていた。当然だ。ここは若い才能ある魔法士の集まる場所なのだから。
確かに、それが頭のいいやり方だろう。
餅は餅屋。
だが、それではだめだ。とかぶりを振る。
もっと探し物が増えてしまうかもしれない。
両親を失い、彼女を失ったことで、俺は他人を巻き込むことを恐れていたのだ。
これ以上、誰かを失いたくない。
「他の手を考える」
この会話の数か月後、俺たちは国立魔導博物館に盗みに入った。
結局鎧塚を巻き込んで。
◆
透晶学園には一学年ごとに2クラス、魔法士のクラスがある。
当たり前だが魔法の授業だってある。
俺は国家資格を持っているのだが、学生として参加は必要だった。内容によっては当たり前レベルものもあり、退屈だったりするのだが、今日は少々勝手が違った。
「ゆっくり飛べよ。高くは飛びすぎるな!危ないからな」
魔法の教師が声を張り上げる。
クラスメートたちは、箒にまたがり空に浮遊する古典的な魔法の練習していた。
生徒たちは思い思いに箒をもち、魔法を唱えていく。
「飛べ! 飛べ!」
「ちちんぷいぷい、フライ!」
「浮け!」
何度も叫びながら徐々に箒の高度を上げていく。
「うわあ」
だがなかなか安定せず、バランスを崩して地面に墜落する生徒が続出する。
一方で、
「浮遊せよ、我が愛馬スレイプニルよ!!」
抜群の安定感で数十メートル程度も浮遊するものもいた。どよめきが起こる。
少々ドヤ顔の鎧塚だ。
――あいつは、ああいう魔法得意なんだよな。呪文のセンスが中二だけど。
現代魔法において呪文の内容はなんでもいい。
ただ魔法の準備に時間をかければかけるほど、効果が高いというだけだ。人によっては地面にわざわざ魔法円を描いているものもいる。
俺はというと手に箒をもちながら、その光景を眺めている。
「黒木さ……君?飛ばないの?」
不思議そうにペアのクラスメートに聞かれる。
彼はぐらつきながらも浮遊に成功していた。
「え、ああ、飛ぶよ」
俺も箒に跨ると、イメージを思い描く。
箒は徐々に持ち上がり、空中に躍り出る。
何の不安定性もない、完璧な浮遊だった。しかし。
「すごい!」
「さすが、プロ!」
地面の方から賞賛の声が聞こえてくるが、俺はぎごちない笑みを浮かべる。
魔法教師が険しい顔をこちらに向けているからだ。
「黒木! 何度も言ってるだろ、誤魔化すな、降りてこい」
そういわれてしぶしぶ降下していく。
「お前のは、浮遊じゃない。ただ不可視の足場を空中に積み上げてるだけだ」
ばっちり指摘されて、舌を出す。
内心舌打ちする。
この教師、いい目もってやがる。
「あ、ばれちゃいましたー?」
可愛く首をかしげて見せるが、
「そんな顔してもダメだ! やり直し。箒を浮遊させて、それに体を預けるんだ」
わかっている。
しかし、できないものはできないのだ。
いまの魔法は、長い見えない足を延ばしただけだったのだ。
浮遊という感覚がわからない。ジャンプならわかる。それは本来人間の肉体でできることだからだ。しかし、浮遊ってなんなんだ?
「すみません、今日は体調が……生理かな」
と額とお腹に手を当てるポーズする。
「できるまで居残りだからな!」
「えええ!」
そう言い残すと教師は踵を返し、別の生徒のところへ向かった。
「大丈夫?」
ペアの少年が気遣うように声をかけてくれるが、冷や汗しか出ない。
「黒木君は、プロなんだし、体調悪いだけだよね」
「うん、まあね」
そういいながらもどうしたものかと思案する。
首元にある首輪を触れていると、小石が頭にこつんと当たった。
上空をみやると、鎧塚が厳しい顔をしながら空中から近付いてきた。
「こんなものに、首輪を使うな」
文字通り上から釘を刺すようにいわれて、むっとする。
「……わかってる、うるせえな」
まったくこいつは、いちいち細かくて、うるさい男だ。
「わかってないから言ってるんだよ」
魔法には得意不得意がある。
そう俺にはできないことが多いのだ。
魔法士にもなれなかっただろう。首輪がなければ。
「戻れなくなるぞ」
耳元で短く囁かれる。
「もう……遅いかもしれないけどね。結構使ったし」
おどけるようにいうと、鎧塚に耳たぶをひっぱられた。
「あほかお前!」
突然授業中に大声を出した鎧塚に、場がしんと静まり返り、そして慌てて教師が「どうした!」と彼の背を追いかけて行った。その姿を俺は眺めていた。
◆
俺は、教頭に呼ばれて職員室の横にある会議室というところに来ていた。
十数人は入れる大きな空間だ。
昼休みに使っていたのか、うっすらコーヒーの匂いが漂っている。
「あいつ、来ないつもりかよ」
呟く。
基本俺と鎧塚は二人で行動していることが多い。特にこういう依頼絡みはそうだ。
制服のポケットからスマホを取り出し、確認するが何も連絡すらきていない。
――全くサボりかよ。
もうすぐ時間というのに何もアクションがないことに、頭にきて、電話をかけようとしたが、やめる。
自分ひとりで依頼を対応できないことを認めるようなものだ。と思ったからだ。
ため息をつくと、部屋にある椅子に腰かける。
すると、がらっと音を立てながら部屋の扉が開き、大人たちが入ってきた。
教頭に、そして理事長だ。
理事長は相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべている。
「やっほー、れいちゃん。相変わらず美人だねー」
「……どーも」
一応挨拶しながらも目は合わせない。
この首輪を盗んだのに不問にしてもらった恩はあるが、そのあとはこの男のいい様にされている感があるのだ。感謝する気になれない。
「連れないなー、ほら、笑ってー」
ぴょこぴょこと変な動きをしながら近づいてくる男を冷たい目で眺めていると、
それよりも冷たい氷のような声が響いた。
「理事長。いつまでもふざけてないで、しっかりしてください」
凛とした声を発するのは教頭だ。
正直苦手だ。絶対学生時代は風紀委員だったに違いないと思わせる完璧な立ち振る舞いと、きびきびとした動作の女性だ。初老に差し掛かる年齢だろうが、背筋はピンと伸び、その年齢を感じさせない。
「あなたも我が校の顔として相応しい格好をなさい、みっともない」
こちらの方に視線を移すと、たるんだ首元のネクタイや、スカートの捲れなどを指摘される。
それを一応は直しながら、
「えーと、知らないかも、いやご存じないかもですが、私は一応男でして、事情があって女になってますが」
全く事情を知らない人間が聞いたら、きっと何をいってんだとおもうだろうなと、考えながら説明しようとする。
「知ってますよ、あなたことはよーく。理事長から聞いてますから」
そういうと理事長の方を一瞥し、
「ですが、そんなこと関係ありません。男でも女でも、由緒ある……」
くどくど。
長い説教が繰り広げられたが、あんまり聞いてなかったので割愛。
「まあ、これくらいにしときましょうよ、教頭」
だんだん飽きてきたのだろう眺めていた理事長からそんな声が上がった。
「まあ、いいでしょう。あまり時間もありません」
そんなことを言いながら咳払いをする。
――だったらさっさと始めろよな。
そう思ったことをおくびにも出さずに、微笑む。
この辺は女になってから上手になってきたところだ。男だったら絶対文句言ってたな。相手が大人だろうが、教師だろうが。
ああ、俺も大人になったものだ。
「折り入ってあなたに頼みたいことがあります」
教頭は俺の真逆のある席に腰かけると、真面目な顔でいった。
「学内で行方不明になった、ある女子生徒を探してほしいのです」
それを聞いて黙って目を瞑る。
俺は探し物が苦手だ。いくら魔法が使えても通常の人間ができることを拡張する俺の魔法では、限度があるのだ。
だいたい、俺がプライベートで探している両親と、姉のような少女はまだ見つけられていないのだ。それをいくら依頼だからといって、第三者の人間を簡単に探せるものではない。
断ろうと決めて、目を開く。
「正直、厳しいですね。私は何かを探すことが得意でないのです」
そのとき、目の前の光景を見て驚いた。
鉄の女である教頭の目からぼろぼろと涙がこぼれたのだ。そして席を立つとこちらの方へ歩いてくる。
「わかってます。しかし、警察も魔導官も捜査を打ち切った今、頼れるのは民間の魔法士のみなのです」
「……でもなぜ俺なんですか? 他にももっとすごい魔法士はいるでしょう?」
思わず素の話し方で問うてしまう。
彼女は一瞬迷うようなそぶりを見せたが、
「魔導官が断念した捜査を引き継いでくれる魔法士などあまりいません。顔の広い理事長に相談したところ、紹介されたのが黒木れいさん、あなたなの」
ジト目で理事長の方をみやるが、素知らぬ顔だ。
「あなたはまだまだ魔法士としてはひよっこだけれども、いつも一生懸命で、人のために行動していると聞きました。私はそんなあなたに賭けたいのです」
そう言われて悪い気はしない。
「……しかし、一生徒のためによくそれだけ頑張れますね。いくら教師だといっても」
そういうと彼女は首を小さく振った。
「いえ、これは私の教師としてではなく、個人的なことなのです」
「?」
彼女は、俺の手をぎゅっと握り締めた。
「あなたのような年頃の娘をみると、いつもあの子を思い出します」
「行方不明の女生徒というのは、私の娘なのです」
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