第6話 鉄の女と探し物(2)
結局依頼は受けてしまった。
しかしながら、俺は教頭から渡された娘の情報が整理された分厚いファイルを受け取ると、そのまま途方に暮れていた。
目上の人間に何度も頭を下げられて、教頭の涙をみて、断るに断れなかった。
いや、とかぶりを振る。
――俺も同じ気持ちがわかるからか。
親がいなくなった。
あの時の不安さは、言葉で言い表せられない。
大事な人が突然いなくなった不安さは。
昔を思い出す。
いつものように小学校から自宅に帰ってきたとき、いつも出迎えてくれるはずの母親がいなかった。
自宅のドアは固く閉ざされ、窓から見える部屋の明かりは暗いままだった。
俺は母は出かけているのかと友人の家で遊ぶことにした。
やがて、夜になり、友人の母親が迷惑そうなので自分の家に戻ったが、やはり母親はおらず、そして父親もそのまま帰ってこなかった。
玄関で何度か夜を明かし、何度も同じ服で学校に通ったことで教師が気づき、騒ぎになった。
昼休みの終了を告げるチャイムを聞きながら、歩き続ける。
俺は施設に預けられ、魔法の才能を認められて――魔法士ユースに入った。
満足いくような大した才能ではなかったのだけれど。
そこで姉と慕う少女と出会い、彼女に両親を探していることを打ち明けた。
「だったら私が探してあげるよ」
彼女は輝くような笑顔で親指を立てた。
また再び両親と彼女に会えるだろうか?
そして女になった自分をみてどう思うだろうか?
馬鹿なことをしたと罵るだろうか。
助けようとしたことを泣いてくれるだろうか。
感傷にひたりながら、ぼんやりと歩いていると、いつの間にか校舎を出てしまっていたらしい。
中庭を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あれ、黒木ちゃん。またサボり?」
振り返ると金髪の制服を着た少女が歩いていた。
今日はタバコではなく、甘そうなイチゴの紙パックジュースを飲んでいる。
「ヤンキー先輩」
「誰がヤンキーだって?!」
半分怒り口調、半分あきれ口調で言ってきたのは、先日知り合った金髪ヤンキーの先輩だった。
名前はちょっと忘れた。
そんなことを思っていると、心の声が通じてしまったのか、ヤンキー先輩は嫌そうに顔をしかめた。
「あんた、まさか、あたしのこと忘れてる?」
「……そんなことありませんよ」
顔を背けながら思い出そうと自分の脳内を探しまわる。
そして思い当たる。
「タバコの臭いで反射的に言っちゃっただけで……まり、さん」
「まりえだよ! 忘れてるじゃん!」
惜しい。あと一文字足りなかった。
「まりえ。って言いましたよ」
明後日の方向に顔を向けたまま、バレバレの言い訳する。
「しれっと嘘つくなよ、ばれてるんだから……ところでどうしたの? そんな顔して……なんかあった?」
と気遣うように言うと俺の頬をつついてきた。
思わずドキリとする。自分の顔が見えていたならば、赤くなっていたかもしれない。
「あんた美人なんだからさ。その憂うような表情、破壊力あるんだよ」
「……」
何と説明しようかと黙って考えていると、
「男にはそんな顔見せるなよ。ま、とにかく話しよう」
そういうと勢いよく手を引っ張られる。
「ど、どこに」
「行きつけのサテン行こう。どーせあんたもサボりでしょ」
「サテン?」
◆
喫茶店だった。学校への行き道に見かけるが、誰も入っているのを見たことがない系の店だ。
チェーン店のカフェと違って、珈琲と煙草の臭いが濃厚で大人ぽくてなんだか入りにくい。
今も誰もおらず、がらんとしている。まあ、授業中なのだから当然かもしれないが。
マスターらしき初老の男性も素知らぬ顔だ。
だからこそ、このヤンキー先輩が常連なのだろう。
マスターにコーヒーを二人分注文し、テーブルに届いたところを見計らって、
「んで?」
先輩は、にっかり笑う。
その眩しい笑顔に一瞬、姉と慕った彼女を思い出しながら、「なんでもない」と首を振る。
「ちょっと鎧塚と喧嘩しちゃって」
「あーあの太目の彼?」
言われて思い出したように頷くと、急に声を潜め、とんでもないことを聞いてくる。
「もしかして……好きなの?」
思わず飲みかけたコーヒーを吹きそうになる。
むせながら非難の声をあげる。
「な、なんでそうなる!」
「いや、だってそんなかんじだったし」
からかったという表情でもなく、真面目にそういわれて、気づく。
――そういや、この人、俺が男って知らないのか。
説明しようと思ったが、先日この人の家で泊ったことを思い出す。
今更、自分が男だと説明したらしたで、ややこしそうだ。
黙りこくったことで余計に勘違いさせたのか、
「まあ、恋には色んな形があるよね。見た目だけじゃないか、うん。頭良さそうだよね、彼」
うんうんと勝手に納得しながらそんなことを言う。
「だから違うって! ああもう」
話を変えるためについ話してしまう。
巻き込んではいけないのに。
「……ちょっと厄介な依頼を受けることになってしまって。先輩の知り合いに探索魔法が得意な人とかいませんかねー?」
「依頼? ってあたしみたいな困った人がいるのか。うーん、どうかな、あたしはほら、魔法士クラスじゃないから」
それもそうかと、頷く。
別に断られても問題ない。他に当たるだけだ。
他の心当たりを考えていると、
「あー」
と先輩は口を開き、また黙り込む。
よくわからず、先輩の顔を見つめていると、ひどく気が進んでいないという様相で言った。
「あてはあるよ。使いたくはなかったけど」
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