第7話 鉄の女と探し物(3)
オレの名前は、沢木光太郎。
透晶学園の三年生で、魔法士クラスだ。幼い頃は魔法の才能を認められていたのだが、この学園に来て上には上がいることを思い知らされた。
初めて教わるような魔法を初見でこなすような者。
魔法で通学してくるような強大な魔力を持つ者。
魔法甲子園で優勝するような者。
そして最年少国家魔法士になる者。
親の期待はもちろん、国家魔法士になることだ。
だが、現実はどうか。
活動的な魔法が得意ではないせいで、魔法の試験の点数はあまりよくない。
特に実技のほうはひどいもんだ。
しかし、国家魔法士といっても、全員が全員、戦える人間ばかりではないのではないか?
例えば、上の立場なら戦うことよりも戦況や敵を分析して、正しい一手を打つことのほうがはるかに重要ではないだろうか。
そういう意味では、オレはこのクラスでも上位の魔法士だといえる。
特にその圧倒的分析力には自信がある。
日常のちょっとしたことにも誰よりも早く気付くことができる。
例えば、クラスの女子。
窓際の彼女は、昨日毛先を三センチ整えてる。
クラスで目立つ位置にいるバスケ部の彼女は、靴下の色が曜日ごとに決まっており、今日は黒の日だ。
魔力の揺らぎで、彼女たちの体調変化もわかっている。今日あの子は、体育を休んでいたが、ちっとも体調は悪くない。すこぶる好調だ。
オレは知っている。
――オレはやればできる子だ。野球だって高校からやり始めて、今はキャプテンをやっている。魔法だってうまく行くに決まっている。
突然クラスがざわつき始めた。
「ん?」
誰か珍しい客が教室に入ってきたらしい。
誰が入ってきたのかと注目し、そしてその姿を見て、思わず立ち上がる。
教室に入ってきたのは、一人の少女だった。
長く輝くような髪を靡かせながら、切れ長の瞳をどこか眠そうにしている。
意外と身長も高いので、余計にその存在感が際立っている。
彼女は教壇で立ち尽くす。
スカートと紺の靴下の間の肌が、白く目立っていた。
「……」
ざわざわと教室中が騒然となる。
「なんだなんだ」
「あの子、めっちゃ可愛い。あんな子いたっけ」
「例のあの子じゃね? 国家魔法士の」
「あんな美人なの?」
上級生のクラスにいきなり入ってきて、全員の注目を集めながら堂々と胸を張る。
「いきなりすみません。用が済んだら帰ります」
と頭を下げて謝ってはいるが、どこか偉そうな態度だ。
よく知っている彼女の姿に、ふっと口元を緩めてしまう。
しかし、その態度をよく思わない者も当然いる。
「あんた、下級生よね、いきなり何?」
学級委員に良く名乗り上げる女子が突っかかった。席から立ちあがると、つかつかと歩く。
そして威嚇でもするように教壇に片足を載せる。
その周囲には取り巻きの女子たちがおり、せせら笑う。
「ビビッて声も出ないよ、この子」
いや。
君たち、相手にされてないよ。
と内心失笑した。
事実、彼女はそれには目もくれず、チョークを手に取ると黒板に手早く大きな円を描いた。
ぱんと音を立てて両手を合わせると目を瞑る。
「回廊よ」
瞬間、
彼女は消失した。
電灯のスイッチでも切るようにぷつんと。
消えたのだ。
「え」
クラス中の視線を掻い潜り、彼女の魔法は姿を消すことに成功していた。
魔法士クラスの名が泣くぞと思うほど、誰も彼女のトリックには気が付いていなかった。
「はあ? な、何しに来たのあの子」
教壇に足を乗せたまま、彼女に突っかかった女子が叫ぶ。
完全に見失っている。
「えー何々、どうしたの? マジックショー?」
「おい、どこだ、探せ探せ」
騒然となり、暴く魔法を手当たり次第かけるものが出る中、オレは冷静に彼女の姿――いや、魔力を探ることに成功していた。
現代魔法としては妙に仰々しい魔法詠唱だったが、人の視線を集めるという狙いがあったのでは、と推測する。
光の屈折角を魔法で歪めて、透明になった彼女は単純に歩いて、廊下に出ただけだったのだ。
オレは無言で松葉杖を手に取り、教室を出ると、廊下を歩み、しばらく道なりに歩く。
「楽になれ」
体を支えるサポート魔法を口の中で唱え、松葉杖で床を叩くと、ふわりと体が浮き、一番奥にある階段の踊り場まで足を踏み入れる。
そこには挑戦的に腕組みしている彼女がいた。
オレの姿を見届けると、彼女は片方の眉を上げて見せた。
「へえ、キャプテン、なかなかやるじゃん。あんたが一番か」
と彼女、黒木れいは不敵な笑みを浮かべた。
ふっとオレも笑う。
髪をかき上げながら、壁ドンする体勢に入る。
「……黒木さん。やはりオレたち付き合わないか――うえっ!」
れいの脇から現れた女子生徒をみて言葉を失う。
「まりえ……」
金髪で端正な顔立ちをした同級生が、ものすごく嫌そうな顔でこちらを見た。
「何だよ、その顔」
若干傷つく。
まりえは、親し気にれいの肩をぽんぽんと叩く。
「これが、そのあて、だよ。女性を見る能力だけ、は高い」
「なるほど、これ、が元カレですか」
「いやーひどいな、二人とも。これ、扱いだなんてーははっ」
乾いた声で笑う。
後ずさりしながら。
「光太郎、黒木ちゃんの頼みきいてあげて。でないと、昔のこと全部バラすよ……あんた、この子に三回も告白したんだって? 今のが四回目か?」
小声で囁かれて、一筋の汗が流れるのがわかった。
「な、何かな?」
半笑いで、れいに向き直り、尋ねる。
「手伝ってほしいことがある。あと、人捜しの得意な人、知らない?」
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