第8話 鉄の女と探し物(4)
放課後、事務所に入ってきたのは、二人だった。
金髪ヤンキーまりえに、野球部の沢木キャプテン。もともと付き合っていたらしい二人は、微妙な距離感を保っていた。
人探しの得意な人、ということで魔眼の九郎を連れてこようとしたらしいが、インフルエンザで休んでいるらしい。
言われてみれば、魔眼ほど何かを見る、ことに適したものはない。残念だ。
――結局巻き込みたくないとか言いながら巻き込みまくってるな。
微妙に離れた場所に座る二人を見ながら、そのように自嘲する。
その心に芽生えた罪悪感を振り払うように、こほんと咳払いする。
「一応言っておくけれど、あくまで俺が受けた依頼だから。嫌だったら抜けてほしい。まあ、強引に引き込んでおいて、あれだけど」
二人の反応がどうなるか、不安に思いながら、そう説明する。
すると。
「いいよ、ここまできたら一蓮托生」
まりえが第一声を発する。
「オレも同様だ。美女二人の頼みは断れない」
沢木のほうもあっさり承諾した。
そのように二人から言われて、少々嬉しくなる。
苦手な人探しの依頼を受けてしまって、やはり不安な気持ちもあったのだと認める。
鎧塚のやつとは大違いだ。
鎧塚はいない。事務所に入った時、部屋が暗かったのですぐわかったけれど。
まったく、あいつどこいったんだよ。
内心苛つき、長い髪を何度もかき上げる。
「ところで黒木ちゃん、俺っ子だっけ?」
まりえが首をかしげるが、その質問はスルーする。
今ここで俺の話をするとややこしくなる。
「ありがとう」
微笑んで誤魔化す。まりえは少々怪訝な顔をしていていたが、追求はしてこなかった。
そして説明口調に切り替える。
「えーここから話すことは他言無用になります。いいですね?」
プロジェクターを引きずり出し、白い壁に投影する。
「よっ、先生。何を教えてくれるのかな?」
「うっさい」
とにかくチャラいキャプテン。だが、重くなりそうだった空気を変えてくれたのに違いない。
そう思っておこう。
「ね、タバコ吸っていい?」
「禁煙」
すっかりニコチン中毒のまりえを、呆れながら注意する。
「ま、説明するよ」
スマホに作成しておいた説明資料を起動させて、その映像をプロジェクターに投影する。
・目的
教頭の依頼で、この透晶学園で消息不明になった少女を探す。
・行方不明になった女生徒の情報
氏名、氷藤友里。
生きていれば、現在二十七歳。
合わせて氷藤友里の当時の写真も写す。黒髪の大人しそうな少女といった印象だ。
「氷藤って……」
「そう、氷藤教頭の娘らしい」
この学園の生徒なら必ず気が付くだろう苗字だ。常に冷静沈着で冷たい印象の教頭にぴったりな名前として認識されている。
・プロフィール
彼女もまた学生時代に国家魔法士になった秀才。
教頭自身、強力な魔法士であるが、娘である友里もそれに負けない魔法士だったという。どちらかというと実務家というよりは研究者タイプで、高校生ながら論文の発表をしており、その研究が評価されたということだ。
「気なるのは、その論文だ」
当時、友里が書いていたとされる論文についても触れる。
テーマは、空間転移魔法の再現について。
空間と空間の間にある亜空間の存在。
亜空間に入ったり出たりすることで、空間を飛躍することができるのではないか。
幾度となく行った実験において、亜空間に作用はできたが、戻ることができなくなった。
亜空間に入った物体は、特定条件を満たすことで一時的にこちらの世界でも見ることができたが、触れなかった。と結論付けられている。
現在は魔法士の数名は空間転移に代表とされる空間魔法を実用化しているが、当時は禁呪を併用しないと空間魔法は使えないのではとされていた。
この論文テーマが要因で、友里は空間魔法を試すうちに亜空間に入り込み、抜けられなくなったのでは?という憶測を呼んだ。
「この教頭からもらった資料には書かれていないが、実際、学生も、捜査員も数名失踪しているらしい」
「それってどこからの情報?」
「理事長だよ」
自分のスマホを振る。
理事長が極秘情報というタイトルのメッセージを送ってきていた。
その中の記載の一つだ。どういうつもりでこんな情報を送ってきたのかはわからないが、嘘ではないだろう。たまにそういうことをする男だ。
教頭の集めていた情報にはなかったが、娘以外のことは興味がなかったのかもしれない。
旧校舎の魔法研究室での目撃を最後に失踪。
他にも、いくつか学園でのエピソードや、家庭状況なども伝えるがあまり参考になる情報はない。
「当然だが、当時警察や魔導官も懸命に捜索し、断念している。一応細々とだけど、十年捜索は続き、先月打ち切られたと」
「それで黒木ちゃんに依頼がきたと」
まりえの確認に「ああ」と首を縦に振る。
「光太郎、女子の捜索なら、あんたなんかわかるんじゃない?」
「無茶言うなよ! 流石のオレでも会ったこともない娘のことまで探せねえ」
「会ったことあったら探せるのかよ」
「黒木ちゃん、君がいなくなったときは、オレがきっと見つけ出すよ」
「はいはい……」
軽口の多い沢木を躱す。
「旧校舎っていったら、あれだよな」
と三人は目くばせをしあう。
「学園三十七不思議の一つ、まねきさん」
旧校舎で夕方ごろみられる現象で、誰もいないはずの教室から誰かが手を振っているようにみえる。しかし、実際に行ってみると誰もいない。
「この旧校舎だけど、色々噂はあるみたいだよ」
なにやら調べてきたらしくまりえが得意げに話し始める。
旧校舎は、学園でも端の方にあり、様々な噂がある場所だ。
学園三十七不思議のうち、大半がこの場所起因であったりする。
真夜中の人魂。
真夜中に揺れる炎を校舎内で目撃したという証言が数多くある。
単なる魔力漏れという説が有力で、大した騒ぎにもなっていないのだが。
かつての大戦時代の研究施設だったとか、人体実験をされていて不死者が呻いている。やばい禁呪が埋められているなど、噂には枚挙がない。
「実際、たった十年で使用をやめて、今の新校舎になったらしいよ」
だから何か隠されてているはず。とまりえは説明を締めくくった。
「旧校舎で失踪したんだし、失踪者も出てるなら、まずここを調査じゃない?」
「まーそうだろね」
「黒木ちゃんは、魔法士だし、参考にしたいんだけど、今までどうやってこの手の捜索をしてた?」
沢木キャプテンが問うてくる。
俺はぎごちない笑みを返しながら、答える。
あまり聞かれたくなかった質問だ。
「まーあんまりそういうのはなかったかなー」
だいたい初動計画は鎧塚が立てるのだ。
自分は行動係。
こちらの心の内までは読まれなかったらしく、沢木はあっさり頷いた。
「そっかー。とりあえず、現場見に行くか」
◆
失踪した氷藤友里子が最後に目撃された場所に三人で出向く。
彼女の失踪の手掛かりがないか。
もしくは旧校舎にあるとされている秘密の地下迷路、大戦時の実験設備を探す。
散々警察や魔導官が調査した場所だ。
今更何かあるわけない。しかし、何も手掛かりのない現状ではここに訪れるしかなかった。
「ここだね」
旧校舎の一階にある魔法研究室の中に入る。鍵は教頭に話し、既に借りている。
木造校舎であるため、歩くたびに、ぎしぎしときしむ音を立てる。
「ひっえー壊れそう」
魔法研究室は、長年使っていなかった、すえた独特の臭いに交じり、薬品臭や魔法の触媒香など、複雑に混ざり合った臭いが鼻をつく。
「うええ、これ黒魔法ってやつ?」
まりえが嫌そうな顔をした。
さそり、蛙や蛇といったいかにも魔法の触媒ともいえるものたちが、ビンの中に入れられて鎮座している。
視線は送るものの、大して詳しくもないのでスルーする。
「俺たちは慣れっこだな、この臭いは」
と沢木に視線を送るが彼は顔を青くしていた。
俺は意外に思いつつ、声を掛ける。
「何だよ、苦手なのか秘薬臭」
「さ、さほど得意じゃないかな……窓を開けよう」
と窓の方へ歩んでいく。
それを眺めながら気を取り直す。
そんなことよりも、失踪の痕跡でも見つけないと依頼解決にならない。
「こうも魔導具があると余計に混乱するな」
魔力の残渣を見ていると目がちかちかしてきた。
部屋のいたるところから魔力が放たれているのだ。
「オレは正直わからんな。道具の魔力は感じ取れない」
がたがたと窓枠を揺らしながら言ってくる。なかなか開かないらしい。
彼のフラストレーションが伝わってくる開け方だ。
「あんたは女子の魔力しかわかんないんでしょ、きも」
「キモイとはなんだ、泣くぞ」
「泣けば?」
キャプテンとまりえの夫婦漫才を聞きながら、俺自身でも当然継続して、魔力の流れは見ていた。
ふと脳裏によぎる。
鎧塚がいうには、
「黒木は勘がいい。それが武器だ」
そういわれて口を尖らせる。
「なんだよ、間接的に馬鹿だといっているんだろ」
「いいや、僕は論理でしかたどり着けないが、お前はそれを飛躍できるということだ」
そんなことを思い出しながら、魔力の流れを追う。
勘といわれてもな。こっちはいっつも真剣にやってるだけなんだよ。
もっとも強い力はどこだ。その力の方向はどちらだ。魔力の流れが集まる中心地はどこだ。
魔力を発する魔導具が多すぎて混乱してきた。さらに魔力を吸収するもの、増幅するものまである。
だいたい、俺は探し物が苦手なんだよ。
「窓が開かない、す、すまない。黒木ちゃん」
足元をふらつかせながら沢木が教室から出ていくのを脇で見ながらいう。
「無理すんなー」
「あれ! ちょ、ちょっとこれ」
素っ頓狂なまりえの声が響く。その声に真剣な物を感じて彼女のもとへ急ぐ。
「これ、黒木ちゃんのなんていうか、チョーカーに似てる」
とまりえの視線が俺の首元と、置かれた魔導具を行き来していた。
その指差された魔導具に駆け寄る。
つるりとしたガラスの球体の中に収められたその魔導具は、たしかにこの俺の首を縛る魔導具にそっくりだった。黒いレザーで作られたこの首輪は、人が人を奴隷として縛り付ける印象を与える。これとそっくりなものを俺は身に着けているのだ。
その魔導具を見た瞬間、背筋がぞくりとした。
魂を奪われるような気持ちになりながら、震える手でその球体に触れる。
「ラモーレデソーサラー?」
ガラスを鎮座させている台のプレートを覗くと、そのように刻まれていた。
魔女の首輪。
そう勝手に呼んでいた。
いや、国立魔導博物館にだって、魔女の首輪という銘で書かれていたのではなかったか?
何年も何年も手掛かりを探していた。
外れなくなって、徐々に俺は女の姿になっていき、理事長と取引して、この学校で魔法士をやることになり――
それがまさか。
こんなところに手掛かりがあるなんて。ガラスは簡単に外れそうにない。バレないように中身を取り出せないか、ひっくり返して構造をみる。
そのとき。
突如、浮遊感を感じた。
「え?」
頭がぼんやりとして何も考えられなくなる。
上下左右、どちらを向いているのかわからなくなり、落ちているのか、浮いているのかすらもわからなくなる感覚に襲われる。
ぐるぐると周り、速度が遅いのか早いのかさえわからない。
上昇しているのか、あるいは下降しているのか。
「黒木ちゃん!」
まりえの声とともに腕を強く引き寄せられる感触。
そして暗転した。
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