第9話 鉄の女と探し物(5)
両親がいなくなって預けられた施設は、自分と似たような境遇の少年、少女たちが集められた場所だった。他のそういった施設と違ったところは、全員なんらかの魔法の素養があったことだ。
だけど俺は馴染めなかった。
というかそういう境遇に突然陥ったことを受け入れられなかったのだ。
友人は作らないことにしたし、
先生も遠ざけたし、
学園長も無視した。
俺にはやることがあったのだ。
両親を探すという。そのためにやることが多くて、結果的に遠ざけてしまった。
――両親は自分を置いていったわけではない。
そう確信はあった。事件に巻き込まれたのに違いない。
父も母も、強力な魔法士だった。魔法絡みの事件だ。確実に。しばらくは待つことにしていた。ひょっこり何事もなかったように戻ってくるのだと信じて。
しかし、数か月が過ぎ、一年が経とうとしたあの季節。
俺は待つのをやめた。
運命が俺を一人にするのなら、それに逆らって見せる。
だから無駄な付き合いをやめたのだ。
だが例外が二つあり。
鎧塚という黒縁メガネのやつとは、話すことがあった。
奴は俺と同じようにいつも一人で過ごしていた。
ただし、最初、奴とは友達ではなかった。捜索魔法の習得のために利用していただけだ。
鎧塚は同い年とはおもえないほど、老けていたし、博識だった。
彼の持つ大戦時魔導具図鑑という本に、俺の課題を解決できそうな魔導具が掲載されていた。
あと一人。
「れい」
友人というには年上で、先生というには若すぎる少女がいた。
名を「ミチル」といった。
まあ要するに俺より先に生まれたというだけの関係だ。俺の態度を見て、周囲の人間はみんな、愛想をつかしていったが彼女は違ったのだ。
人懐っこい彼女はやたらと俺に話しかけてきた。
俺が一人で魔法のトレーニングをして、力尽きて運動場でぶっ倒れていると決まって彼女は現れて、俺のそばにしゃがみ込むと、にっこり微笑み、こういったのだ。
「れい、晩御飯にしよっか」
「……ああ」
「ね、なんであんなにトレーニングしてるの?」
「別に」
「なんでよ」
「なんでもねえよ、うるせえな」
「れい、晩御飯にしよっか」
「……ああ」
「ね、なんであんなにトレーニングしてるの?」
「さあな」
「れい、晩御飯にしよっか」
「……ああ」
「その図鑑、鎧塚君のでしょ」
舌打ちする。
「なに、その態度。態度悪」
「うるせえ」
「れい、私のお父さんとお母さんはね、もう死んじゃったの」
「……そうか」
「れいのお父さんとお母さんはきっと生きてるよ」
「なんでわかるんだよ」
「わかるもの」
「……」
ある日、俺が施設を脱走しようとして失敗し、教師に捕まった。
反省室として使われていた部屋に俺は閉じ込められたところに、彼女はやってきた。
「れい、私、外に出れるの」
「あっそ。なんだよ、自慢?」
苛立ちながら俺はいう。強力な魔法牢は破れそうになかったのだ。
しかし彼女にからかうような色はない。
「れいのお父さんとお母さんはきっと生きてるよ」
「わかんねえだろ」
「君もそう信じてるから頑張ってるんでしょ」
「……」
長い溜息をつく。
「意味ねえよ、外に出れなかった」
「だったら私が探してあげるよ」
彼女は輝くような笑顔で親指を立てた。
「れい。これだけ私は君の名前を呼んでるのに、君は呼んでくれないよね」
「……」
「れい」
「み」
「なんだって?」
◆
「黒木ちゃん」
「黒木ちゃん」
「起きて黒木ちゃん!」
切羽詰まった女の声が聞こえ、覚醒する。
「」
夢の中の少女の名前を呼び掛けて、口をつぐむ。
「……おかしいんだよ、何も見えないし、体が動かない」
すぐ近くにまりえの声がする。
「暗っ」
目を開き、全く何も見えない状況に気が付く。
どういうことだ。先ほどまで教室の中にいたはずなのだが。
あの教室は木造で隙間から光が差し込んでくるような場所だった。このように完全な暗闇にするのは大変だ。
「照らせ」
魔法で自分の手を発光体に変える。その瞬間、淡い光を放ち始める。
一時的な効果しかないが、当面の明かりとしては問題ないだろう。
「先輩、だいじょう」
大丈夫か、と言いかけて言葉を失う。
まりえの様子が変だ。息苦しそうに肩で呼吸しており、そして姿に違和感がある。
なんというか説明がしにくいのだけれども。
「……おかしいんだよ、何も見えないし、体が動かない」
泣くような笑うような声で彼女は同じことを言った。
俺は思わず天を仰いだ。
彼女の体の下半分が見えなくなっていた。
いや、違う。
「わからないよ、どうなってるの?」
彼女の下半身が壁の中にはいっているのだ。壁から人間が飛び出すように下半身だけが壁に飲み込まれて、上半身だけが壁の外にある。
思い当たるのは、一つだ。
「空間転移……?」
あの奇妙な浮遊感は、味わったことはなくわからないが、空間転移したときの感覚なのかもしれない。
そして転移に失敗し、壁の中に入ってしまった。そうは考えられないだろうか。
俺は片膝をついて、まりえを驚かせないように耳元で囁くようにいう。
「先輩、ゆっくり目開けれる?」
「えええ?……見えた。え、あたしどうなってるの?」
戸惑っているようだった。
当たり前だ。突然全く違う場所に移動させられ、下半身が動かないのだ。動じないほうがどうかしている。
「あ、足が動かない」
「わかってる」
周囲に視線を巡らせる。
石造りの頑丈な壁に囲まれた部屋のようだった。
あの鼻につく秘薬の臭いが消えているものの、代わりに動物のような臭いと、汚物とそれに類するものの臭いがする。
人間が住んでいたのか、生活用品がいたるところに散らばっていた。
本棚があり、そこに本もある。
「人間がいる可能性がありそうだが」
置いてある情報を調べる。
薄暗い中、なかなか見づらいが十年前の発行日の本だ。一般的な市販の本のほかに、透晶学園の教科書らしきものもあった。
内容はどれも魔法に関するものだ。
「氷藤友里か……?」
魔法の中でも空間魔法に関する書が多く、その可能性は十分に高いと考えられた。
――一旦ここから脱出するほうが良いか。
スマホを取り出すが圏外となっていた。助けは求められないか。
通信系魔法は習得できていない。
もう少し調べてみたい気はしたが、まりえの状況が良くない。
彼女の様子を伺うとかなり体力を消耗しているように見えた。
まりえから少し離れた壁に向かい、力を込める。
「壁を壊して助けるから安心して」
「だ、大丈夫なの?」
「ああ」
力強く頷くと思い切り、強化した蹴りを叩きこんだ。
爆音が鳴り響いたが、壁は壊れていない。傷一つはいっていないようだった。
「なんだこれ。俺の蹴りは、鉄骨も折るのに」
何度か蹴りを入れてみるがびくともしなかった。
さてどうしようかと思案していた、そのとき。
ずるずると這うような音が聞こえてきた。それと共に猛烈な悪臭と邪悪な気配が空間を満たしていく。どう考えても、どう感じても碌なもんじゃない。
「くそが」
俺は悪態をつくと、まりえを勇気づけるように無事な手をぎゅっと握り締めた。
「きっと助けるよ、ちょっと待ってて」
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