第13話 鉄の女と探し物(9)

 教頭の突然の登場、そして彼女の衝撃的な言葉に俺は唖然とした。


「あんた必死で娘を探してたんだろ? それが見つかったけど怪物になっていたから殺すだって?」

 理解できないとかぶりを振る。


「そうじゃない、黒木さん、あなたも見たでしょう。あの子にはもう理性が残ってない」


「だったらせめて、親として殺してあげるべきでしょう?」


 その言葉をやはり理解できず、氷漬けになった氷堂友里に視線を移す。

 魔力で作られた透明な氷の向こうに見える長い黒髪と白い肌は、写真で見たかつての少女を思い起こさせた。そのとき、氷の中から四つの目玉がぎろりとこちらを見つめた。


 ふっと俺の頭の中にビジョンが流れ込んできた。

 



  ◆


 透晶学園始まって以来の秀才。

 それが私に貼られたレッテルだった。

 在学中に国家魔法士をパスし、魔力含有量が日本屈指の数値だったことからだろう。皆はそんな私を称賛し、褒め称えた。


 しかし、そんなものは本当の私を一切表していなかった。

 私はそれ以外何もできなかったのだから。


 私には友達と遊んだ記憶がない。それどころか楽しかった記憶すらない。


 幼い頃より勉強漬けの日々だった。友達とでかけたり、買い物したことがない。勉強以外には、一人で魔法学関係の本を探しにいくなど誰とも話さずに可能なことしかしたことがない。コミュニケーションの経験が絶望的に少なかったのだ。


 私は、いつも一人で学校にいた。家でも父が出て行ってからは、母は仕事で遅かったこともあり、やはり一人だった。

 代わりに小学校低学年の頃には、高校レベルの魔法学の教科書を理解していた。最近では古典と呼ばれる大戦時の魔法の勉強もしている。


 来る日も来る日も。



「友里、これはあなたのためなのよ。いい成績を残して防衛大の魔法科、帝大の魔法研究につければ、いい生活が待ってるわ。世界にだって行けるかもしれない。知ってる? フランスには大魔女がいるのよ――」


 母は歌うように言った。

 三歳の時に国民全員が検査することになっている国民総魔力試験、この試験で歴史的なスコアを叩き出したのが不幸の始まりだったのだ。

 元々、真面目な気質で始めると徹底的に行う母の性格により、私の人生は魔法に捧げることに決まってしまったのだ。


「習慣は成功の秘訣なのよ」


 それが母の口癖だった。


「必ず透晶学園初等部に入るのよ」

「うん」


 この頃の私は素直に頷いた。



「習慣は成功の秘訣なのよ。日々の積み重ねがいずれ絶対に実を結ぶわ。必ず透晶学園中等部に入るのよ」

「うん。でも明日は友達と遊びたい。たまにはいいでしょう? ××ちゃんが、明日渋谷に行こうって誘ってくれたの」

「ダメよ、そんなお友達切ってしまいなさい」

「友達を……切る?」

「あなたの人生において、これからステップアップするにつれて、どんどん周囲の友達のレベルも上がるのよ。下の人間は、下同士でつるむのよ、あなたは上の人間、わかった?」

「……うん。で、でもせっかく誘ってくれたし」

「切りなさい! そうね……校長先生に話しましょうか。邪魔をするお友達がいるって。ママ、文科省にいるから」

「や、やめて。わかったから」

「そう、いい子ね」



「習慣は成功の秘訣なのよ。必ず透晶学園高等部に入るのよ」

「いやよ。もう限界。私の人生なのよ! ママの人生じゃない!」

「ふざけないで。私がどれだけあなたのために尽くしているのかわかっているの?

 私は犠牲になっているの。パパはどこかで女を作って逃げて、

 私は女手一人であなたを育てた。仕事もして、子育てもして。ここまで二人で頑張って来たのよ」

「高等部に入ったら次は大学でしょう? ゴールが見えない。もう疲れたのよ!」

「だったら高等部に入った後、すぐに国家魔法士になりなさい。高校一年生で資格をとった人間はまだいないわ。友里あなたなら必ずなれるわ」



「なんで落ちたの! これで最年少の記録はとれないわ。別の子がとったっていうニュースが出てる」

「高校には受かったじゃない!」

「ふん、高校なんて受かって当然でしょう。私の子なのだから」

「国家魔法士なんて無理よ」

「無理じゃないわ。ママは、大学一年生の時に合格したのよ。友里ならもっと早く取れると思ったのに」

 母は深いため息をついた。

 そのため息に、なぜだか酷く心の中がかき乱された。

「そんなに最年少の記録が大事なの!」

「当たり前じゃない。最年少、世界一、日本一。何でも一番と二番はまったく価値が違うわ。あなたの目指す頂きは、その程度なの?」


 普通の人生。

 私の目指すものは、ママの目指すものと違う。

 そう言いたかったが言えなかった。ママを壊してしまう気がして。


「ママ! 国家魔法士受かったわ!」

「そう、良かったわね。……ママも認められて魔法教育委員会のメンバーに選ばれたの。後にしてくれる? この論文を今週中に書き終えなくてはいけなくて」

「……わかった」


 忙しそうにパソコンに向かうママ。

 その後ろ姿を所在なく眺めながら、一人ごちる。


「ママは私に興味がなくなったのかな? 私が一番じゃなくなったからかな」

 

「あ、世界初の魔法に成功すれば、ママは私に関心をもってくれるかな」


「でも、このまま関心が薄くなるなら、私の望んだ普通の人生を歩めるのかも」




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