第11話 鉄の女と探し物(7)
それは人間の形をしていた。
だが人とは明らかに違う。
長い黒髪と白い肌をしているが外見からして異様だった。
巨大な何もかもを飲み込んでしまいそうな大きく開かれた顎、血走った眼玉はそれぞれ、あらぬ方向を向き、数えただけで四つはある。
ずるずるとちぎれかけた四肢を引き摺りながら、口から紫色の悪臭を放っている。
口からは、ぬるぬるとした舌が垂れ下がっている。
人間を模倣しようとして作ったが失敗して作られた何か。という形容詞が頭に思い浮かぶ異形。人間に近いが故に、俺はその姿をみて、生理的な嫌悪感が沸き起こり、吐き気を催した。
得体の知れない生き物だ。できるだけ触れないようにすると決める。
「魔剣よ」
拡張魔法を使い、強化した不可視の腕で怪物を殴りつける。
しっかり拳が入ったという手ごたえを受ける。怪物の形相も苦しいのか歪みを見せた。
そのまま不可視の手を高速でこすり合わせて、摩擦熱で怪物に炎をつける。
「や、やめてええ」
怪物から女の声が響いた。
その声に追撃の手を止めてしまう。
しっかりとした人間の声だったからだ。
自分の耳を疑うが、確かに怪物から発せられていることを確かめる。
「まじかよ」
うめきながら、その怪物の様子を伺う。
「あんた、人間か?」
「うううぅ」
「氷藤友里か?」
そういった瞬間、俺は空中に投げ出されていた。
そして背中を痛打し、一瞬呼吸ができなくなる。明かり自体が十分でないせいもあり、視認できなかったが怪物の長い舌が俺の肩を殴りつけたようだ。脱臼でもしているのか、右肩が痛すぎて上がらない。
「うけけっけけけっけけけっけ」
俺の痛がる姿を見て怪物は喜んでいるようだった。奇妙な声で歓喜の声をあげて、その声に呼応するように長い髪が揺れ踊る。
俺は痛めた右腕を庇うように全身を使って、よろよろと石造りの壁を支えに起き上がる。
怪物がもしかしたら人間の意思を持っているのかと考えてしまったが、こちらの痛がる姿を見て歓喜する様子は、おおよそ人ではない。
「調子に乗るなよ」
指を鳴らす。
部屋に置いてあった本に火が灯る。
明かりのためだ。
不可視の腕で再び飛来してくる怪物の舌を叩き落す。
「誰だかしらんが、ゆっくり眠らせてやるよ」
殺さない程度に痛めつける。
そう方針を決めると、フェイントで自分の白い脚を見せつけるように振り上げながら、今度は不可視の脚で横殴りする。
深く怪物の懐を捉えた手ごたえあり。蹴りの衝撃を受けて怪物は悲鳴を上げながら吹っ飛んでいった。
ゆっくりと歩きながら追いかける。
「や、やめてええ」
怪物から女の声が鳴った。
「何度も同じ手食うかよ」
凶悪な笑みを浮かべようとするが、その怪物の様子をみて顔を歪める。
そこには、まりえの細首にしゅるしゅると長い舌を巻きつけた怪物の姿があった。
「ほんと、むかつくなお前」
「えへえへえへ」
醜悪な笑い声が響く。上位に立てたと確信を持った人間の笑い方だ。
その笑い声を聞いた瞬間、こいつは少なくとも元・人間だと思った。今は人を辞めているかもしれないが。
「動かないで、動かないで」
ぎゅるぎゅるとまりえの首を絞める舌が縮まる。
「……!」
「うぐ」
まりえが苦しそうにあえぐ。この闇の中でもわかるほど顔色が真っ青だ。
人質をとられ、動けずにいると、俺の腹に舌がぶつかってきた。まるで交通事故にあったかのように強い衝撃を受け、再び石の壁に激突した。背を強打して息ができなくなり、喘ぐように空気を吸い込み、口から血を吐いた。
内臓を痛めたらしい。
「動かないで、動かないで」
怪物が再びずるずると這ってきた。俺の顔面にその大きな顎が近づく。あんぐりと涎を垂らしながら、髪が吸われた。頭皮が引き千切られるような痛みに悶絶する。
「く、」
しかしながらその吸い込みが和らぐ。
手刀で髪を切って、怪物から逃げる。
起き上がると縛り付けていた舌が解けていたらしく、まりえが怪物の目を殴りつけていた。
「黒木ちゃん! にげて」
まりえは絶叫した。
彼女の叫びに我に返り、その顔を瞠る。彼女は変わらず石の中に埋まりながら顔を少し揺らせた。
「あたしのことはいいから」
まりえの瞳にやさしいが、強い決心の光が宿る。
「君は逃げなさい、れい」
その声。
その顔を見た瞬間に、脳裏に浮かぶもう一人の少女の姿。
石の壁は固い。助け出すには相当時間がかかるだろう。
しかし、その時間をこの怪物は与えてくれそうにない。
怪物を倒そうとしたが、これも難儀しそうだ。人間とわかって多少力を緩めたが、それなりの本気だった。しかもかなり狡猾で、人質まで取ってくる。
人の言葉を話すが、意思疎通はできそうにない。
助けを呼びたいがそれも厳しい。
ゆっくり目を瞑る。
思い出すのは、鎧塚の警告。
「戻れなくなるぞ」
首輪に触れる。
自分の代わりに両親を探してあげるといって、失踪した少女を思い出す。
後悔しかなかった。
また同じことを繰り返すのか。
今使わず、いつ使うか。
「魔女よ、再び力を貸せ」
捧げるは、我が身体。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます