名前

「―――いや、本当に悪いと思ってるんだよ? 鈴木氏。僕だって普段ならこんな事はしない。でも、まさか話にだけ聞いていた四菱重工製の高振動単分子ヒートブレード何て見ちゃったら我を忘れるのは致し方ないと思うんだ。」


「なるほど? つまり、貴方は自分を律する事が出来ない危険人物と言う判断になりますが、それで宜しいでしょうか?」



鈴木氏は本気で僕を警戒しているのだろう。

彼の持つ複数のアームが展開され、突きつけられた7.62mm機関銃の銃口の数は実に8門。


あの身体のどこにここまでの重火器を仕込めるのか不思議で仕方がない。


彼等を騙して侵入しようとした僕を平和的と判断してくれたあの優しい鈴木氏はどこへ行ってしまったのか……。



「あ、あー、まぁそこまで大きな被害はなかったしさ? この辺りで許してあげても良いんじゃない……?」


ナイスだ! 桜花!

君の言うことなら怒れる鈴木氏も聞く耳を持ってくれるはずだ!


「特殊加工をした防弾展示ガラスが割れたのを些細な被害と認識すればそうですね。スラグ弾すら防げる特殊ガラスだったのですが……。」



広い展示室の片隅にバラバラになった特殊ガラスの破片が散らばっている。


ふふん。壁抜きは僕の得意技だからね。


ヘルメットの下で得意げな顔をしているのがバレたのか、突きつけられた銃口が近くなる。


どうやら、案外僕は分かりやすいのかも知れない。


「……仕方ありません。今回は姫の顔を立てて不問にしますが、次はありません。―――いいですか? 確かに貴方と戦うとなると、どちらかが死ぬ可能性が高い。先程お伝えした様に私とて死にたくはありません。しかし、職務には忠実で在らねばならないのもまた事実。これは我々AIに刻まれた本能の様なものです。」


見上げたプロ根性だな。

流石、鈴木氏である。


「私に生命を掛けさせないで頂きたい。良いですね!?」


「了解だ。僕だって死にたがりと言う訳ではないんだ。肝に銘じるよ。」


一応、信じてくれたのだろう。一瞬の間を置いてガチャガチャと音を立てて鈴木氏のアームが閉じられる。



「―――しかし、ここはとんでもないな。さっきのブレードもそうだが、峰部製の拳銃、豊富製の小銃、住吉製の機関銃、日鋼製の大砲、銃弾に関しては朝陽精機と日本精機……。その他にも全部稼働出来る状態で揃ってるじゃないか!」


僕はここに何年だって住めるね。

むしろ日がな1日中この武器達に囲まれて生活したい。


それに、ここが狙われた理由も今ならよく分かる。こんな施設があると知ったらハンター達はこぞってここを狙うだろう。



「しかしアンタ、気持ち悪いくらい武器に詳しいわね。アンタって……、えっと、そう言えば名前なんて言うの?」


「さっき言った通り、記憶が曖昧でね。よく思い出せないんだ。だから好きに呼んでくれて構わないよ。他の人たちも黒鬼とか黒いのやら好きに呼んでる。」


よく呼ばれる渾名もあるのだが、あれはちょっと厨二臭くて恥ずかしいので好きじゃない。

いや、黒鬼も大概か……?



「そーゆうことなら任せなさい! 私こーみえて名前付けるの得意なのよ!? ……んー、クロ? いや、犬っぽ過ぎる? でも、アンタの素顔ってちょっと犬っぽい気がするし……。ハチ? 駄目ね。アンタは忠犬って感じしないもの。」


早まったかも知れない。


まだ見ぬ鈴木氏のお兄さん?RX2-D2の931号。

鈴木 クサイ氏が頭をよぎる。



「それならキュウ……は呼びにくいかしら?

うん。決めたわ! アンタはキョウよ!」


キョウ……。

狂? 凶? 何だか不吉そうな名前だな……。


「なによ!? 私が! こ・の・私が付けてあげた名前に不満でもあるの!?」


「そう言う訳じゃないんだけど……。あー、ちなみにどんな漢字なんだ? 」



一瞬、ジト目で僕を見てからくるりと踵を返してミュージアムの奥に進む桜花。



そのフロアの真ん中にポツンとコネクターやらケーブルが沢山ついたメカニカルな椅子が1つ置いてあった。



「―――私はさ。M・Mマシン・マザー計画の為に造られたんだけど、資金難とか政治的な理由で計画が頓挫してからはここでずっと放置されてたんだ。」


ポツリポツリと話す桜花。


「最初は何でだー! とか、人類なんてー! とかそんな事を考えてたと思う。でも、10年経って100年経って、そんな恨み節も消えてさ。」


こちらを振り返り、桜花は笑う。



「最後に残ったのは、どんな機械も思う最初の気持ち。『人類と共に生きたい』。」


人類と共に……。



「―――貴方の名前はキョウ。共生のキョウ。

私達が生まれた意味であり、技術的特異点シンギュラリティを突破しても変わらず私達機械が抱く最初の願い。」


どう? 良い名前でしょ? そう言ってはにかむ様に笑う桜花は、僕が見たどんな人間より綺麗に見えた。


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