爽やかな朝と夜の住人
街は気怠い朝の雰囲気に包まれている。
この街は夜に動き出す不夜城だ。
しかし、今はギラギラと輝く色鮮やかな人工の光は全て消え、朝の光が街を照らす。
今日は当たりだな。
光化学スモッグのせいでいつも曇り空のこの街に今日は珍しく薄らと朝日が差し込んでくる。
僕の歩く汚い雑多な路地裏が柔らかな光を浴びて何だか特別なモノの様に見えた。
「おーい。黒鬼の坊主!」
僕はこの時間帯が1番好きだ。
何せ煩い酔っ払いもヤク中もいないし、不気味な程に猫なで声で話すヤリ手婆さんや無駄に派手な見た目をしたポン引きの黒服、目を付けられると百害しかないギャング達もいない。
「なぁおい!聴覚素子ぶっ壊れてんのか?」
静かで誰もいない街を1人で歩いていると、まるでこの広い世界に僕一人しかいない錯覚に陥るんだ。
それが僕には堪らなく心地よい―――。
「おいって!」
背後から伸ばされた手に反応して、ヘルメット内の視覚野にARディスプレイの警告が出る。
僕は反射的に振り返り、腰のホルスターから年代物の炸薬式回転拳銃を取り出し相手に向けた。
「聞こえている。」
銃を突き付けられておどけた様に手を上げる僕と同じ様な黒ヘルメットの男を睨みつけた。
お互いヘルメット越しなので、どれだけ朝の憩いの一時を邪魔された僕の気持ちが伝わったかは分からないが、まぁ僕の気持ちの問題だ。
男は派手なパーカーにカーゴパンツに編み上げブーツ。手にはゴツイ手袋をして肌を見せない様な格好をしている。
この辺じゃオーソドックスな格好だ。
何せこの街はいつも変なウイルスや肌によろしくないスモッグが吹き出しているしね。
「おうおう。ガキの癖に一丁前にハンター気取りやがって……。また
「生憎と0.02秒の壁は厚くてね。ボブ・マンデンを超えるのは難しいよ。」
ボブ・マンデンと言うのは大昔、西大陸にいた伝説的なガンマン。
彼が打ち立てた0.0175秒の記録は数世紀立った今も打ち破られてはいない。
僕の目標で憧れの
ふと自分の手に持つ骨董品の銃に意識が向く。
……本当は同じ骨董品ならボブにあやかった
何で
それもこれも貧乏が悪いんだい。
「で、朝っぱらから何の用だ。あんたみたいなモグリの仲介屋に用はないんだが……?
―――あぁ、トリガーには指が掛かっている事を忘れるなよ?」
訳の分からない怒りを八つ当たり気味に目の前の怪しい男に向ける。
男は表情の分からないツルリとしたシンプルなヘルメットを被っていた。
民生用の五感強化ヘルメットを違法改造した品で、本来は付いていない額から頭頂部にかけて複数の角と言うか、スタビライザーの様な流線的な突起が着いている。
この男は『ブラックブローカー』。
B・Bなんて気取った渾名で呼ばれている。
普段は寂れたシャッター街の一角で飲食店の店主をしているのだが、その実は合法非合法問わずの仲介屋。
要は僕みたいな木っ端ハンターに美味しい仕事だと言って出処の怪しい仕事を割り振って仲介手数料を荒稼ぎしている悪徳業者。
僕から言わせれば顔の広さと調子の良さでこの街を生き抜いている妖怪オヤジだ。
「はっ!まだまだガキだな。脅すなら安全装置
を外してからにしやがれって―――。」
バァン!
乾いた銃声が朝の街に木霊する。
口径9mmのヘボ銃だが、この距離でノーマルな人間相手なら殺傷性は充分だ。
「これ、安全装置壊れてるんだ。」
遺跡で拾った骨董品を素人の僕がツギハギ修理したゾンビ銃だからな。
まともに撃てるだけマシである。
「……どうかな?黒鬼くん。俺の店で朝飯でも食べながら仕事の話でもしないかい?勿論、俺の奢りだし、仕事の話は気に入らなければ断ってくれても構わない。」
うん。取り敢えず今日の朝食代は浮いた様だ。
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