絶影

「まだ見付からないのか!? 音に聞こえたA級ハンター『紫電』も落ちたものだなっ! 」


本日何度目かになる神経質な金切り声が響く。


怒鳴られているA級ハンターパーティ『紫電』のメンバーは呆れた様子で肩をすくめる。



第76号遺跡、C棟前に大型トラックが止まり、その周りに何人もの武装した男達が油断なく構える。



「あのねぇ、スギヤマちゃん。アタシ何度も説明したわよね? アタシ達『紫電』は純粋なスカベンジャーなの。こんな風に遺跡を強襲する美しくないやり方は本意じゃないのよ? 」


スギヤマと呼ばれたスーツ姿の黒髪の男に呆れた様子を隠そうとはせず、しかしは根気強く説明する。


「それについては何度も聞いた! しかし、スカベンジャーだ何だと言ってもハンターはハンターだろ!? 言い訳をせずに依頼された事はきっちりとこなせ!」



ハンターと言っても様々なタイプが存在する。


遺跡探索を活動の主軸にする死肉喰らいスカベンジャー


戦闘を得意とする傭兵マーセナリー


特に仕事を固定しない何でも屋フローター


等など。


しかし、スギヤマの様な企業連合カンパニーに勤める上級民には彼等の分類はなかなか理解されない。何せ彼等からすると暴力を生業とする下級民は大体ハンターだ。



「ほんっと、頭の固い男ね……。まぁいいわ。別に私達もこう言う野蛮な事が出来ない訳じゃないもの。もうすぐ中に突入した子達から連絡が―――あら?」


の視線の先にRX2-D2の一団が向かってくるのが見えた。


本日4回目の来襲だ。


「どこの遺跡でもあのタイプの警備ロボット達は勤勉ねぇ。で・も。」


バチィン!!


がかざしたその鍛え込まれた逞しい手から雷が走る。


彼等の蛮行を阻止すべく走って来たRX2-D2の一団がその紫電に貫かれ一瞬で沈黙した。


「アタシとの相性が最悪なのよねぇ。」



異様な程に鍛えられた身体を薄いボディスーツで覆った偉丈夫。


電気を操る異能力者ESP


美しさを求める求道者。


レディ・ダニエル。


男のカラダと女の心を持つバイ・セクシャル。


あらゆるロボットを無力化出来るその能力で複数の遺跡を完全踏破したA級ハンター『紫電』のリーダーである。



「や、やるじゃないか。シマダ君。」


「……次に本名呼んだら、誓って100万ボルトのラリアットを食らわすわ。」


レディ・ダニエル、本名シマダ・アキオ。

美の求道者たる彼女には隠したい事情がある。



サザッとレディ・ダニエルが持つ通信機にノイズが走り、声が響く。


『α班からリーダー。3階に到着。やはりここも駄目だ。展示物が根こそぎやられている。』


「そ、そんなはずはない! 昨日までの報告では荒らされた形跡などないと聞いている!」


通信を聞いて慌てるスギヤマ。


通信機を奪い取って騒ぐスギヤマを無視して、レディ・ダニエルは思考に没頭する。


(スギヤマちゃんが騙された? いいえ。彼は人としては下の下だけども、腐っても企業連合カンパニーの職員。そこまで無能じゃない。)


「……スギヤマちゃん? 貴方、ここの調査隊が全滅してからアタシ達に仕事を依頼するまでに、複数のハンターを雇ってここに突入させたって言ってたわよね? あれ、誰に声を掛けたの? 」


見ず知らずの第三者が介入している可能性も勿論あるが、それよりも先にスギヤマが依頼したハンターの仕業の可能性が高いとレディ・ダニエルは判断した。


「……調達課に丸投げしたから詳細は知らんが、B級が2組、C級が5組―――後はD級が1人だったはずだ。」


レディ・ダニエルの言いたいことを瞬時に察したスギヤマがタブレットを操作して発注履歴を閲覧する。


「D級……? ねぇ。それって―――。」



『ガォン!!』



通信機から1発の銃声が轟く。


「姐さん! α班5名の識別反応をロスト!」


トラックの中から突入していた班の動きを補足していた通信士オペレーターがレディ・ダニエルに叫ぶ。


「銃声1回で5人がロスト……? そんな芸当出来るのなんて―――。」



『あー、あー、聞こえるか?レディ・ダニエル。』


「……聞こえているわ。やっぱり貴方だったのね。『絶影』の坊や。」


まるで建物の中にいる彼を捉えたかのように、レディ・ダニエルは建物を睨みつける。



「5発撃っても銃声は1発……。音を置き去りにする超高速射撃。瞬きの間に5人殺すその絶技は相変わらずみたいね。」


レディ・ダニエルの発言に『紫電』のメンバーがザワつく。



この街のハンターで彼を知らぬ者はいない。


いつの頃からか噂になった凄腕の暗殺者。

特徴的な一本角の軍用メットを被り、ボロボロの骨董品の拳銃だけを頼りに鉄火場を渡り歩くストリートチルドレン。


この街で彼より強い奴は多い。


しかし、彼より早く銃を突き付け、引き金を引ける奴はいない。


音を置き去りにし、影すら見せぬその絶技。


故に『絶影』。



レディ・ダニエルは最速の死神の鎌がヒタリと首に突きつけられるのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る