第22話② 一緒に行こ、その方が、もっと楽しいよ

 慎之介たちは店を出て、大須通りを大須観音方面に歩いた。

 混雑するアーケード通りを抜け、馴染みの老舗洋食屋に行くと、顔見知りの店主と挨拶。煮込みハンバーグを注文するが、入り口の行列に配慮して食べると直ぐに店を出ることにした。

 再び賑わうアーケード街に戻る。

 それから小物店を覗いて服を試着したり、団子を買い食いしたりでぶらつく。静奈は取材をしているように思えないが、陽茉莉と一緒に楽しそうなので問題ない。

 ぶらついて商店街脇の公園に入ろうとすると、呼び止められた。

「ここに居ったか」

 振り向くと、あの男だった。かき氷をおごることにした相手だ。腰元で手挟む刀の存在が似合う堂々とした立ち姿だ。

 気さくな様子で軽く手を挙げ挨拶をするが、その姿が様になっている。

「先程は助かった。すまなんだな」

「ああ、これはどうも」

「ちょうど、お主の姿を見かけてな。慌てて追いかけてきた、仲間から金を用立てて貰っておったのでな」

 男は懐に手をやり半紙を取り出すと、身体ごと横を向き、お札を数枚半紙に挟んだ。そして向き直ると改まって頭を下げ、それを両手で差し出した。

「先程の礼として、こちらを納めて頂けないか」

 その仕草は堂に入っており、いかにも立派な人物といった様子だ。

 しかし、差し出された金額は明らかに多すぎた。かき氷をおごっただけで貰うには不釣り合いな金額だった。

「いや、それは受け取れませんよ」

「そのような事を言わず、遠慮などしてくれるな。これは俺の気持ちだ。お主のな、その心根が嬉しかったのだよ」

「遠慮ではなくて」

 慎之介は困った。


 こんな時にスマートに対応するには、どうすべきか。そもそも、大人としての改まった付き合い方を知らない。なぜなら慎之介は、それを見て学ぶべき存在だった両親を早くに亡くしているので。

 だから素直に告げて断るしかない。

「どう言えば良いか分かりませんが、ご馳走したくてご馳走したものですし。それで礼を受け取るのは、いささか筋違いかと」

「ふむ」

「それであれば、あの店でまたかき氷を楽しんで下さい」

「ふむふむ」

 小さく呟き、男は慎之介の顔をじっと見つめる。そこには慎之介という人間を初めて一人の人物として認めたような様子があった。

「いや、よく分かった。これは完全に俺が悪かった。危うく、お主の気持ちを金で汚すところだったな。改めて、お礼申し上げる」

 そして男は、世良田せらた野嶽のがくと名乗った。慎之介も応えて名乗ったところで、野嶽は静奈に目を向けた。

「後ろにいるのは、もしかして成瀬家の静奈ではないか?」

 視線を向けられた静奈は困った様子をみせ、そっと慎之介の後ろに隠れてしまった。他人が苦手なので仕方がない。代わりに慎之介が答える。

「ええ、そうです。妹の陽茉莉の友人でして」

「やはりそうか。髪色は特徴的であるし、なにより母君の面影がある。良い事だ、父親の方はとても可愛いとは言えぬ男であったからな」

 野嶽は口を開け愉快そうに笑った。

「よし、楽しい出会いであった。だが、一つ助言しておこう。今日はもう帰った方が良い。よいな、きっとだぞ」

 そして戸惑う慎之介を前に、野嶽は悠々とした足取りで去って行った。


 慎之介は軽く腕組みをすると木製ベンチに腰掛けた。

 何となく疲れた。野嶽に圧倒されたと言うべきか、まるで偉い人と話して精一杯背伸びした後のように気疲れしたのだ。

「な、なに……疲れた? 疲れたのでしょ、疲れたのね。それならどこかで休んでも構わないわよ、休んで下さい」

「だったら喫茶店でも行くか」

「うぃっ? き、喫茶店!? あっ、あのコーヒーを飲むという場所……」

 静奈は何故か怯んだが、直ぐに覚悟した顔となった。

「べ、別にいいわよ。構わないわ、案内されてあげる……わ、私はコーヒーだって飲めるもの。お砂糖だって少ししか入れないんだから」

 あたふたとしている静奈は、飲めると言いつつコーヒーが苦手なのは間違いない。もちろん喫茶店に行ったからと、コーヒーを飲まねばならない事はない。それに既に、かき氷を食べたのは和菓子店とは言え喫茶だ。

 お嬢様の喫茶店に対する認識を理解するのは、なかなか難解のようだ。

 慎之介と陽茉莉は顔を見合わせた。

「あー、僕は別に他でもいいのだが」

「そうね、私はまたかき氷でもいいかなって思うけど」

「奇遇だな、そう思っていたところだ。この際だ奢るとしよう」

 それを聞いていた静奈は、こっそり安堵の息を吐いている。やはりコーヒーを気にしていたようだ。もちろんバレバレだ。

 陽茉莉が慎之介に手を差しだした。

「じゃあ、行こっ。私が案内したげる」

「店を当ててやろう、どうせ栄のスゝメ踊りだろ」

 妹の手を掴む慎之介だが、引っ張られてやりながら自分で立っている。

「そうでーす。私は大島金時ミルククリームわらび氷の白玉トッピングの抹茶付きにしておくわね」

「容赦ないな」

 そのままぶらぶらと、三人揃って歩いて行く。


 アーケード街は各地にあるが、大須のそれは独特だ。

 古き良き商店街の雰囲気があるかと思えば最新のハイテク機器が並び、ファッションも古着店からブランド店から婦人服店まであり、オモチャ屋があればゲームセンターがあり、そして寺まで並ぶ。

 そこを大勢が行き交い、思い思いに見て食べて飲んで笑って喋っている。カオスさが混然一体となったカオスさが、大須商店街の特徴だろう。

「凄い……凄い凄い、凄い」

 やや興奮気味の静奈は普段の大人しさはどこへやら、興味を引かれた場所へと駆けていっては観察しタブレットにメモをしている。どうやら創作意欲を大いに刺激されているようだ。

 そうした行動すらも、ここでは良くある事なのか誰も気にしていない。

「ちょい、静奈」

「うい? な、なに?」

「迷子になったら大変だから、あんま一人で突っ走らないの」

「うぁ……ご、ごめんなさい……もう、しません」

「そうじゃなくって。一緒に行こ、その方がもっと楽しいよ」

「ぁ! そう、そうよね」

 静奈の顔にみるみる喜びの表情が浮かんだ。

 それまでは突っ走る静奈を、慎之介と陽茉莉が追っていた。そこからは突っ走る陽茉莉と静奈を、慎之介が追うことになった。

 元気の塊のような二人を追いかけ、大須商店街の端から端まで移動する。

 それでも満足した様子のない二人が更なる探訪に挑もうとした時だった、辺りに緊急を告げるサイレンが鳴り響いたのは。

 サイレンは辺りの建物に反響して騒々しく、スマホに届いた緊急速報メールによるプッシュ型通知の音をかき消すほどだ。

「またか、ほんっと最近多いな」

 緊急幻獣速報に道行く人々は足を止め不安そうに周囲を見回している。反応の早い者は直ぐ動きだし、手近な地下避難所シェルターに向け走り出す。

 各店舗のシャッターが次々と降りていく。道を行く車も左端に寄り、運転手が慌てて飛びだし避難を開始する。先日から幻獣出現が続き、報道で注意喚起がされていたことや、藩が積極的に広報していたお陰だろう。

 人々は急いで避難行動を取っている。

「僕らも避難するか」

 この二人に振り回されるのと幻獣騒動、どちらが大変なのか。そう考えてしまうであった。

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