第16話② ななつやつここのつとぉ

 傾いた日射しが照りつけ、慎之介は汗をかいていた。ヘルメットのせいで顔も拭えず、顔を顰めて我慢する。動きすぎで足の裏が痛く、焼けているような気がする。

 そんな状況だが、気持ちは不思議と落ち着いていた。

 ――大丈夫だ。

 周りの幻獣の動きがよく見え、心も落ち着いていた。横から襲ってくるコタマを斬り捨て、その後ろから跳びかかるコタマも上手く躱している。それだけ戦っても、まだ身体は十分に動けていた。

 ――まだ行ける、集中するんだ。

 全方位の幻獣の位置を把握し、その中を高速で動き回る。

 跳んで回避、着地しながら後ろを斬る。身を屈め攻撃を躱し、そのまま這うように駆け抜け右に左に斬り付ける。横のコタマを蹴りつけ別のコタマにぶつけ、諸共に刺し貫く。

 斬る、走る、斬る、跳ね、斬る、跳ぶ、斬る、潰す、斬る。

 素早く目まぐるしい身体の動きを制御し、同時に幻獣たちの動きを把握し予測し次の行動を先の先まで読む。

 侍能力を使うほどに意識が研ぎ澄まされていく。

 辺りを埋め尽くすような幻獣の中を駆け抜け、何の制約も妨げもなく、何も気にせず思うがままに動ける。

 圧倒的な戦いぶりのなか――不意に気付く。

 コタマの向こうに大量のダイダラが並んでいた。身構え次々と礫を放ってきた。

「っ!」

 慎之介は後ろに跳ね飛ばされた。

 目の前に迫ったコタマが視界を遮り、飛来した礫への反応が遅れ躱しきれなかったのだ。左の脇腹を礫が貫通した。激しい衝撃、そこが火に焼かれているように痛む。

「くそっ!」

 膝をついたところにコタマたちが跳びかかってくる。来金道を大きく振り回し周囲を撫で斬りにして片付けた。飛来したダイダラの礫を横っ飛びに退いて回避。しかし踏ん張った足が滑って体勢を崩した。

「まだ、まだ! まだ死なんよ!」

 咆えて辺りのコタマを弾き飛ばす。


「あいつ、なんで幻獣のど真ん中で戦えんだよ……」

 赤津の声には紛れもない称賛と興奮があり、羨望と嫉妬もあった。

「俺らはこれでいいのかよ。ここでコタマだけ相手にしてて、いいのかよ!」

「止めなさい赤津君! 咲月様の指示は絶対です。それに私たちだって戦って怪我して疲れてボロボロなの」

「違げぇよ、志野さん! そんなのどうだっていいんだよ。あの戦い見て! 何とも思わないのかよ! 侍として! ここで動かないでいいのかよ!」

 咆えるような言葉を吐くと同時に赤津は背後を振り仰いだ。その先にいる咲月は軽く唇を噛み、堪えるようにして前を見つめている。視線の先にあるのは孤軍奮闘する一人の侍だ。

「咲月様! 指示くれ! 指示を! このままじゃ終わねぇっすよ!」

「でも、私は皆を危険には――」

「俺らを信じてくださいよ! 俺ら誰も死なないです! むしろ、ここで行かなきゃ心が死んじまう! もう戦えなくなっちまう!」

「くっ!」

 自分の指示一つが部下たちの命を左右する。誰にとってもとてつもなく重い責任だが、それを二十歳そこそこで任されているのだ。

「咲月様」

 志野はコタマを斬り捨て、ひとっ跳びで咲月の傍らに来た。志野の顔には包み込むような笑みがあり、それは穏やかな励ますようなものだった。

「皆を信じて下さい、そして命じて下さい」

「志野さん……」

「大丈夫ですよ」

 前方でシンノとして戦う慎之介は凄い動きを見せているが、しかしダイダラの攻撃に苦慮しているのは事実だ。その姿は咲月にとって眩しいもので、幼いころから隣に立ちたいと憧れていたものである。

 だから咲月は笑顔で頷いた。

「特務四課! 攻勢に出ます!」

 咲月の言葉に特務四課の皆が声をあげ突撃した。


 ふいに幻獣の動きに変化が生じた。

 激しい気合いの声が響き、周りにいるコタマの動きに僅かな遅れが生じ、離れた位置のコタマたちは声に反応し注意が逸れた。

「咲月かっ!?」

 慎之介はヘルメットの中で目を見開き、驚きの声をあげた。だが迷いは一瞬であり、瞬時に判断して思いきりアスファルト舗装を蹴って前に出る。注意の逸れたコタマの間を縫い、目指すのは厄介なダイダラだ。

「退け!」

 片手を突き出し、前方のコタマを念動力で突き飛ばす。そのままダイダラの群れに迫ると両手持ちにした来金道を頭上に振り上げた。

「ひとぉつ!」

 越後守来金道が閃き、ダイダラを真二つにした。

 即座に脇に構えて横に跳んで、攻撃をしてきた次のダイダラに斬りつける。

「ふたつっ!」

 飛ぶように動いて次々と斬りつけていく。

「みっつ! よつ、いつ、むつ、ななつやつここのつとぉ!」

 振って動いて振って、思う存分に周りのダイダラを尽く斬った。だが、まだ山向こうに続く道路には、そこを下ってくる幻獣の群れが見える。

「だったら」

 来金道を鞘へと納め、鞘に手をかけ集中する。思いきりそこに士魂を集中させ、歯を食い縛ってさらに集中。身体が震えるほどに集中していくと、自然と前屈みになっていく。

 鞘を強く握り、一気に抜刀。

 限界以上に蓄えられていた士魂は太陽が生じたような強い光となり、それは巨大な刃となって飛翔。途中にいた幻獣たちを消し飛ばしながら山へと激突――斜面がパックリ裂けた。

 巨大な質量は重い音を響かせゆっくりと下方へと動き、やがて分裂しだすと一気に雪崩をうって落下。その下にいた幻獣の群れを尽く呑み込み押し潰した。

「……あれ?」

 慎之介は抜刀した姿勢のまま呆然としている。もちろん後ろで戦っていた咲月たちも同じ状態だった。


 鳥の鳴き声に風に揺れる梢の音、そうしたものに一つずつ戻って来た。

 小石が一つ土の剥き出しとなった斜面を転がり、勢いをつけて点々と跳んで、最後に大きく跳ねてアスファルトの舗装の上に落下。少し転がり――咲月の靴に当たって止まった。

「ほんと、こんな事して。言い訳出来ない、出来ないよ」

 咲月は目を瞑って声を上げ、両手を上下に振っている。小さい頃に泣いて訴えていたときの姿そのままだ。つまり、かなり本気で困っているらしい。

「不可抗力だな」

「不可抗力? そうじゃないよ。ああもうっ、どうしよう」

「つまり犯人は幻獣という事だな。こういう事例はないのか」

「ううっ、確か二百年前の記述にあるよ。あるにはあるんだけど……」

「ならいいじゃないか。よし、そういう事にしておこう。解決だ」

「もう……分かりました。それしかないよね」

 咲月は拗ね気味に言って項垂れた。

 やや離れた位置で、四課の侍たちが口を半開きにしたまま崩落した斜面を見ていた。偶に慎之介を見て、また斜面に視線を戻している。想像を超える出来事に理解が追いついてないらしい。

 静奈が側に駆けて来ると、何か言いたげな顔で見てくる。

「心配した、凄く心配したの。大丈夫? 怪我、大丈夫? 大丈夫って言え、言いなさい。言って下さい……」

「あんまり大丈夫でもないんだが」

「うえぁ!? すっ、すすす、すぐ手当て。手当てしないと」

「冗談さ、そんなに深手ではない」

「良かった……で、でも酷い、からかって言ったのね。馬鹿、嫌い、大嫌い」

 機嫌を損ねた静奈は目を細め黄金色の瞳で睨んでくる。それを宥めようとする慎之介であったが、何か言う前に陽茉莉が飛びついた。

「うあーっ、心配したよ。お疲れ様」

 陽茉莉が抱きついたのは心配してのことだが、同時に癒やしの力を皆に気付かれないように使うためでもある。しかし何も知らぬ四課の皆からすれば、可愛い女の子に囲まれチヤホヤされるように見えていた。

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