第14話② ご、ごめん……偉そうだった、かな?

「よし、やるか」

 慎之介が向き直って抜刀すると、志野や赤津たちが目を見開いて後退った。戸惑っていると横からコツンとされた。呆れ顔をした咲月が竹刀を差し出している。

「慎――シンノ、それ違うから。こっち」

「竹刀?」

「そうよ、真剣なんて使いません。これは訓練なんだから」

「確かにそうだが、だからって竹刀……? せめて木刀では?」

「木刀だって危ないよ」

「…………」

 慎之介の脳裏には師匠との稽古が蘇っていた。

 師匠から木刀でもってビシバシ全身を打たれ、打撲の絶えない日はなかったぐらいだ。時には真剣で追い回され、それが嫌で必死に避けまくってもいた。どうやら、それは普通ではなかったらしい。

 胸中にちょっぴり恨めしい気持ちが込み上げてきた。

「じゃあ、よろしくね」

 咲月の合図で訓練が始まり、慎之介は受け取った竹刀の先に侍たちを見た。真剣な顔もあれば、侮り呆れた顔もある。

 その中から馬鹿馬鹿しそうにした顔が前に出て来る。

「こんな巫山戯た格好したヘルメット野郎なんぞ、要らんでしょう」

 赤津は近づいてくると、何も言わず打ちかかってきた。

 斜めから肩を狙って来たが、慎之介は一歩引いて躱した。体勢を直す間もなく赤津の竹刀が胴を狙い腹に来る。それに竹刀を合わせて弾く。どうやら相手に遠慮はないらしい。

 慎之介は次の攻撃も軽く払って防いだ。

 考えるよりも身体が動くと言うべきか、次々と放たれる攻撃を弾いて躱す。過去に師匠から叩き込まれた防御の技だ。

 拍子抜けというぐらいの気分で、赤津の竹刀の動きが見えて反応も出来た。

「ちょこまか! 動いてんじゃ! ねぇっての!」

 声をあげた赤津が激しく振り下ろしてきた。

 力の載った一撃は、唸りを響かせる勢いだったが、慎之介は軽く払って軌道を逸らした。そのまま手元で竹刀を旋回させ、その先端で赤津の首元を狙い、先端が肌に触れる寸前で止めた。

 ――侍って、こんなものなのか?

 慎之介は眉を寄せた。思った以上に相手の動きが鈍く悪い。かつての師匠の動きと比べれば、全く鈍く無駄が多く思える。

 そして冷や汗を流す赤津の顔を見て、慎之介はようやく自分と相手の差というものに気付きだしていた。つまり身に付けた防御の技というものをだ。


「退いて!」

 鋭い声と共に、横から志野が迫ってくる。思った以上に素早かった。

 その勢いのまま下から払い上げる鋭い一撃を放ってきたが、慎之介は自分の竹刀で払った。即座に振り回されてきた攻撃も、横から弾くようにして防いだ。さらに隙を狙う赤津の竹刀も回避する。

「こいつ白蓮派の瑛守流を使うぞ」

「轟流の奴は不利だ気を付けろ! 敏流の奴は前にでろ!」

 慎之介が使うのは瑛守流で守りが得意、轟流には有利だが、一方で慈雲敏流には不利とされている。ただ、それを慎之介は知識として知っているだけで実際に立ち会ったことはないのだが。

 声をあげ殺到してくる特務課の侍たちの竹刀に、ヒヤリとした感情を持ったとき、慎之介は自分の中で何かが嵌まった気がした。それが何かは不明だ。しかし、士魂が漲り身体全体に力が行き渡りだす。

 竹刀はあちこちから襲って来たが、慎之介には全てがゆっくりに見えた。

 士魂の力により感覚と反応速度が向上したのだ。もちろん同時に、身体能力も高まっている。

 慎之介の心は冷静だった。

 真正面からの赤津の攻撃を弾き、代わりに腹にカウンターを決める。横から払われた志野の竹刀飛び退いて回避すると、流れた体勢の肩を打つ。その他の者が次々と放ってくる攻撃も全て防いで反撃を決めていく。

 気付くと、それぞれ一撃を食らった相手が驚愕の顔をして、口を半開きにして凝視してきていた。それだけ慎之介の動きは鋭く素早かった。

 ――防御は得意なんだよ。

 心の中で呟き、ヘルメットの下で笑みをみせる。

 防いで躱して避けて、それで出来た相手の隙に攻撃をする。それはかつて慎之介が、師匠にぼこぼこにされながら身につけた戦い方だ。しかし師匠に一撃も入れられなかったので、自分は弱く才能がないと思い込んでいた。

 どうやらそれは間違いだったらしい。


「私も負けてられないよね、うん。皆、退いて」

 咲月が出てくると竹刀を構えた。特務課の侍たちは顔を見合わせ数歩下がった。それは志野や赤津も同じだ。

「いくよ」

 呼びかけるように言うと、咲月は真剣さを宿す挑むような顔になった。しかしそれは迫力よりも目を引くような華やかさがあった。

 軽い足取りで数歩進むと、竹刀の先を下に向けて突っ込んできた。慎之介も合わせて前に出て、下から来る竹刀に竹刀をぶつけ擦れ違った。今の自分の速度に咲月が応じている事が嬉しいぐらいだ。

 咲月が跳躍し空中で身を捻り竹刀を振り下ろしてきた。

 応じて受けた慎之介は、直後に着地した咲月の足元を狙う。それが跳ねるように回避されたかと思うと、次の瞬間に鋭く反撃される。

 慎之介と咲月は加速しながら縦横無尽に竹刀を操りぶつけあい、互いに楽しそうに動いて――しかし二人同時に竹刀が弾けて壊れた。

「引き分けか」

「ううん。私の、負け」

 息も切らしていない慎之介の前で咲月は息も絶え絶え言った。

「いやいや引き分けだろう」

「有利な敏流でこんなだもの、私の負けだよ」

「何で、負けを認めたがるんだ」

「そっちも、どうして引き分けにしたいの」

 言い合う二人に周りの侍たちは静まり返ったままだった。代わりに賑やかなのは陽茉莉で嬉しそうに腕を上下させやって来る。

「今の凄い! バッチリ撮影した! 再生数、百億回行きそうな勢い!」

「そんな数字ありません。変なこと言わないの」

「むむむむ。でも、それぐらい凄かった。感動した、お姉も凄い!」

「ありがと。でも、動画配信は駄目よ。侍の規約に引っかかるもの」

「えーっ、そんなぁ。でも、いいもん。一人で楽しむもん」

「だったら後で私にも見せてね」

 陽茉莉と咲月が気心知れた様子を慎之介は、半ば呆れ半ば嬉しく思いながら見ている。だが、その袖が引かれた。静奈が側に来て黄金色の瞳で見上げてきた。

「え、と……今の動き……その……うん、凄かった。良いって思う。だから褒めてあげる……ご、ごめん……偉そうだった、かな?」

「いや、ありがとう。嬉しいよ」

「っ! ……ふ、ふん。そう、嬉しいの、嬉しいのね。う、嬉しい」

 静奈は喜んでいるのか威張っているのか、さっぱり分からない反応だ。

 やれやれと慎之介が頭を振ったとき、激しい鳥の鳴き声が響いた。視線を向けた先で一斉に飛び立つ鳥の群れの姿がある。

「なんだ?」

 そう慎之介が声をあげるのと同時に、その山の間から滲み出るように白いものが次々と現れていた。

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