第39話 闘走 1/5
走り続ける桂の目前に、戦闘予定ポイントが迫ってきた。そこには、以蔵の姿は見えない。しかし、桂は立ち止まった。
「以蔵殿は必ず来る」
桂はそう信じて、戦闘態勢を取った。相手は六人。後方に追手の姿はまだ見えない。寅之助が足止めしてくれていることは間違いないが、無事でいるのか、いや無事でいてくれ、桂はそう願いながら、六人の隊士に取り囲まれた。
相手の攻撃パターンはわかっている。狼の群れが獲物を仕留めるときのように、単発的な攻撃を何度となく繰り返し、少しずつ相手を傷つけながら、絶望感を煽っていく。そして、相手が弱ったところで、一気に殺しにかかる。桂は桂を取り囲んだ隊士たち全員の動きを、同時に察知しなければ命取りになることはわかっていた。桂の前方にいる隊士の攻撃はフェイクである。攻撃すると見せかけて桂の視界に入っていない、後方にいる隊士が、必ず攻撃してくるはず。そのことは、以蔵から教わっていた。桂は嫌と言うほど剣術の稽古を積み重ねてきたが、複数の敵に取り囲まれた状況を想定した稽古の経験はない。桂は自分の感覚に賭けるしかなかった。
正面の隊士が攻撃を仕掛けてきた。桂は木刀でその剣を弾いた。思った通り背後から接近する殺気を感じ取り、正面の隊士に突っかかっていき、鍔迫り合いに持ち込んだまま頭だけを反転させた。背後から何と二人の隊士が攻撃を仕掛けてきていたが、桂の異様なまでの眼力に押し戻されて攻撃を中断した。一刀を受けただけで、木刀が深くえぐられてしまった。桂は鍔迫り合いのままその隊士を押し返すと、いつの間にか再び取り囲まれていた。
新選組では常日頃から、敵を取り囲んで取り逃がさないように、素早く攻撃の陣形を組む訓練がしっかり成されていた。桂は逃げ場を全く失っていた。また正面の隊士が打ち込んできた。先程と同じように鍔迫り合い持ち込んで、その場をしのいだが、また取り囲まれた。しかも、木刀に受けたダメージがさらに拡大した。次の攻撃で木刀がへし折られるかもしれない。桂は追いつめられた。しかし、戦うしかない。再度、正面の敵が打ち込んできた。桂は鍔迫り合いを回避して、相手の刀を木刀で弾き、目にも止まらぬスピードで、その隊士の面に一刀を叩き込んだ。しかし、桂の背中はもぬけの殻である。背後から二人の隊士が打ち込んできたが、回避する時間的余裕はない。しかし、なぜか桂は背中を向けたまま動かない。桂の背中がざっくり斬られたかと思われた刹那、疾風迅雷、二人の隊士の背後を黒い閃光が駆け抜けた。隊士は肋骨を砕かれて、地面の上でのたうち回っている。
「遅かったではないか」
桂は背後にいる以蔵に振り向くことなく言った。
「すまんかったぜよ。ちっくと手を取られてしもたきに」
以蔵も桂の方には目もくれず、残った隊士を木刀でけん制しながら言った。
「こいつらも、早いこと片付けるぜよ」
「承知のこと」
桂はあらかじめ木刀を隠していた井戸の方にゆっくりと歩いていき、そして新しい木刀を手にした。相手は二人。二人になろうとも、桂の前後にすばやく移動し、桂に対峙する隊士が囮になって、背後からの攻撃で仕留めようとする攻撃パターンは同じだった。
「いつまでそのような子供だましの攻撃を繰り返すつもりなのだ」
桂は前方の隊士にそう言うと、桂の方から踏み込んでいった。意表を突かれた隊士が一歩下がった。桂のフェイクである。その瞬間に、桂の身体をすばやく反転させて、背後の隊士に襲い掛かった。桂の突きが空気をも切り裂く。隊士はあまりの速さに防御が間に合わず、後ろに飛びのいた。これも桂のフェイクだった。背後の隊士が斬りかかってきていることは、承知のことだった。上段から桂の肩を狙って、刀を振り下ろす体勢に入っている。桂は再度反転して、木刀で受け止め、そのまま押し返した。刀が木刀にめり込んで抜けなくなり、桂に押されるがまま後ずさりし、最後に突き放された時には、刀が手になかった。なんと刀が木刀にめり込んだまま、桂の手元に残されていた。桂は素早くその刀を引き抜き、相手のみぞおちを柄で突いて気絶させた。
「ご免」
相手が丸腰だったので、桂は気が引けたのか、思わずその言葉を口にしていた。残った隊士は一人。一対一であれば、日本刀を持った桂の敵ではなかった。一瞬にして脇腹に一刀を食らい、そして右ひざを砕かれた。
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